いじめられる
好き、って口にすると、心がとてもあたたかくなる。
好き、って言われると、胸の奥を優しく摘ままれるようにこそばゆくて、ドキドキしてしまう。
彼とキスをすると、心も体もじわりと熱を持っていくようで、自分の感情が上手くコントロールできなくなる。
意地悪く焦らされるように、けれど、柔らかく包み込むように愛されると、頭が沸騰してしまいそうだった。
「……藍、ずいぶんだらしない表情しちゃってるけど、そんなに気持ちいい?」
涼が責めるように、弄ぶように、わたしの気持ちを手に取るように感じ取って、訊いてくる。
その嗜虐的な表情に、声音に、ああ、彼にいじめられてるんだ、と思うと、体の芯の辺りがこそばゆくなって仕方がない。
「……そ、そんなことぉ……んっ……い、いえないよぅ……」
倒錯するように、陶酔するように、信じられないくらい甘い声が自分の口から漏れ出てしまう。
今のわたしに自分を冷静に見る目なんてもうなかった。
大好きな涼に体の隅々までを弄ばれているという悦びだけがあって、肌に触れる指先や手の感触、自分の体の感覚に意識がもっていかれる。
「……どうしても言いたくない?」
「……う、うん」
「言った方がもっと、気持ちよくなれるかもしれないよ?」
あえて敏感な部分を避けるように触れる彼の感触がもどかしい。
熱を持った肌が刺激を求めて小さく跳ねる。
「で、でも……」
「ん?」
「……はぁっ、あ、……んっ……」
「声、出ちゃってるよ」
「……っ。りょ、りょうが出させたんでしょ……」
「そうだね。でも、出したのは藍だよ」
今、冷静な声音でそう反論されると、まるで本当にわたしが望んでそうなったみたいに感じられてくる。
「えっちな藍は、こうして僕に触られて、えっちな声を出しちゃうのが望みだったんだよね?」
「……ち、ちがっ、……ぁんっ、……あ、あぅ」
「へんな声出しちゃうの、恥ずかしい?」
「りょうがぁ……そんなことばかり言うからぁ…」
「ごめんごめん」
口では謝りつつも、手の動きとかは全然そんな風じゃなく、むしろわたしは敏感に反応してしまう。
こんな風に焦らされて、いじめられるみたいに言葉で責められて、それが嬉しいだなんて感じてしまう自分がどうかしてしまったんじゃないかと思う。
でも、涼がわたしのことが好きだっていう気持ちが伝わってきて、涼自身の願望はありつつも、わたしが望んでいるからこんなことをしているんだっていうことがわかってしまって、だから、それがどうしようもなく嬉しい。
わたしの気持ちを考えて、思いやって、いじめてくれている。
そのことがとても嬉しい。
幸せで、嬉しくて、気持ちよくて、どうにかなってしまいそうだった。
「……んっ……あぁ……」
「……で、実際のところは?」
「……気持ち、いい……っ……よ……」
「それはよかった」
「っ――! ……あっ、や、だめぇ……」
素直な気持ちを口にすると、涼の言った通り、もっと気持ちよくなってしまった。
理性なんて、飛んでしまいそうなくらい。
彼がわたしに触れる度、わたしの体は過敏なくらい反応して、わたしの心は甘く溶かされるように緩んでいく。
……こんなの、無理だよ。
いつもの自分を保てるわけないよ。
へんな風に、なっちゃう……。
「藍、いじめられるの好き?」
「すきぃ……」
「えっちなことは?」
「だいすき……」
「僕のことは?」
「あいしてるぅ……」
「僕も愛してるよ、藍」
涼の声が耳元でささやかれ、涼の手がわたしの体をまさぐって、涼の心がわたしを溶かす。
涼の全部が気持ちいい。
「もう表情とか気にする余裕もないくらい、いろいろととろけちゃってるね」
「ぅん……。もう、むりぃ……りょうだから、ぜんぶみられても、いい……」
「……ありがと」
「かおあかくしてる……、りょうかわいい」
「藍の方がかわいいよ」
「……んぁ、うれしい……。りょうすき」
「うん、知ってる」
「あっ……ん……っ……、りょう、どうしてそんなに……あ……わたしの弱いとこ……んっ……わかる……のっ……?」
「好きだからだよ」
「好きって、すごいね」
「うん。そうだね」
わたしがどんどん冷静さを失っていくのに対して、涼はとても落ち着いている。
慈しむように、わたしの姿を見守っていた。
ぜんぶ、見られていることさえも、涼の前でこんなに理性を失ったふるまいをしてしまっていることさえも、今はすべてがはずかしくて、きもちいい。
「ぎゅってして」
「うん」
「わたしのからだ、きもちいい?」
「うん。やわらかくてすべすべで」
「よかった……」
「このくらいの強さでいい?」
「もっとつよくだきしめて……」
「こう?」
「もっと……」
「痛くない? 大丈夫?」
「ううん。こわれるくらいつよいのがすき……」
「いや、こわれちゃだめだよ」
「じょうだんだよぉ……、ほんきにしちゃって、りょうかわいい」
「……何度もそう言われていると、さすがに男としてどうなんだろうって思うんだけど」
「うふふふっ」
「いや、意味深にわらわないで」
「……えへへ。だいじょうぶだよ。ちゃんとりょうはおとこのこしてる」
「なら、いいんだけど」
ほっと安堵するように息をついて、涼は薄く笑う。
わたしはその笑顔が愛おしいと思う。
「りょうはやさしいね」
「……どうして今そんなことを?」
「だって、りょう、わたしをきもちよくはしてくれるけれど、じぶんがきもちよくなろうとはしないもの」
「……あー、ばれちゃったかー」
「ばればれだよ」
「ばればれかー」
「どうしてしないの?」
「うん。まあ、さっき昼間っからは、なんて、自分で言ったことの手前もあるし……。言ったことは守らないとねって」
「そんなこと、きにしなくていいのに……」
「それにさ、ここで僕まで理性失っちゃったら、本気でそれだけに没頭しかねないと思うんだよね。それこそ昼も夜もないくらい……。だからさ……」
「だから?」
「藍との二人だけの大切な時間を、そんなことだけのために費やしてしまうのももったいないかなあって」
「……りょう」
「ん?」
「すき」
わたしは涼の唇に優しく口づけをした。
彼は小さく目を見開いた。
「そういうとこ、とっても好きだよ、涼」
「……そういうとこって?」
「わたしに考えもつかない視点で、わたしとのことを考えてくれるところ」
「そっか」
淡々と相槌を打つ涼に、わたしは不満を覚える。
彼は自分のすごさをわかっていない。
わたしが彼を好きな気持ちはわかってはいても、わたしが彼を好きなところはぜんぜんわかってなんていないんだから。
だから、きっといつか、わたしがわからせてあげる。
だけど、今は……。
「……ねえ、りょう」
「ん?」
「わたしのこと、きもちよくしてくれるんだよね?」
「うん」
「……じゃあ、してぇ……」
「……甘えん坊だね、藍は」
「うん。りょうだから、あまえるの……」
「それはとても光栄なことだね」
「……わたしだけなんてもうしわけないけど、……でもっ、もう……、むりだから……っ……」
「うん。それでいいよ。藍」
「……あ、ああ、あああ………っ!」
わたしは涼に導かれて、少しずつ、少しずつ……、溶かされていく。