ぺろぺろ
それから、三十分くらい経っても涼は目を覚まさなかった。
昨日いろいろあった分、やっぱり疲れが溜まっているのかもしれない。
……もしかしたら、昨夜わたしが激しく求めてしまったせい、かもしれないけれど。
読んでいた文庫本から顔を上げる。
さっきかけ直してあげた布団は少しだけ乱れていて、けれど、彼の意識は未だ夢の彼方にある。
「……むぅ」
こうもぐっすり眠っていられると、ちょっとだけ面白くない気分にもなってくる。
もう少し、かまってほしくなってきてしまう。
そんな風に感じたからだろうか。
頭の中にちょっとだけ、わたしらしくない考えが浮かぶ。
寝ている涼に、いたずらでもしてみようかな、みたいな。
そっと、ベッドに膝を立てて上がる。
相変わらず安らいだ寝顔。
窓の方を向いて横向きに涼が寝ているので、布団を跨いで、彼の正面に回る。
正座をして寝顔を覗き込むような形になった。
「……ふふっ」
なんだかとっても幸せな気持ちになって、自然と笑みが零れた。
心がえもいわれない感覚で満たされていくみたい。
それも全部、涼がいてくれるおかげ。
指先を伸ばして、ほっぺたをつんつんしてみる。
ぷにぷに。
ちょっとだけ眉をひそめた涼が「……んん」と訝し気な声を出した。
……かわいい。
「……やばい、かも」
なんでこんな気持ちになるのかはわからないけれど、寝ている涼を見ていると、どんどん気持ちが熱を持ってき始める。
彼を好きだという想いがどんどん強くなっていく気がする。
「……こ、これくらいはいいよね……」
誰に許可を取るでもなくそう言って、そっと彼の唇に顔を寄せた。
濡れた柔らかい感触に、頭の中がぽわっとする。
でも、涼は意識を失っているので、返ってくる反応はない。
それがもどかしくもあるけど、新鮮な感じもする。
「……やっぱりむり。がまんできない」
いっぱい彼と触れ合いたくなってしまって、涼を起こさないよう慎重に布団の中に潜り込んだ。
ぴったりと体を寄せて、顔を涼の目の前に持っていく。
「……ん」
もう一度キスをした。やっぱりちょっと新鮮な感覚。
「…………ん?」
彼の体と触れる太ももの辺りに違和感があって、そこに手をやってみる。
なんだか硬い。
触るとびくりとわずかに反応して……ってこれ……。
「――っ!」
慌てて体を跳ねさせてしまった。
そ、そっか……。寝ててもそういうの、あるのかな……?
男の子のことはよくわからないけれど。
「……け、けほん」
別に誰もいないのだけれど、ちょっとだけ気まずくなってしまって軽く咳払いをした。
気を取り直して。うん。
「い、いたずら……」
そう。何かいたずらをしようかな、ということを思っていたはずだった。
「え、えっと……」
予想外の事態に遭ったせいで、自分がどうしたいのかよくわからなくなっている。
こういうときはえっと……。
「ぎゅう」
涼に抱きつくのが一番。
こうしていると、彼の体温であたたかくなって、頭の中がぽわぽわしてくる。
心拍数も落ち着いて、息も穏やかに。
「……ふぅ」
普段自分があまりしないことはするべきではないと思う。
変にペースが乱れて、落ち着きを失くしてしまうから。
でも、今はどうしてもいたずらがしたいので。
「えい」
小さな掛け声とともに、そっと手を彼のシャツの裾に差し入れた。
「んあ……」
と、涼がくすぐったがるような声を漏らす。
「……硬い」
そんなに鍛えているわけではないと思うけど、それでも、涼の体はお腹あたりでもけっこう硬い感じがする。
わたしなんかぷにぷになのに。
……け、けっして、余計な脂肪がついているということじゃなくて!
まさぐるように、手を上の方へ持っていく。
シャツの裾がめくれてしまうけど、お布団の中だから、風邪は引かないと思う。
おへその下の辺りから、上の方へ。
すると、さらにもう少しだけ硬い感触に。
わたしの体とはぜんぜんちがう感触に、なんだか無性にドキドキする。
そのまま撫でるようにゆっくりと手を動かしていく。
涼の胸板。鳩尾。鎖骨。首筋。
「………………」
着ていたシャツは八割ぐらいはだけてしまっていて、肌がかなり露出してしまっている。
有体に言って、ちょっとだけ煽情的だった。
彼の首筋の辺りに顔を寄せる。
「……鎖骨きれい」
硬い胸板の上の流麗に流れる鎖骨。
少し太い首筋。
「…………………………………」
近くに顔を寄せているうちに、いつのまにか舌を這わせていた。
汗をかいてしまっているのか、ちょっとだけしょっぱい味。
ぺろぺろと、舐めてしまう。
で、そこまでやってしまったら、いくら熟睡していると言っても、涼が目を覚まさないはずはなく。
夢中になって鎖骨を舐めているわたしに、唖然とした声がかけられた。
「…………何やってんの? 藍」
ぎくりと、体を硬直させてしまった。
恐る恐る、顔を上げる。
珍しく、本気で呆れた表情の涼がいた。
「……こ、これはその……っ、ち、ちがくて……」
「なにがちがうっていうの?」
「……その、決して涼の安眠を妨害しようとしたわけじゃないの!」
「……なら、何がしたかったわけ?」
「……い、いたずら、かな」
「それ、安眠を妨害する気満々だよね?」
「……ご、ごめんなさい」
この後しばらく、深く深く謝罪をしました。
もう二度といたずらなんてしない。
わたしらしくないにもほどがあった。
けっこうきもちわるい感じになっちゃってる藍ちゃん。
今更ですが、第1部分から第34部分までをほとんど全部新たに書き直しました。一応、前よりはクオリティが上がっていると思います。お暇なときにでも読んでみてください。