お風呂ばーじょん3
「お風呂、入ろっか」
食事を終えた後、藍が気にしているところのムードを保つために、匂い等にも気を遣って、しばらく一緒に彼女の部屋でぬいぐるみを愛でながらお話していた。
人心地ついた頃合いで、彼女がそう言った。
「……それは僕が一緒に入ってもいいの?」
「うん。いいよ」
藍と一緒にお風呂を共にしたのは、夏休みに旅館を訪ねたときと、彼女の誕生日に新婚さんごっこの最中に入ったときの二回だ。
裸の付き合いが恋人関係にとって重要なものかはわからないが、お互いのすべてをさらけ出すという意味では絆の深まる行為かもしれない。
三回目ということもあって、僕はもちろんそれを期待していたし、もしかしたら藍もそうだったのかも。
「水着……とか着たりは?」
「着た方がいいかな……?」
白無垢な頬を朱に染めて、僕の心持を見透かすように目線を上げる藍。
僕はそれに心揺さぶられて、
「裸の藍がみたい……」
そう素直に答えていた。
「うん……。じゃあ、みて……」
かわいらしくブラウスの袖で口元を覆うようにした藍が僕としっかりと目を合わせながらそう頷いた。
「行こっか」
「うん」
ベッドの上で身を寄せ合うようにしていた僕らはそっとお互いを支え合うように立ち上がった。
脱衣所までやってくる。
そっと隣の藍の様子を窺うと、真っ赤な顔でブラウスのボタンに手をかけていた。
でも、すぐにはそれを外す様子がない。
弄ぶようにつけたり外したりしている。
「さっきあんなにいっぱい痴態を見られちゃったのに、まだ恥ずかしいんだ?」
「っ……。さ、さっきのことは言わないでよぅ」
「表情とかとろけちゃってて、きもちよくなっちゃった藍が『わたしの……』」
「あああああっ! そ、それ以上言っちゃだめ!」
「えー、なんでー?」
「……なんででも!」
ぷんぷんと怒る藍に微笑みを返しつつ、僕は着ていたシャツとアンダーウェアを脱ぎ去った。
「あ……」
上半身裸になった僕を、藍が食い入るような視線で見つめてくる。
「……興味津々だね、藍」
「ち、ちがっ……」
「否定しなくていいって……」
彼女がそういうことに意外と積極的なのは、もはや僕の中では当たり前の常識になりつつあった。
「ぅう……」
僕にえっちな子だと思われるのは嫌なのか、泣きそうな表情になりながら、藍が俯く。
まだ服を脱ごうという気配はない。
「一人で脱げないなら、手伝ってあげようか?」
「け、けっこうです!」
声高に言った藍が、勢いよくブラウスのボタンを外した。
そのまま袖を通していた腕を抜いて、上半身がブラだけになる。
「かわいい下着だね」
「……っ」
純白のフリルのついたブラをそっと手で抑えた藍が、真っ赤な顔で睨むようにして僕を見た。
「涼はすぐそういうこと言う……っ!」
「そういうことって?」
「……わ、わたしが」
「わたしが?」
「ドキドキして恥ずかしくなっちゃうようなこと……」
消え入りそうな声音で顔を下向ける藍。
素直な感想を漏らしただけなんだけどなー。
それから、僕は穿いていたカーゴパンツとパンツをちょうちょなく脱ぎ捨て、全裸になった。
「あ、や、やだっ。もう、涼……」
顔に手を当てて、僕の体を見ないようにする藍だったが、当然のようにその指の隙間からばっちり彼女の大きな瞳が覗いていた。
「さあ、藍も脱ごうか」
「……え、えっと……」
そっと近寄って彼女の肩に手を置く。
ブラ紐を摘まんで肩からずり下げるようにした。
びくっと体全体で反応して、藍が距離を取る。
「じ、自分でできるからっ! だ、だいじょうぶだから!」
「そう?」
ちょっと残念な気持ちになった。自分の手で藍を裸にしてみたかった。
緩んでしまった肩紐はそのままに、ブラのホックを外し、ゆっくりと取り払う藍。
万が一にも恥ずかしいところがみえないようにか、二の腕で胸の先を隠すようにしていた。
「今更、隠すようなことでもなくない?」
「い、いいのっ……。そういう問題じゃないのっ」
慌てたように言い募った藍は、僕に背を向けて、ボトムスに手をかける。
こちらにお尻を突き出すようにして、チャックを下げ、片足ずつ抜いていく。
純白レースのショーツが露わになった。
「その体勢の方が恥ずかしくない?」
「……取捨選択の問題」
こっちにお尻を突き出す姿勢を取ることより、胸を全部見られる方が藍にとっては恥ずかしかったということか。
そのまま彼女がショーツに手をかける。
指先でひっかるようにしてずり下げ、右足を抜き、左足を抜いた。
「……ん」
どこか陶酔するような吐息を漏らした藍が一糸纏わぬ姿で僕に背を向けている。
横顔で僕を窺うようにみた藍が、小さな声でささやいた。
「みたい……?」
「……すごくみたい」
素直にそう答えると、藍がゆっくりと振り返る。
右手で左手の肘を掴んだ姿勢で恥ずかし気に俯き、彼女が裸体を露わにしてくれる。
藍の白い肌が途方もない羞恥に、わずかにピンク色に染まっていた。
「あー……」
きれいすぎて何もかける言葉が見つからない。
小ぶりな乳房も、ちっちゃなおへそも、少しだけ肉感的な太ももも、それから、もっと直接的な部分もきれいすぎて何も言葉が出てこない。
「あ、あんまり見つめないで……」
泣きそうな声で藍が言う。
自分の中の欲望を持て余しかけたところで、その声に我を取り戻した。
うん。まあ、これ以上、じっくり視線を送り続けるのもかわいそうか。
「お風呂、入ろっか」
「……うん」
小さく頷いた彼女の手を引いて、浴室に入った。
体を軽く洗い流し、湯舟に一緒に浸かる。
以前一緒に入ったときのように、僕の足の間に挟まるようにして、彼女が腰を下ろした。
「……」
「……」
お互いなんと言葉を交わしていいのかわからず、息の詰まるような沈黙が落ちる。
彼女の家に泊まりに行くことに誘われてから、お風呂に一緒に入ることも当然頭に上っていたが、てっきり僕は自分がもっと彼女の身体をぺたぺたと触ってしまうものだと思っていた。
けれど、こうして至近距離で密着して、一糸纏わぬ彼女がそばにいると、あんまりそういう気が湧いてこない。
なんかもう、いろいろと満たされちゃっている感じだった。
「あのさ……」
「うん?」
すべすべとした感触の彼女の両肩に手を置きながら言うと、藍が振り返る。
アップにした長い髪がぴょこっと揺れた。
そんな彼女に、僕は心の内をさらけ出すように口にする。
「藍のこと、すごく好き」
「……っ」
耳元でささやくと、くすぐったがるように藍が体をよじった。
「今、こうやって一緒にお風呂に入ってさ、肌が触れ合ってさ。いろいろ変な気持ちにもなってくるけど、やっぱり僕藍のこと大好きだなあ、って心から思う」
「わ、わたしも……。わたしも大好きだよ、涼」
体ごと振り返った藍が唇を寄せる。
彼女を抱き寄せるようにして気持ちを交わした。
「涼の……、ものすごく硬くなっちゃってるね」
「藍だってもう……」
「ふふっ……。おそろいだね」
「いや、おそろいではないと思うけど……」
男と女で体がおそろいになることなどないだろう。
完全に違う存在なわけだし。
一方で同じでもあるわけだけど。
「したい? 涼」
「……あー、けっこうぎりぎりな感はあるけど、まだいける。まだ僕はがんばれる」
「そ、そうなんだ……」
彼女がもどかしさをこらえるように吐息する。
僕の胸元に手を置いて、そっと口づけをするように耳元に唇を寄せた。
「わたしはもう……、がまんできない……」
驚いて彼女の顔を見返すと、困ったような、誘うような、いたずらっぽい微笑みがそこにあった。
彼女が僕の腕をつかんで、自分の手の平と僕の手の平とを優しく絡め合う。
恋人つなぎ。
湯気の立つ温度のお湯の中でつないだ手はそこだけがもっとずっと深い熱を持ったように熱く、心地いい。
「優しく、誠実に……、って涼がわたしのことを大切にしてくれるのもわかるけど、もっと乱暴に、涼のしたいようにしてくれてもいいんだよ?」
聖母のような慈愛に満ちた表情を浮かべて、彼女が微笑む。
「涼のぜんぶ、受け入れてあげたいな」
「藍……っ」
その言葉を聞いて、僕の理性はどこかに吹き飛んでしまったようだった。
さきほどの言葉はどこへやら、藍を深く求めてしまう。
「……いいよ、涼。ぜんぶ、りょうのすきにして……」
僕のすべてを受け入れるように口にする藍に、僕は彼女ともう一度唇を交わした。
手の平に収まるやわらかい感触。
彼女の小さな口から紡がれる蠱惑的な嬌声。
目と目を合わせれば、藍が何を考えているのかはつぶさに感じ取れた。
大好き。
途方もない熱量と、止め処なく溢れてくる愛情を持て余すように僕らは体を重ねた。
強く深く激しく。
お互いがお互いを求めるままに、相手を想い、相手を愛し、ただお互いの幸せを願って。
心が熱くて、体が熱くて、自分の中のすべてが熱くて。
溶け合うように。
絡み合うように。
高め合うように。
交わり、紡ぎ、重ね、惹かれ合った。
「……ふふっ。ついに、しちゃったね」
藍が幸せそうに笑った。
お互いの体温を感じながら触れ合う時間は続いている。
しかし、そこに激しさはない。燃え盛るような欲望もない。
互いの存在を完全に許容するように、ぴったりと彼女と肌を重ねているだけだった。
「ちょっと自分にびっくりだよ……」
まさか風呂場で劣情を抑えきれなくなることがあるなんて思いも寄らなかった。
それも人の家の。
恥ずかしいとかやってしまったというよりは、信じられないという思いの方が強い。
ほんと、なにやってるんだろうな、僕。
それもこれも藍がかわいすぎるのがいけないのだ。
その点に関して、僕に非なんてないと主張しておきたい。
「でも、わたしは嬉しいな……」
「なにが?」
「涼もあんなふうに自分を見失ったりするんだね」
「……っ。……それはそうだよ。まず初めからして、僕は僕を抑えきれなかったんだから」
「そういえばそうだったね」
夏休みのあの日、失った理性の境界線はより欲望に近い位置に引き直された。
けれど、彼女と触れ合い、言葉と交わすうち、もうどうにでもなれという気持ちの方が強くなっていった。
好きだという気持ちは止められないのだ。
理性は間違いを押し留めるために機能していればいい。
誰かを愛する気持ちを抑制する必要はない。
それでも、責任のとれないようなことはするべきではないけれど。
「わたしのことがとっても大好きなんだってわかって、わたしは嬉しかったけど……」
「そんなの、大好きに決まってるじゃん……」
「ありがと……」
ちゅっと、優しく首にキスをする。
「……ぐはっ」
何気ない仕草に筆舌し難い愛おしさを感じる。
この子はどこまで僕をかき乱せば気が済むのだろう。ほんと。
お返しに、彼女のうなじの辺りに唇を近づける。
「んっ……」
濡れた感触を唇に感じるとともに、藍が色っぽい声を上げた。
「そういう声を上げられると、またちょっとへんな気分になってくるんだけど……」
「えへへ……」
彼女がごまかすように笑う。
「自分からやっておいて、勝手だよ? 涼」
「……それはそうかもだけどさ」
ぎゅっと全身を押し付けるように、後ろから彼女を抱きしめる。
「……あ」
「あったかい」
「あったかい、ね……」
回した腕にそっと彼女が手を添える。
肩の上に顎を乗せると、彼女が頬ずりをしてきた。
「涼の頬、ざらざらー」
「……まあ、夜も深まってきたからね。ひげも少しはね」
「ざりざりする」
そんなことを言いつつも、頬をすりすりするのはやめない藍。
垂れてきていた彼女の髪の一房が鼻の辺りにかすった。
何となく気になって彼女の髪の毛に手を伸ばす。
何度触っても、やっぱり滑らかで、触り心地最高だった。
「……涼って髪フェチなの?」
「どうして?」
「嬉しそうに触ってるから」
つんつんと僕の頬を人差し指で突っついてくる。
そんなににやけていただろうか。自分では気づかなかったのだが。
「たしかに、藍の髪きれいだから、触るのは楽しい」
「……気を遣ってケアしてるかいがあるかも」
「藍が髪にとても気を遣ってるのは僕のため?」
「……んー? ……ふふっ。涼、ちょっと自意識過剰かも」
「……え、えー」
「それもあるけど、わたし自身がそういう自分の方が好きだから、だよ」
「そっか……」
女の子の気持ちは複雑だ。
「今度涼の髪もどうにかしてあげよっか?」
僕の頭頂部に手を伸ばし、優しく撫でてくる。
「いやー、僕はそこそこでいいよ。そこそこで」
「えー、もっとかっこよくしてあげるのにー」
不満そうな声音で藍が言う。
着飾ることが悪いとは思わないが、やり過ぎたいとは思わない。
身の丈に合った程度でいいと思う。自分に似合わないおしゃれなどしても、滑稽なだけだろう。少なくとも、僕のような人間は。
「……強情だなー、もう」
つぶやく藍だったが、僕は僕で彼女の方が強情だと思う。
「そろそろお風呂上がろっか。あんまり長く入っていてものぼせちゃいそう……」
「だね……」
途中から暑くなってお風呂場の扉など開けたりしていたが、それにも限度はある。
早々に上がるのが吉だろう。今更かもしれないが。
それから、体をひとしきり洗ったりして、入浴を終えた。
……冷静に振り返ると、いろいろとやりすぎてしまった気がする。