計画
まぶたを上げると、涼の頭がみえた。
わたしの胸に顔を埋めるようにして、落ち着いた寝息を立てている。
「……ふぁ」
頭の中がぼーっとして、気の抜けたあくびが出た。
一人用のベッドを二人で使っていたからか、寝る前に着ていた布団が半ばはだけていて少し肌寒い。
涼の体温のあたたかさが心地よかった。
彼の腕がぎゅっとわたしを抱きしめるように背中に回されていて、無意識の内でもそんな風に強く求められているみたいで、なんだか嬉しい。
愛おしくなってそっと頭を撫でると、心地よさそうに彼がわたしの胸に顔を埋めた。
「……ん」
熱い吐息が触れて、少しこそばゆい。
くすぐったくって、けれど、その感覚がとても好き。
「……ん?」
そういえば、夜中にも一度、目を覚ましたような気がする。
まどろんでいて、ほとんど記憶が残っていないけれど、眠れないみたいだった涼の頭を撫でてあげたみたいな……。
「……ふふっ」
甘えるみたいにわたしに抱きついてきた涼を思い出すと、自然と笑みが零れる。
彼をああいう風に甘やかしてあげられると、とても幸せな気持ちになる。
涼の役に立っているって感じられるし、甘えられることそのものが言葉で表せないくらいに嬉しい。
胸のずっと奥の辺りをつままれるみたいな感覚がして、わたしにそういう弱いところを見せてくれる涼の姿にはきゅんとする。
「……っ」
眼下の涼の頭を撫でながら、そんなことを考えていると、少しだけ気持ちがたかぶりそうになってしまった。
涼がわたしに抱きつくようにして、密着しているという状況もあって、ほんとうにちょっとだけそんなふうに……。
「……すー。はー」
ゆっくりと息を吐いて、吸う。
気持ちを落ち着けるようにそうして、自分を抑える。
そうすれば、少なくとも変に暴走したりすることはないはず……。
「……ひゃっ」
けれど、寝ていてもわたしをかき乱すのが涼なので。
ぎゅっとまた強く体を抱き寄せられて、声を上げてしまった。
胸がさっきよりも強く彼の顔に押し付けられて、また息が……。
「……っ」
とても熱い寝息が薄いパジャマを通して、一定間隔で肌に触れる。
わたしの反応とかそういうものを一切考慮せずにずっと一定のペースで感じる吐息に心を揺らされる。
「んっ……」
身をよじって涼の腕を解こうとするんだけど、抱きしめる力が強くて上手くいかない。
そんな風にされるのはとても嬉しいんだけど、今は……。
そうこうしている内に、わたしがそばでもぞもぞしているのを多少寝苦しく思ったらしい彼が、体勢を動かす。
腕を解いて、仰向けとかになってくれたらありがたかったんだけど、そうはなってくれず。
逆に、顔を動かしてわたしの胸に埋める位置とかを変えてきちゃったりして。
結果。
「あぅ……」
涼の唇が琴線に触れる。
真夜中にわたしに甘えるみたいにしていたことが影響しているのかもしれないけれど、そんな彼の幼子に返ったみたいな仕草は、少しばかり気持ちの高ぶっていたわたしの体には強く響いた。
「やっ……。だめぇ……」
痺れるような刺激に体は敏感に反応してしまう。
涼の言うように、やっぱりわたしは欲求不満なところがあるのかもしれない。
目が覚めたばかりで、こんな……なんて……。
「っ……」
無意識の動きでそうされるだけなのがもどかしくて……。
わたしは自分から……。
※
※
※
「……ぅう」
しばらくして、ベッドからなんとか抜け出したわたしは頭を抱えていた。
これが抱えずにいられるだろうか。
「……ぁぁぁあ」
意識のない涼の隣で、涼の手で、わたしがあんなはしたないことを……っ。
前にも似たようなことをしてしまったことはあったけれど、あれはその……、気持ちが通じないことのもどかしさから来たようなところがあって、涼とちゃんと恋人な今、そんなことをしてしまうなんて、わたしって、一体……。
「はぁ……」
思わず、深いため息が出た。
ベッドの上では相変わらず心地よさそうに涼が寝ている。
ついぞ、最後まで涼が目を覚ますことはなかった。
逆に、目を覚まされていたら、わたしは今日一日彼の顔をまともに見られなかったかもしれないけれど。
そばにあったイルカのぬいぐるみに顔を埋める。
「……ぅ~~~――」
言葉にならない自己嫌悪がそこにあった。
足をばたばたしそうになり、涼が眠っていることを思い出して、慌てて止める。
わたしって……、もしかしてほんとうにえっちな……。
「……み、みとめないからっ。ぜったい、わたしはみとめない!」
誰にともなくそう声を上げて、また慌てて口を押えた。
……やり切れない気持ちを切り替えて、部屋着に着替える。上は凛ちゃんにおすすめされたパンダ柄のパーカー。下は藍色のキュロットスカート。このスカートはお気に入り。
今日も二人で一緒に過ごすんだから、過去のことはもう忘れよう。……ほんとに。
しかし、今朝は珍しく、涼じゃなくてわたしの方が先に目が覚めたわけだ。
時計を見ると、午前八時。
もう少し、涼は寝かせておいてあげようと思う。
そっとベッドに近寄ると、安らかに眠る涼の寝顔がある。
「……かわいい」
変わった言動のある涼だけれど、寝顔はほんとうにかわいい。ずっと眺めていたい。
意外とまつげなんかも長くて、気の抜けた表情がほんとうに好き。
「……写真撮っちゃおうかな……」
それで涼の寝顔を待ち受けに……。
ふとそんな考えが頭をよぎったけど、
「やめとこ……」
なんとなく猟奇的な感じがするというか、彼女にしてストーカーじみている気がしないでもないのでやめておいた。
普通に起きている姿の写真とかならまだしも、寝顔を待ち受けにするのはなんだかちょっと度を超してしまっている気がした。
……涼に許可を取れば大丈夫かな。
そんなことを考えつつ、昨日はずっと充電器に挿しっぱなしだったスマートフォンに手を伸ばした。
起動すると、
「わっ……」
けっこういろいろなメッセージなんかが溜まっていてびっくりした。
一番多いのは芦原さんや普段クラスで一緒にいることが多い女の子とのグループチャットのメッセージ。
次にももちゃんからのメッセージ。
『あいつが誘ったデートに来ない』
『十分遅刻とか論外』
『ファッション褒められたから許した』
『映画見てる最中にあいつの手握った……死にたい……』
『でも、悔しいけど楽しかった』
その後に、金髪の女の子がHAPPYと言って、ハートをいっぱい出しているスタンプが貼られている。
『お幸せに。わたしも昨日はずっと涼と一緒だったよ』
と返しておいた。
ももちゃんが相変わらず、斎藤君と仲良くやっているようで何よりだ。
わたしにたまに漏らすみたいに素直な本音を彼に口にできるようになれば、もっといいと思うけれど。
それから、とあるグループに招待されていたので、それに入っておく。
もう一つ、るりからもメッセージが届いていた。
「ふむふむ……」
ちらっと涼の方を窺うけれど、起きている様子はない。
予定通りに進んでいるらしく、わたしは『了解です』というスタンプを送った。
「……がんばらなきゃ」
今週からは、来月の頭に控えている文化祭の準備も始まる。
涼のために、わたしががんばらなきゃ……。
窓際のベッドで眠ったままの涼。
引かれた遮光カーテンの隙間から、目を細めるほどに眩しい朝日が差し込んできていた。