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あいだけに  作者: huyukyu
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お買い物

 至近距離で密着しながら藍と話していると、いつの間にやら時間は過ぎていて、午後五時となっていた。


「……そろそろ、お夕飯の支度とか考えないといけない時間だね」


 ぼそりと藍が言って、僕から離れた。


「材料はあるの?」

「ううん。お金をお母さんから渡されてて、相田君と一緒に買いに行ってって」

「じゃあ、そろそろ買い物に行く?」

「うん。行こ」


 藍が頷き、立ち上がる。

 そこで、僕は藍の格好に目を留めた。


 シャワーを浴びた後、彼女は着替えていて、九々葉家に来た当初よりは露出控えめの、長袖ブラウスにショートデニムという格好になっていた。

 家の中ではそれでいいかもしれないが、十月という時節柄もあり、そのまま外に出るには少々肌寒いと思われる。何より、白くてきれいな藍の脚など他の誰にも見せたくない。


「その格好で出かけるのは寒いと思うけど、着替えるの?」

「あ、うん。そうだね。もう少し厚着しないと風邪引いちゃうかな」

「今日は着替えてばっかりだね、藍」

「……おしゃれに面倒はつきものだよ、涼」

 藍が苦笑するように言って、僕は肩をすくめる。面倒を抱え込んでまで着飾ろうという意思は僕にはない。けれど、女の子の藍がそこまでしてかわいくあろうというのなら、僕はそれを歓迎するだけだし、そんな藍は見ていて楽しい。


「えっと……何着ようかな?」

「僕は下で待ってるよ」

「あ、うん。すぐ行くね」


 服を選ぶべくクローゼットを開けた藍に一言告げて、彼女の部屋から出る。

 常日頃空気を読まない僕だが、ここは空気を読んで外に出た。

 服を選ぶ横で僕にがたがた言われても面倒くさいだけだろうし。

 それに、吊られた服を眺める彼女の横顔はとても楽しそうだった。その楽しみを邪魔してもいけないだろう。


 五分ほど玄関で靴をとんとんやっていると、彼女が降りてきた。

 だぼっとした感じの白のカットソーに、これまただぼっとした感じのあるベージュのチノパン。

 全体的にゆったりとした印象がある。

 髪は片側に一つにまとめるようにして右肩に流していた。


「どうかな?」

「……これから夕飯の買い物に行こうって装いじゃないけど、まあ、いいんじゃないかな?」

「むぅ。微妙な反応」

「いやいや、似合ってるって」

「なら、よし」


 むくれた頬を綻ばせるように彼女が言う。

 それから、靴箱からスニーカーを取り出しきて足を通した。


「行こ」


 自然な流れで彼女が手を差し出してくる。

 僕はそっとその手を掴んだ。




 近くのスーパーまでは徒歩十分。

 十分歩いていける距離だ。


「……明日はどこかに出かけたりする?」


 つないだ手を嬉しそうに見つめながら藍が訊いてくる。

 僕は目線を近場の藍から遠くの方へやった。


「そうだなあ。明日の気分にもよるけれども、最近、藍と一緒にどこかに行くということもなかったから、行ってもいいんじゃないかな?」

「むぅ。また、そうやって煮え切らない反応」

「僕はけっこう気分屋なところもあるからねー。元から予定を立てていたのならいざ知らず、考えてはいたけれど、特に行きたい場所があったわけでもないからまあ」

「じゃあ、明日の涼に訊いてみるね」

「そうしてくれるとありがたい」


 まるで今日の僕と明日の僕が別人であるような言い方だったが、記憶が九十分しか続かないとか、そういうことは別にない。


「涼はさっきみたいに家でデートするのと、外に出てデートするの、どっちが好き?」

「家」

「……悩む余地なく即答なんだ」

「だって、外出ると面倒ごとが多いしさ。人の多いところに行けば、人ごみに辟易するし」

「でも、外でしか楽しめないこともいっぱいあると思うよ。遊園地に行ったりだとか、スポーツをしたりだとか」

「それはまあ。だから一応、考えていたはいたんだって。今日どこか行こうかなって」

「……でも、気分が乗らなかったら、行かないんでしょ?」

「そういうときもある」

「……涼らしいね」


 若干苦笑するように微笑んで、彼女が言う。それから慈しむように僕を見た。

 その視線がこそばゆくて、僕は目線を前に逃がす。

 すると、藍が腕にしがみついてきた。

 ぎゅっと、柔らかな膨らみの感触を腕に覚える。


「……今、抱き着くような場面だった?」

「うん。そんな場面だった」

「嘘だー」

「わたしが涼に抱き着きたくなったら、それはそういう場面なの!」

 声高に藍が主張する。かわいい。


「じゃあ、例えば、僕が今この場でキスがしたくなったとしたら、そういう場面になるの?」

「……え? え、えっと、そ、それはちょっと恥ずかしいから、だめ」


 彼女はちょうど通りかかった犬の散歩をしているらしいおじさんに目をやった。

 人気の多い通りでもないが、夕方は若干人通りも増すらしい。

 他にもちらほら、遠くの方にランニングをしているらしい大学生っぽい男の人や、買い物帰りだろうか、ビニール袋の引っかかった手押し車を押しているおばあさんなどが見える。


「抱き着くのは恥ずかしくないの?」

「……そ、それは、だって、したいもん……」

「まあ、藍は恥ずかしくて悦んじゃう変態だもんね?」

「ち、ちがうからぁ……、そういうんじゃないの……」

「じゃあ、どういうのなの?」

「だ、だから、それは……、涼といっぱいイチャイチャしたいっていう……」

「こんな公道のど真ん中で?」


 通りがかっていく人たちは、公衆の面前で堂々と引っ付き合う僕らに対して、興味なさげにちらっと目線をやるだけで何も言ったりしないが、たまに眉を顰めるような人もいたりするので、まあ、そんなに褒められた行為ではないだろう。


「ぅ……、わ、わかった。手をつなぐだけにする」

 言って、藍が名残り惜しそうに体を離した。

 密着していた分の熱が秋風にさらわれ、大気に霧散する。


 そんな彼女を僕はすぐさま抱き寄せ、肩を強く抱いた。


「きゃっ……。りょ、涼?」

「いや、まあ、僕も藍に引っ付いていてほしいという気持ちがないでもないわけであってだね」

「……つまり?」

「せめてスーパーに着くまででいいから、引っ付いていてくれないかなって」

「…………涼、ももちゃんのこと言えないじゃん。このツンデレさんめ」

 普段あまり言わないような口調でおどけるように藍が言い、指先で僕の頬を突いてくる。


「あはは。ごめんごめん」

「……もう」


 そんなやり取りをしていると、ちょうどさっき見かけたランニング中の大学生が近くまでやってきていて、彼と目が合った。


「ぺっ」


 すぐに目を逸らし、道端の側溝につばを吐きかけた彼はやけくそのように走る速度を速めていった。


「……涼、どうしたの?」


 彼の後ろ姿を見送る僕を見上げて不思議そうに藍が首を傾げる。


「いや、なんでもない」


 独り身の大学生らしい通りすがりの彼には申し訳ないことをした。

 さりとて、イチャつくのをやめようという罪悪感さえ湧いてこないのは僕のいいところなのか悪いところなのか。

 ま、どうでもいいや。


 そんなところでちょうどスーパーが見えてきた。




 店内に入り、買い物かごを引っかけてカートの上に乗せる。

 とりあえず、生鮮食品の辺りから回ってみることにする。


「今日の献立は何ですか? 奥さん」

「……奥さんって……、まだ決めてないけど……。涼は何がいい?」

「んー……」

 言われて何がいいかと考えるが、いまいち浮かんでこない。


「今、食べたいものとか」

「うーん。……藍」

「え……?」

 目を丸くして彼女が見上げる。すぐに頬を赤くした。


「そ、そんなこと、こんな場所で言わないでよ……」

「……あー、まー、そーだねー」

 何も考えずに口を動かしたら、自分でも予想していないようなことを口走ってしまった。

 ちょっと品のなさすぎる冗談だと思う。

 自分で自分に困惑してしまう。


「えーと、じゃあ、カレー」

「か、カレーだね。う、うん、わかった。じゃ、じゃあ、カレーにしよっか、うん」

 適当に口にすると、藍は焦ったように髪をくしくしとして、小さく頷いた。


「じゃ、ジャガイモは……っと」

 照れ隠しのように早足で進んでいく彼女に、カートを押してついていく。

 

「に、ニンジン……」

「……」


「た、たまねぎ……」

「……」


「お、お肉は……」

「……」


「え、えっと……、あ、あとルー、……あ、ルーはまだあるんだった」

「……」


 無言でカートを押して、彼女の後ろ姿を見つめながらついていくと、カレーのルーのコーナーまで来たところで彼女が振り返った。


「な、何か言ってよ! 涼」

「え? 何が?」

「何が、じゃなくて……、あ、あんなこと言われちゃったら、動揺してお買い物に集中できなくなるでしょ!」

「別に買い物って集中してやるものでもなくない?」

「そ、そういうことじゃなくて……っ! だ、だからその、恥ずかしいままは嫌っていうか……」

「藍、恥ずかしいの好きだよね?」

「……あー、も、もういい!」


 語気荒く口にして、呆れたように彼女が息を吐いた。


「……時々、涼と会話が通じなくなる気がするよ……」


 小声でつぶやいた彼女の言葉が聞こえて、なんかごめんって心の中で謝っておいた。




 清算を終え、ビニール袋に詰めた野菜等のカレーの材料や、お菓子や飲み物などをまとめて僕が持つ。

 一袋なので、片方の手は空くわけだが。


「……あー、手を……なんでもない」


 なんだかわからずとも、彼女を怒らせてしまったことはたしかみたいなので、言いかけてやめる。

 きっと、手をつないで帰るような気分でもないだろうし。


「わたし、怒ってないからね」

「え?」


 若干、俯きがちになっていた僕はその言葉に顔を上げる。

 ひどく真面目な顔をした藍と目が合った。


「わたしはそんなことぐらいで怒ったりしません」

「……そ、そっか」

「でも、手をつないでくれなかったら、ほんとに怒るから」

「……」

「……」

「えーと、じゃ、じゃあ、つなぐ?」

「うん。つないで」


 嬉しそうに唇の端で笑う藍。

 僕はそんな彼女の表情に、肩の力が抜ける想いがした。


 手をつないで、ゆっくりと歩き出す。一緒に。歩調を合わせて。


「藍」

「……ん?」

「抱きしめてもいい?」

「……い、今はだめ。か、帰ってからならいい……。好きなだけ、しても……」

「そっか」


 ぎゅっと強く手を握ると、彼女も強く握り返してくれる。


 僕は藍が彼女で本当によかったと、心から思った。

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