九々葉藍
その少女はいつも一人でいた。
朝、学校にやってくると自分の席に座り、文庫本を取り出して読み始める。
机の上にはその日最初の時間の教科書が置かれ、始業時間を告げるチャイムが鳴るまで、彼女の視線は手元に向かっている。
一時限目が体育のときなどは、彼女は必ず十五分前に教室を出て、更衣室に向かう。もちろん、一人で。
誰かに話しかけられたときは大抵の場合無言で、ほとんど反応と言っていい反応を返さない。
肩先くらいに伸びた黒髪は最低限の身だしなみを整えるくらいで少し乱れていて、白無垢な面には化粧の類が施された痕跡はほとんどない。せいぜい眉が整っているくらい。
ただそれでも、優れた彼女の容姿は十二分にその魅力を発揮している。
特に目立つのはその瞳。黒瞳はこちらの心を見透かすように澄んでいる。
体格は小柄で、体の凹凸は少ない。けれど、芯はしっかりしているようで、その足取りはゆるぎない。
彼女の名前は九々葉藍という。
僕と同じクラスに所属する高校一年生。
入学当初、彼女はいろいろな人から興味を持たれ、話しかけられていた。
整った容姿に、無垢で愛らしい小柄な体格。親しみやすさを覚えて、近づこうという気持ちを持ったり、仲良くなろうと思ったりしても何らおかしなことはない。
けれど、彼女はそのすべてを拒絶していた。
文字通り、拒絶だ。
質問に対して、まともな返答をよこさない。
挨拶をしても、何も返ってくる言葉がない。
多くの人に言い寄られて、そのすべてを彼女はすげなくあしらった。
結果として、彼女は一人になる。人間関係を築く意思のない者に積極的に関わっていこうという人間はいない。
だから、彼女は一人だった。僕と同じように。
正確を期すならば、それでもまったく彼女に関わろうとする者がいなかったかと言えば、そうではない。
とある一人の女子生徒は孤高を貫くそんな彼女に何度か交流を持とうとしていた。
他のクラスメイトたちが一度話しかけただけで彼女と関わることをやめる中で、その女子生徒だけはずっとしつこく何度も声をかけていた。
けれど、それもそう長くは続かなかった。
やがてほとんど誰にも反応を返さなかった九々葉さんが一言彼女に口を開いたのだ。
それを期に、その女子生徒も他のクラスメイトたち同様、彼女と話をすることを諦めた。
僕、相田涼は、そんな九々葉藍を取り巻くクラスメイトたちのやり取りを、ただずっと二か月間ほど眺め続けていた。
暇だったのもあり、同類を見ていたというのもある。
小柄でかわいい九々葉さんに単純に注目していたのもある。
ただそれ以上に、その光景に想うところが少しあって、僕はそれを眺めていた。
そんな折、六月一日。
その日、クラスで席替えをした。
入学してから二か月間、一度も行われなかった席替えだ。
クラス内の雰囲気が盛り上がり、皆のテンションも上がる。
僕は何でそんなくだらないことでテンションが上がるんだろうとひねたことを考えながら、順番に回されてきたくじ箱からくじを引き、自分の席を決めた。
得た座席は廊下側の後ろから二番目の席。
端っこ好きだから、ま、いっかなどと思いつつ、机を動かして自分の席に移動する。
何となく後ろを確認すると、廊下側一番後ろのその座席は九々葉さんだった。
振り返った僕の目と彼女の目とがまともに合う。
逸らすのもなんだかあれだったので、じっと見ていると、向こうも見返してきた。
くりっとしたその瞳を見つめていることにやがて照れを感じた僕は顔を前に向き直る。
何か、面白いな。
僕は思った。