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あいだけに  作者: huyukyu
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もう一回

 お風呂を上がり、上はTシャツ、下はジャージに着替える。

 藍は上下とも薄ピンク色のパジャマ。


 二人してリビングに向かい、冷蔵庫から牛乳を取り出して飲む。

 腰に手を当ててごくごくと。


「激しい運動の後だから牛乳がおいしい」

「……激しい運動って……」


 むろん、そういう意味の激しい運動だ。


「涼って時々おじさんみたいなこと言わない?」

 藍が若干苦笑しながら首を傾ける。

「……そうかなあ? 別に感性が古いという感じもしないけど」

「下品、でもないけど……、なんていうか、えっちなことの隠喩でも平気な顔をして言うっていうか……」

「たしかに」


 そういう部分はあるかもしれない。

 羞恥心とかあんまりない方だからね。

 品がないのは好きではないけど、そういう冗談を口にすることに抵抗はない。


「でも、言動は清楚でも、えっちなことが大好きな藍ちゃんが言えたことじゃないと思うんだよね」

「ち、ちがうもん!」

「……もうそろそろ否定するのも疲れない?」

「疲れません!」


 声高に主張して、びしっと指を突きつけてくる藍。


「まあ、開き直られると、それはそれでかわいい藍が見られなくなるから、僕もそっちの方がいいんだけど」

「……だから、ちがうってば」


 小さな声で言い募って、それから藍は恥ずかしがるように俯いた。




 藍の部屋へ上がる。

 髪を乾かしたりしながら、またぞろイチャイチャし、寝る準備は万端となった。

 といっても、まだ九時すぎなんだけど。


「僕は床の上で寝た方がよかったりする?」

「……どうして? 一緒のベッドで寝ようよ」

「うん。まあ、言ってみただけだけど」

「なにそれ」


 ベッドの上に女の子座りになる藍の隣に、よっこらせと胡坐をかく。

 お風呂上りということもあって、シャンプーのいい香りがした。


「……」

「……」


 特にしゃべることも思いつかなかったので黙っていると、藍も同じだったのか、しばし無言になる。

 秋の夜の静かな雰囲気が満ちていて、外から聞こえてくる音も静寂をかき乱す要因には成りえない。

 心は凪いだ水面のように波紋一つ立つことなく穏やかで、ただあたたかい一つの想いだけが、緩やかに無音の熱情を伝えていた。


 胡坐を崩し、足を伸ばす。体の下半分くらいをベッドの外に出し、背中をシーツの上に横たえた。

 藍も同じようにそっと体勢を倒す。

 少し長い彼女の髪が広がって、ふわりとまた甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


「……ふぅ」

「……ん」


 お互いの吐息だけが静かな夜にこだまする。

 息をするだけの小さな音を感じて、呼吸と息遣いと鼓動と、すべてが藍と交じり合って、一つになったように感じる。

 気づけば、手を結んでいた。


「静かだね」

「そうだね」


 穏やかな沈黙を壊すことのないように、ぽつりと藍が言った。僕も静かに相槌を打つ。

 無駄な言葉を発することもなく、ただしっとりとお互いの存在を許容し、ぼーっと虚空を見つめる。

 そんな風にしていても、一緒にいてぜんぜん違和感がないのが藍のすごいところだと思った。


「ほんと、これまでいろいろあったよね」

「うん」

「藍とけんかみたいになることも距離を取ったりすることも、いろいろあったけれど、こんな風に二人で一緒の静かな時間を過ごすことができるようになって、よかったと思うよ」

「……うん」


 しみじみと感じ入るように、深く彼女がつぶやいた。


 勢いよく気持ちが燃え盛るのも楽しいが、こうして熾火(おきび)のようにゆっくりと、急ぐことも焦ることも逸ることもなく、静かに燃えていく心というのも悪くないものだと思った。

 

 ぎゅっと彼女の手を握る。


「……時々、思うんだけどさ」

「ん?」

「僕らは年が若くて、経験も少なくて、社会のことなんて何にも知らない子どもだから、こんな風に心と心が通じ合っているように感じるけれど、そんなのは本当は若さゆえのまやかしで、大人になるにつれて、もっとずっと心はドライになっていくのかなって」

「……」

「僕と藍は、とても相性がいいと僕は思うけれど、でも、同時にそれは現時点での僕らがそうなだけであって、まだ高校一年の僕らが成長していく過程で、その相性のよさも変わっていくのかなって。……今はいい。けど、ずっとそんな関係が続くことなんてあるのかなって」


 首を傾けて藍を見ると、彼女も同じように僕を真剣な目で見つめていた。


「……」

「……」

「……ん?」

「……え、あれ? それだけ?」

「え、それだけ、だけど」


 困惑したような表情で藍が訊き、僕が答えると、彼女は、はあ、と深くため息を吐いた。


「あのね、涼……」

「……どうかした?」

「……わたし、てっきり別れ話でも打ち明けられるのかと思っちゃったんだけど……」

「……え? 僕が? どうして?」

「どうしてって、涼がとても深刻そうな雰囲気でさっきみたいなこと言うから……」


 拍子抜けしたように、藍が呆れた顔をする。


「僕はただ何となく感じたことを口にしただけなんだけど」

「……関係が変わっていくかもしれない、みたいな話はなんだったの?」

「いや、だからこそ、たくさん一緒にいようね、みたいな……」

「……女の子みたいなこと言わないでよ、涼……」


 ちょっとだけ嫌そうな顔をした藍は上体を持ち上げて、僕を見下ろすように、横座りになる。


「涼、うつぶせになって……」

「え、どうして?」

「いいから」


 言われた通りくるんと体を一回転させて顔をシーツに向けると、背中に湿っぽくあたたかい感触。

 藍が背中に覆いかぶさってきた。


「わたしを不安な気持ちにさせた罰です」


 言いつつ、彼女はぎゅっと力を入れて抱き着く。

 藍の小さな胸の膨らみが背中に当たっている。

 吐息が首筋にかかってこそばゆかった。


「……いや、僕がそんなわけわかんないこと言うわけないじゃん」

「涼は時々信じられないような行動を取るから、不安なんだよ」

「だとしてもさ。夢を追いかけた男女がお互いの夢のために別れるみたいな話はあるけど、別に僕は今すぐ何かを目指そうっていう目標があるわけでなし。藍だってそうだよね? なのに、別れる意味がわからないと思うけど」

「なら、なんであんなこと言ったの?」

「だから、思いつきだって」


 変わらないものなんてないのが世の常だから、きっとこの心地のいい関係性も別のものに変わっていくんだろうなあ……(感嘆)


 という以上の意味なんてない。

 ただしみじみとした感想を漏らしただけだ。


「日本語という言語の欠陥だね。感嘆を漏らしただけで意味深に聞こえるなんて」

「日本語のせいにしないで」


 珍しく藍が辛辣な突っ込みを入れた。

 それだけ、さっきの僕の言ったことは不安げに感じたということだろうか。


「いや、悪かったって。これからはああいうことを言う前に、『これは個人の感想です』って付け足すようにするから……」

「また、そうやってふざける……もう」


 ぼやきつつ、藍が抱き着いていた手を解いて僕の顔の前に回し、ほっぺたを左右から引っ張ってきた。


「意味もなく意味深なことを言う悪い子にはおしおきだよ」

「痛い痛い……。ほ、ほめんって」


 痛いと言いつつ、実はそんなに痛くない。何なら、藍にこういうことされるとけっこう嬉しい。僕は意外とそういう趣味があるのかもしれない。まあ、密着されてるっていうのもあるけどね。


「……ほんとうに悪いって思ってる?」

「ほもってる。ほもってる。ほんとうにほもってるから」

「……何回も繰り返さなくていいよ」


 あれ? 藍の質問に真摯に答えたつもりが、ほっぺたを引っ張られてるせいで、おかしな言葉に変換されてしまった。


「……悪いって思ってるなら……、その……、これから……」

「……ん?」


 これからの先がほとんど言葉になってなくて至近距離なのに、全然聞き取れない。


「藍、何て言ったの?」

「……っ。だ、だからその……、もっと……、……え……っ……、を……」

「ん?」

「……もう一回だけでいいから、あの……」


 もう一回って、何を?


 言いたいことが伝わらないことに業を煮やしたように、藍はぎゅうっと力強く僕の背に抱きついた。

 それから僕の背中に顔を埋めて、


「だから……っ! もう一回したいって、言ったの……っ!」


 と言った。


 あ、ああ……、なるほど……(感嘆)


「……お風呂場でしたのだけじゃ、満足できなかったんだ?」

「……っ!」


 首だけで振り返って問うと、彼女は顔を見られたくないのか、僕の背で表情を隠す。


「藍って、やっぱり……」

「ちがうから! そういうんじゃないから! わ、わたしはただ……」

「ただ?」

「ただ……、いっぱい、愛してほしい、だけなの……」

「……」


 うん。まあ、そういうしおらしいことを言われてしまえば、僕も断る理由もないのであって。


「きゃっ」


 背中に乗っていたあたたかい体温をわざと少し乱暴にベッドの上に横たえる。

 彼女の両肩をぎゅっと掴んだ。


「……藍、もう一度言ってくれる?」

「……な、なにを?」

「藍がしてほしいこと」

「そ、そんなこと……」

「言えない?」

「……は、はずかしい……」

「藍がもう一回だけ言ってくれたら、僕もやる気になる気がするんだけどなあ……」


 藍はそれから言い淀むように「ぅう……」と小さく声を漏らし、迷うように視線をさまよわせる。

 自分からそういうことをおねだりするのが、相当に耐えがたいものがあるらしい。

 しかし、だからこそ、彼女の口から聞きたいと思う僕もいるのだが。

 ためらう彼女を急き立てるように、優しく彼女の頬を撫でる。


「あぅ……」


 ただ頬に少し触れただけで彼女は陶酔するような声を出し、瞳を薄く潤ませる。


「……わたしのこと、嫌いにならない?」

「ならないよ」

「そういうことがしたいって思うの、いけないことだと思う?」

「別に。生理現象だから。個人差はあるよ」

「……涼はえっちなわたしでも、好き?」

「好きだよ」


 ためらいなく即答すると、ようやく安心したように、彼女は息を吐いた。

 それから、頬を薄く朱に染めて、上目遣いでしっかりと僕と目を合わせる。


 ついに決心がついたらしい彼女が言葉を紡いだ。


「……わ、わたしのこと、きもちよくしてください」


 けれど紡がれた言葉は直接的には程遠く、持って回ったような控えめなものだった。

 僕は不満さを隠すことなく胡乱な声を漏らす。


「う~ん。もう一声」

「え、ええっ!?」

「藍にしてはがんばった方だけど、もう少し男心に訴えるような切羽詰まったおねだりを僕は望むね」

「お、おねだり……?」


 理解しかねるというようにちょっと首を傾げて、藍が「……ん、んっと」と仕切りなおす。


「し、しよ。涼……」


「0点」

「え、ええっ!!?」

「清楚さの欠片もない。直接的過ぎ。恥じらいが足りない。やり直し」

「わたしは一体何をやらされてるの……」


 わからないか?

 実のところ、僕にもよくわからない。


「はい、もう一回」


「ん、んー……」


 顎に手を当てて、考える素振りの藍。


「……い、一緒にお布団に入ろっ?」


 いや、それ普通に寝るだけじゃん。


「もう、わからないよぅ……涼」


 再度、却下を繰り返すと、藍は諦めたように首を振った。

 甘えたような声を出し、そっと僕の胸に手を置いてくる。

 ……その仕草に、ちょっとぐっときてしまった僕は、


「……あー、じゃあ、もうしちゃう?」

「……うん。してぇ」


 最終的に、甘えるような声音を出した藍の誘惑に負けてしまう。


 この後、めちゃくちゃイチャついた。

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