表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カエルレウスの魔女  作者: イヲ
mag-2-
8/62

-3-

 暗闇のなか、若い女が一人あるいている。

 ここは街灯がおおく、誰かがとおれば必ず分かるはずだ。それでも彼女のように酔っ払っていては、わからないだろう。


「……まったく、何よ……。あいつ……」

「お嬢さん」


 男のような、女のような声が聞こえ、酒臭い女はのろのろと顔をあげた。黒い、棒のようなシルエット。それがぼこぼことうごめいていて、それ(・・)の背中から、巨大な蛇のように細長いものが夜空にうかんだ。


「なによ? なんか、文句あんの?」


 酔っ払っている女は、その異形のものに食いつき、罵声を浴びせているが、その黒い異形のものはぴくりとも動かない。「お嬢さん」と言っただけで何も言わない。


「何か言ったらどうなの!! この――」


 持っているハンドバッグを投げつけようとしたその腕を、蛇のようなそれが、ぐるりと掴んだ。

 そうして、そのまま――蛇の頭が酔ってぬれたくちびるにつっこむ。


「――!!」


 女の体がびくんびくんと痙攣し、やがて女は動かなくなった。

 やがて気味の悪い音をたてながら、蛇が口から出てくる。そのまま不自然に黒いシルエットに引き込まれ、やがてそのシルエットはコンクリートの地面に吸い込まれるように消えた。





 次の日、テレビのニュースは大々的に連続殺人事件としてかかげられた。


「……昨夜か……」

「まさか二日連続で……!」

「また、娘……。おなじもの(・・)で間違いなさそうだね」


 ソファーにすわっていたヘカテーは立ち上がり、青い薔薇の髪飾りの花びらをいじった。


「へ、ヘカテーさま……」

「いやだね。こんなところ(・・・・・・)で外したりしないよ。それにしても、舐めたまねをする……。わたしの陣地で、捕食とはね」


 おびえた目をする金鵄に笑いかけると、ヘカテーはショールを羽織り、昨日とおなじく林を抜けた。

 町は昨日とくらべ、人間たちが少なくかんじる。たしかに二件目の殺人(・・)はこの辺りなのだ。おびえ始めるのも分かる。それに、警官がたまに行き来しているようだ。


「やっぱり、人間たちは警戒しているようですね。当たり前か……」

「地図を見ると、このあたりはやはり、――竜脈が連なっている所よ。そこを汚せば、この町は滅びるとされている……」

「りゅ、竜脈? そんなものが本当にあるんですか?」

「さあ、知らないわ。あるかもしれないし、ないかもしれない。でも、人を殺し続ければ、そりゃ人々は元気をなくして、死んだような町になるわ。それを竜脈に連なる場所で出会った人間たちを殺してきただけ」


 警官に出くわすと、ヘカテーは昨日の夜のことを聞きだした。場所はやはり、竜脈に連なる場所。そして小指がなくなっていて、死因が出血死だということ――。

 警官である若い男も、すこし気味悪そうに町を巡回している。彼らも不安なのだろう。


「それにしても、まったく迷惑な女だよ。人をあんな風に殺していったい何が楽しいのやら」

「殺すことが好きなんですよ。ああいう魔女は。ああ嫌だ嫌だ。汚らわしい」


 金鵄は己の腕を抱いてかぶりを振ると、ヘカテーは赤いくちびるをかすかに開けてため息をはきだした。


「しかたがない。夜まで待とう。どうせ真っ昼間から活動するようなやつじゃないからね」

「あっ、ヘカテーさま。どこへ?」

「警察だよ」


 青い薔薇カエレスエィス・カエルレウスをいじりながら、ヘカテーは警察署へむかった。行きかう人々はみな、おびえた表情をして、身を寄せあいながら歩いている。そして、小声で「はやく犯人が見つからないかしら」と気味悪そうにささやいていた。


「みんな、不安そうですね」

「そりゃそうよ。人間たちは意味がはっきりしない物事を恐れる傾向にあるからね。幽霊とか、超常現象とかそうさ」

「小指からの流血もなし、傷口もないのに失血死って、超常現象以外の何物でもないですからねぇ」


 警察署に入ると、再び小林が汗を拭きながら二階からおりてきた。その顔は青ざめて、おろおろとしている。

 それはそうだろう、二日間連続して不審死が起きたのなら、大わらわだろうから。


「いや、いや。佐柳さん。まずいことになりましたな。昨夜も、警官を動員して向かわせたのですが、こんなことになるとは……」

「被害者の娘には申し訳ないことをしたね。昨日、帰らずに粘ればよかった」


 彼女の横顔は、悲しみに痛んでいるように見えた。


「今晩」

「え?」

「今晩、愚か者ども(ストゥルティ)をわたしが喰ってやるよ」

「喰ってやる? い、いやいや、それは……捕まえるのは私らの仕事でしてね」

「おや。あのストゥルティは元は人間だが、もう人間じゃないよ。魔女の眷属になっている。そんなやつをきみたちは捕まえることができるのかね?」

「やだなぁ、佐柳さん。脅かさないでくださいよ……」


 青ざめた顔をした小林は、冷や汗をぬぐいながら乾いた笑いを発してみせた直後、「小林署長」と、冷たく、冷めた声が乱雑な部屋に響いた。


「そんな女の口車にのせられて、事件解決に役に立つとでも?」


 短い黒髪の男――八月朔日(ほずみ)は、ヘカテーを睨んだまま眼鏡の頭をあげた。

 金鵄は顔をゆがめて、八月朔日をにらみ返している。


「おやめ、金鵄。八月朔日。きみも早死にしたくないのなら、こういう(・・・・)案件はわたしたちに投げた方がいい。そのうち、悪い魔女に取って食われるよ」

「――馬鹿馬鹿しい。今回の事件も我々警察に任せてほしいものだな。こんな事件に頭を突っ込んでいるそういう貴様たちこそ、早死にする」

「おやおや。ご心配、どうもありがとう。きみがそう言うのなら、それでもいい。勝手にやりたまえ。わたしも勝手にやらせてもらうからね」


 ヘカテーはなおにらみ続ける八月朔日から視線をはずして、小林にむかってくちびるを開いた。


「今晩も殺人はおこるだろう。だいたいだが次の場所も分かっている」

「何だと!」

「そう吠えるな、八月朔日。きみにももちろん、教えてあげよう。そして、それからのことはきみの自由だ」


 胸元から古びた地図を取り出すと、八月朔日に渡すが、男はその紙を取るか否か迷っているようだ。


「きみも刑事の端くれなら、犠牲者のため、そして次の犠牲者を出さないために受け取るべきだとおもうがね」


 男は歯をきしませながらも、乱暴にヘカテーの指先から地図を受け取った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ