主張
百日の奴が九々葉家から去った後、食器や調理器具を片付けるのもそこそこに、僕は未だ若干硬い表情をしたままの藍に訊いた。
「結局、百日と何についての話をしていたんだ?」
「……何について、っていうのは?」
身構えるように、はたまたどこか祈るように、硬い表情をさらに強張らせ、彼女が拭いていた食器の類から顔を上げる。
「あいつと、何か意味ありげな様子で、僕にはわからない話をしていただろ? あいつが除け者だとか、僕は知らなくてもいいことだとか、何とか」
「……」
その場で深く尋ねず、様子や表情を窺うことで、少しでも情報を得てから、訊くべきか訊かざるべきかを判断する。
そんな迂遠な方法を取ってもよかったのかもしれないが、今の僕と藍の距離感なら、回り道をするよりも、手っ取り早く壁にぶつかった方が早いと考えた。
「どうしても聞きたい?」
「……聞きたいか聞きたくないかで言えば、聞きたい気はするけれど、特に何も情報がない今だと、別にどっちでもいいんじゃないか、という気もする」
「……んー」
彼女が迷うように顎の辺りに人差し指を当てる。
困ったように寄った眉根がかわいい。
「わたしとしては、ね。余計なおせっかいなのかもしれない、っていう気はしてるんだけど、でも、やっぱり涼の魅力をもう少しクラスのみんなに知ってもらえたらな、って」
「……何のことか、わからないんだけどさ。僕にそんな魅力、ある?」
「あるよ!」
声高に彼女が主張するが、僕は素直に頷けない。
彼女が好いてくれているところの自分自身をそこまで否定するつもりもないし、そこまでクズを極めているとも思えないけれど、さりとて、相田涼という人間は、どこまでも自分勝手な人間だ。
自分の好きな子や好きな人間に、いつも幸せでいてほしい、というただそれだけを願うだけのとても自分勝手な人間だ。
そのためなら、それ以外は割とどうでもいいし、誰も彼もが幸せになれるのなら、それはそれでいいんじゃない、と思う。
少なくとも、藍の言うように、クラス皆に良さを伝えるとか、そんな小恥ずかしい真似をされるべき人間性ではない。
「……でも、前みたいに涼がひどい目に遭ったら嫌だし……」
「……ひどい目?」
「体育の時間にボールをぶつけられたり、とか」
「……ああ」
そう言えば、そんなこともあったか。
どうでもいいことなので、忘れていたが。
確かに、藍の気持ちを考えれば、僕がクラスでそんな目に遭っても何らおかしくない、吹けば飛ぶような立場にいることは我慢ならないことなのかもしれない。
例えば、藍がそんな立場にいることを想像すれば、僕も行動を起こさずにはいられないだろう。
だとしても。
「それを憂いて、藍が何かをする必要なんてないと思うけど?」
「いいの! 必要とかじゃないの! わたしがしたいんだから!」
「そ、そうか……」
そんな風に強く主張されてしまえば、答える言葉もないのであって。
彼女が僕を大事に想ってくれることを拒む理由もない。
自分で自分の価値に自信が持てなくとも、大切な誰かからの評価はありがたく受け取るべきだろう。
どこまでも自分を卑下しづけるのは、感謝や謙遜、謙虚というよりも一種の自己満足に近い。
恥ずかしかろうが、照れてしまおうが、それぐらいの羞恥は耐えるべきなのだろう、たぶん。
「とにかく! 涼はあんまり心配せず、待っててくれればいいの! ちゃんとわたしがよくしてあげるから!」
「あ、うん。そう。じゃあ、まあ、気楽に構えているよ。何か僕にできることがあれば、言ってくれ」
「……う、うん……」
藍の強い口調に反して、僕がかなり落ち着いた態度だからか、やや意気を削がれたように彼女が頷く。
「よしよし」
「……あ」
そんな藍の小さな頭を丁寧に撫でてあげる。
くすぐったそうに、彼女が目を閉じた。
「……子ども扱いしないで、とか、そういうことは言わないんだ」
「涼はわたしを何だと思ってるの? そんな子どもみたいなことは言いません」
「そっかー。藍は大人だなー」
「えっへん」
成果を誇るように胸を張る藍ちゃんは、しかし、頭を撫でられて笑み崩れている。
その様は何よりも子どもっぽい。
「ま、そういうことなら、わかったよ。藍は僕にばれないようにサプライズ的に、何かをしようとしてくれていたと、いうことなんだね?」
「う、うん。何もしないうちから、もうばれちゃったことに遺憾の念を禁じ得ないけど……。それで合ってるよ」
「そして、僕は藍のサプライズを楽しみに待てばいい、と」
「そ、そんな大げさなことじゃないんだけど……」
期待されるのも逆にプレッシャーになるのか、肩を縮こまらせて藍が言う。
「それに、ももちゃんにもいろいろと言われちゃったし」
「……あいつの言うことは五割くらいマイナス引いて受け止めておいた方が無難だと思うよ」
「……そ、それは……」
友達として、百日に対する僕の言が受け入れられないのか、戸惑った表情を見せる藍だが、そういう反応をする時点で既に十分、僕の言葉を肯定している。
「だから藍も、僕だけじゃなく百日にも詳しい事情を伝えていないんだよね」
「……」
反論する言葉もなく、数秒沈黙した彼女はゆっくりと頷いた。
その頭をよしよしと撫でてあげる。
「こ、子ども扱いしないで!」
「あ、言ったね」
「っ……」
たじろいだ藍はぷっくりと頬を膨らませた。
今日は24時にももう一つ投稿します。先週出てきた人視点。本当は明日にしようと思いましたが、連休最終日なので止めました。久しぶりに二人以外を書いたので、新鮮さに楽しくて若干文章が暴走気味。ご容赦ください。おまけ程度に受け取っていただければ幸いです。




