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暗闇のなか、若い女が一人あるいている。
ここは街灯がおおく、誰かがとおれば必ず分かるはずだ。それでも彼女のように酔っ払っていては、わからないだろう。
「……まったく、何よ……。あいつ……」
「お嬢さん」
男のような、女のような声が聞こえ、酒臭い女はのろのろと顔をあげた。黒い、棒のようなシルエット。それがぼこぼことうごめいていて、それの背中から、巨大な蛇のように細長いものが夜空にうかんだ。
「なによ? なんか、文句あんの?」
酔っ払っている女は、その異形のものに食いつき、罵声を浴びせているが、その黒い異形のものはぴくりとも動かない。「お嬢さん」と言っただけで何も言わない。
「何か言ったらどうなの!! この――」
持っているハンドバッグを投げつけようとしたその腕を、蛇のようなそれが、ぐるりと掴んだ。
そうして、そのまま――蛇の頭が酔ってぬれたくちびるにつっこむ。
「――!!」
女の体がびくんびくんと痙攣し、やがて女は動かなくなった。
やがて気味の悪い音をたてながら、蛇が口から出てくる。そのまま不自然に黒いシルエットに引き込まれ、やがてそのシルエットはコンクリートの地面に吸い込まれるように消えた。
次の日、テレビのニュースは大々的に連続殺人事件としてかかげられた。
「……昨夜か……」
「まさか二日連続で……!」
「また、娘……。おなじもので間違いなさそうだね」
ソファーにすわっていたヘカテーは立ち上がり、青い薔薇の髪飾りの花びらをいじった。
「へ、ヘカテーさま……」
「いやだね。こんなところで外したりしないよ。それにしても、舐めたまねをする……。わたしの陣地で、捕食とはね」
おびえた目をする金鵄に笑いかけると、ヘカテーはショールを羽織り、昨日とおなじく林を抜けた。
町は昨日とくらべ、人間たちが少なくかんじる。たしかに二件目の殺人はこの辺りなのだ。おびえ始めるのも分かる。それに、警官がたまに行き来しているようだ。
「やっぱり、人間たちは警戒しているようですね。当たり前か……」
「地図を見ると、このあたりはやはり、――竜脈が連なっている所よ。そこを汚せば、この町は滅びるとされている……」
「りゅ、竜脈? そんなものが本当にあるんですか?」
「さあ、知らないわ。あるかもしれないし、ないかもしれない。でも、人を殺し続ければ、そりゃ人々は元気をなくして、死んだような町になるわ。それを竜脈に連なる場所で出会った人間たちを殺してきただけ」
警官に出くわすと、ヘカテーは昨日の夜のことを聞きだした。場所はやはり、竜脈に連なる場所。そして小指がなくなっていて、死因が出血死だということ――。
警官である若い男も、すこし気味悪そうに町を巡回している。彼らも不安なのだろう。
「それにしても、まったく迷惑な女だよ。人をあんな風に殺していったい何が楽しいのやら」
「殺すことが好きなんですよ。ああいう魔女は。ああ嫌だ嫌だ。汚らわしい」
金鵄は己の腕を抱いてかぶりを振ると、ヘカテーは赤いくちびるをかすかに開けてため息をはきだした。
「しかたがない。夜まで待とう。どうせ真っ昼間から活動するようなやつじゃないからね」
「あっ、ヘカテーさま。どこへ?」
「警察だよ」
青い薔薇をいじりながら、ヘカテーは警察署へむかった。行きかう人々はみな、おびえた表情をして、身を寄せあいながら歩いている。そして、小声で「はやく犯人が見つからないかしら」と気味悪そうにささやいていた。
「みんな、不安そうですね」
「そりゃそうよ。人間たちは意味がはっきりしない物事を恐れる傾向にあるからね。幽霊とか、超常現象とかそうさ」
「小指からの流血もなし、傷口もないのに失血死って、超常現象以外の何物でもないですからねぇ」
警察署に入ると、再び小林が汗を拭きながら二階からおりてきた。その顔は青ざめて、おろおろとしている。
それはそうだろう、二日間連続して不審死が起きたのなら、大わらわだろうから。
「いや、いや。佐柳さん。まずいことになりましたな。昨夜も、警官を動員して向かわせたのですが、こんなことになるとは……」
「被害者の娘には申し訳ないことをしたね。昨日、帰らずに粘ればよかった」
彼女の横顔は、悲しみに痛んでいるように見えた。
「今晩」
「え?」
「今晩、愚か者どもをわたしが喰ってやるよ」
「喰ってやる? い、いやいや、それは……捕まえるのは私らの仕事でしてね」
「おや。あのストゥルティは元は人間だが、もう人間じゃないよ。魔女の眷属になっている。そんなやつをきみたちは捕まえることができるのかね?」
「やだなぁ、佐柳さん。脅かさないでくださいよ……」
青ざめた顔をした小林は、冷や汗をぬぐいながら乾いた笑いを発してみせた直後、「小林署長」と、冷たく、冷めた声が乱雑な部屋に響いた。
「そんな女の口車にのせられて、事件解決に役に立つとでも?」
短い黒髪の男――八月朔日は、ヘカテーを睨んだまま眼鏡の頭をあげた。
金鵄は顔をゆがめて、八月朔日をにらみ返している。
「おやめ、金鵄。八月朔日。きみも早死にしたくないのなら、こういう案件はわたしたちに投げた方がいい。そのうち、悪い魔女に取って食われるよ」
「――馬鹿馬鹿しい。今回の事件も我々警察に任せてほしいものだな。こんな事件に頭を突っ込んでいるそういう貴様たちこそ、早死にする」
「おやおや。ご心配、どうもありがとう。きみがそう言うのなら、それでもいい。勝手にやりたまえ。わたしも勝手にやらせてもらうからね」
ヘカテーはなおにらみ続ける八月朔日から視線をはずして、小林にむかってくちびるを開いた。
「今晩も殺人はおこるだろう。だいたいだが次の場所も分かっている」
「何だと!」
「そう吠えるな、八月朔日。きみにももちろん、教えてあげよう。そして、それからのことはきみの自由だ」
胸元から古びた地図を取り出すと、八月朔日に渡すが、男はその紙を取るか否か迷っているようだ。
「きみも刑事の端くれなら、犠牲者のため、そして次の犠牲者を出さないために受け取るべきだとおもうがね」
男は歯をきしませながらも、乱暴にヘカテーの指先から地図を受け取った。