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あいだけに  作者: huyukyu
121/180

暇な時間

 午前十時。

 寝起きの諸々から少し落ち着いて、朝ごはんを食べて、リビングで涼と向き合う。


「……なんていうか、朝っぱらからひどいよね」

「え、なにが?」

「……いやほら、やっちゃったじゃん。いろいろと、それはもう、いろいろと」


 嘆息するように口にして、涼が天を仰ぐように遠い目をする。

 わたしは手元の紅茶を一口飲んで、伏し目がちに口にした。


「わたしはその……、朝からいっぱいイチャイチャできて、嬉しいかなって……」

「……そっかー。まあ、藍が嬉しいのなら、いいけど。……僕としては、ちょっと自己嫌悪気味ですよ」

「……どうして?」

「いや、それはその……、高校生の時分にして、あまりにも乱れすぎではないかと危惧をですね……」


 意気消沈気味に語る涼に、首を傾げる。

 ……乱れすぎ?


「別に、法的に問題があることをしているわけじゃないんだから、いいと思うけど……」

「それはそうだけど……」

「……涼は嫌なの? わたしとその……、触れ合ったりするの」

「いやいや、そうじゃなくてね……」


 わからないかとわたしの表情を窺う涼に、わからないよと首を傾げる。

 彼がま、いっかとつぶやく。


「……僕がそれなりに冷静なら、行き過ぎたことにはならないでしょう、うん」

「…………うん、そうだよ」


 涼を安心させるように、頷きを返す。

 返答が遅れてしまったのは、そんな涼の冷静さを奪ってみたい、なんてことを思ってしまったからなんだけど、表には出さない。

 今しがたそういうのはだめだっていう話をしたばかりなのだし。


「……それで、今日はどうするの?」

「……ん?」

「ほら、昨日出かける出かけない、っていう話をしていたから」


 昨日の涼に、明日の僕に訊いてくれ、と言われたので、言われた通り、明日の涼、つまりは今日の涼に、今日の予定を尋ねる。


「あー、まあ、そうだね。出かけるのも悪くない、と思うんだけど……」

「だけど?」

「……改めて考えてみると、それはいつでもできるかな、というか……」

「というか?」

「こうして藍と二人で、二人っきりで静かな時間を過ごすっていうのはなかなかできることじゃないからさ。大体、どっちの家にも人はいるだろうし。だからその……、もっと藍と二人だけでいる時間を大切にしたい……んだよ」

「……つまり?」

「今日は出かけなくてもいいかな……、なんて……」

「……」


 伺いを立てるように口にする彼に、わたしは少し考えて顔を上げる。


「うん。それでいいよ。わたしもそれがいい。出かけるのはいつでもできるけど、涼との二人の時間は今しかないもんね」


 自然と笑みが零れていた。

 彼がそんな風に、わたしとの時間を大切にしてくれることがとても嬉しい。




 ということで、またわたしの部屋に戻ります。

 ベッドに寝転がったり、絨毯の上に寝転がったりしながら、とってもごろごろする。


「……だらだらしてるなー」

「……だらだらしてるねー」


 ベッドの上に寝転がってしばらく文庫本を読んでいたわたしと、絨毯の上に寝転がってしばらくぼうっとしていた涼が息を合わせたように口にする。


 特に差し迫ったやるべきことの見つからない、穏やかな時間だ。

 言い換えれば、するべきことのない、とっても暇な時間。


「……藍、何か、本を貸してくれ。できれば、読みやすそうな奴で」

「うん。りょーかい」


 退屈に耐えかねたらしい涼がそんなことを言ってくる。

 わたしはベッドを下り、本棚の前に立って、適切な本を探す。

 読みやすい本は、というと……。


「じゃあ、これ。『どこかの事件』」

「……ありがとう」


 お礼を言って、受け取る。

 星新一さんの本だ。ショートショートの大家。個人的な意見だけれど、星新一さんの本以上に読みやすい本はないと思う。一つ一つの話が短い上に、時代問わず、文章がわかりやすさに特化されている。


 ちなみに、わたしが今読んでいるのはフランツ・カフカの『変身』だ。

 最近は海外の名作に挑戦してみようという意欲が湧いている。


「……」

「……」


 お互いの息遣いだけが感じ取れるほどの静寂。

 外の音もほとんど聞こえなくて、身じろぎする度に衣擦れの音だけが少し耳に引っかかる。


「……ふぅ」


 一息ついた、というわけでもないけれど、主人公のグレーゴル・ザムザが虫に変身した姿を家族の前に晒した辺りで体を起こす。

 ベッドにうつぶせになって本を読んでいたので、胸がちょっと苦しくなってきたのだ。


 ……圧迫されるほど胸はないんだけどね……。


 なんていう自虐は置いておいて。


 うつ伏せから横座りになると、ベッドのそばで本を読んでいる涼の姿が目に入る。

 涼は絨毯の上に腰を下ろし、ベッド脇に背中を預けて、少しだけ膝を曲げるようにして手元に目線を向けている。

 わたしの視線に気づかないところを見ると、けっこう夢中になっているのかもしれない。

 その横顔をしばらく見つめて。


「えい」


 という掛け声とともに、その肩の辺りに片足を乗せてみた。


「うわ」


 肩を跳ねさせて、びっくりした声を上げる涼。

 目を見開いてわたしの方を見つめた。


「……何をするんだよ、藍」

「えへへ」

「いや、えへへ、じゃなくて」

「ちょうどいいところに涼の肩があったから……。……だめ?」

「いや、そんなかわいく首を傾げられても」


 何回も言われていることだけれど、やっぱり涼にかわいいって言われるとすごく嬉しい。好きって言われるのの次くらいにかわいいって言われるのが好き。

 いたずらをしても怒らないで呆れた顔をしてくれる涼も好き。


「……ま、まあ、でも、けっこう肩に効くというか、だから、別にこのままでもいいか」

「ほんと?」

「ほんと。できれば、もう一方の足も」

「こう?」


 言われてもう片方の足を空いていた肩に乗せる。

 凝っているみたいだったので、そのまま踵でぐりぐり~と。

 靴下は穿いていないので、そのまま素足。


「あー……、効く~」

「きもちいい?」

「最高だね。藍の足で踏まれてるっていうのがほんとに最高」

「そ、そうなんだ……」


 ちょっと引き気味になってしまうけど、涼が喜んでくれたのなら嬉しい。


 それからまた、時折肩をぐりぐりしながら、お互いに本を読む。

 集中して身動き一つせず本を読むのも楽しいけど、こうして時々、足を動かしたりするのも新鮮で面白い。


「……藍、足をもうちょい前に出してくれる?」

「うん? ええと、こう?」

「もう少し」

「もう少し前に出したら、肩に膝を引っかけてるみたいになっちゃうけど、いいの?」

「むしろそれが望みだね」

「そ、そうなの……」


 よくわからなかったけれど、言われた通りに足を前に。

 両足の膝で涼の顔を挟むみたいな姿勢になる。

 スカートは膝丈くらいなので、裾がぎりぎり頬にかかるかかからないかくらい。

 ちょっと体勢としては不安定かもしれないけど、後ろに布団を置いてカバー。


「こ、これでいいの?」

「うん。できれば、足をぎゅっと閉じて」

「こ、こう?」

「……そうそう」


 膝が涼の頬に触れる。

 少しざらざらで、ちょっとだけ冷たかった。


「あー、さいこう」


 言って、涼がわたしの膝に頬ずりをする。


「……」


 そこはかとなくきもちわるい光景だったけど、なんとか自制心を働かせて我慢する。

 ……たぶん、寝ている涼の鎖骨を舐めたりしているわたしも同じくらいきもちがわるかったのだろうし。

 なんていうか、もしかしたら、わたしと涼はある意味では似た者同士なのかも。


 その体勢のまま、読書に戻る。


 彼の肩に両足を乗せたまま、時折足をプラプラさせていたら、顔を横向けた涼の顎に当たったらしく、「うご」といううめき声が聞こえた。


 慌てて謝ると、涼が「いや、おそらく調子に乗った罰が当たったんだろう」とつぶやき、わたしはそれに首を傾げた。

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