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「やはり、被害者は死んでいたんですね……」
みな、ヘカテーのいうことを信じ、遺骸を回収するため、外に出て行った。
允嗣や結は現場には行かず、ソファにすわって珈琲を飲んでいる。
今日こそは家に帰ろうと思いながら。
結のひとことで、現実に戻される。
むしろ、これからが大変なのではないだろうか。
ヘカテーと金鵄は自動販売機の前でことばを交わしている。
允嗣はため息をついて、二人の後ろに立った。
「ですからヘカテーさま。オレンジジュースくらいでは?」
「それじゃ優雅じゃない……ああ、允嗣。どうしたんだ? 疲れは少しは取れたかい」
「おまえたちがまた事件に手を突っ込んでこないか心配になってきたんだ。……まあ、その様子ではないだろうが」
「きみとの約束だからね。ただ……犯人が、ヒトの世界で裁けないような存在だったら、わたしは遠慮なく手を出させてもらうよ」
それは、断定的だった。
まるで犯人が分かっているかのような。
允嗣は、知らず知らずのうちに眉間に眉を寄せていた。
「それは……人間ではないということか?」
「決まったわけではない。五分五分といったところか」
「……犯人が人間ではない、と、……俺もわずかながらに考えていた」
允嗣は、小林署長の前では言えなかった言葉を吐露した。ヘカテーは隻眼の目をかすかに見開いて、くちびるに指をあてる。まるで、考え込むように。
「そうか。だったら、わたしも大体目星がついている」
「え!? そうなんですか、ヘカテーさま!」
「そうではなければいい、が。実際、わたしもまだ考えなければならない。その存在が犯人だということを否定する材料を」
事実は曲げられない。
ヘカテーは知っている。
その存在を。
そして、それを信じたくないと思っている。
だがヘカテーは裁くだろう。その存在を。
だから、允嗣はあいまいなことばしか紡げなかった。
「そうか。……今日は、帰る予定だ。佐々木。おまえも帰れ」
「――分かりました」
彼女は頷き、雑務をこなしてくると言ってヘカテーらの傍から離れていった。
「久しぶりに妹君の顔を見れるんじゃないかい?」
「そうだな。梢の顔を見るのも一週間ぶりかもしれないが……おまえたちも来るか? 久しぶりに料理ができる」
わずかに、眼鏡の奥の目に生気が宿る。
允嗣にとって、料理はリフレッシュできるもののひとつなのだろう。
ヘカテーは包丁など持ったこともないから、その行動は謎なのだが。
「いや。きみも疲れているだろう。家族水入らず、梢にもよろしく言っておいてくれ」
「そうか……。梢も、おまえたちが来てくれた方が喜ぶと思ったのだがな。今日は焼肉にしようと思ったんだが。残念だ」
「焼肉!」
やはり金鵄が反応した。
どこか期待するような目でヘカテーを見ている。
この使い魔は、本当に現金な男だ。
こめかみをわずかにおさえて、彼女はため息をついた。
「悪いね允嗣。ご同伴にあずかってもいいかい」
「ああ。梢も喜ぶ」
彼も彼で、どこか嬉しそうだった。
それがヘカテーの心をかすかに暖かくした。
知らず知らずのうちに、彼女は微笑んでいた。
「では、先に帰っていてくれ。もう梢もいるはずだ」
「分かった。金鵄。ほら、行くよ」
「かしこまりました」
彼は喜々としてこうべを垂れた。
騒がしい警察署内から出るとすでに空は暗く、人工的な光が目抜き通りを照らしている。
ヘカテーのリネンのドレスの裾がゆれた。
風が出てきたようだ。
それにしても、遺骸を見た後に肉を食べられるとは、さすが猛禽類だ。
ヘカテーとて、金鵄のことを言えた立場ではないのだが。
できることならば、今回の事件を允嗣と遠ざけておきたかったのだが、彼はそれをよしとしないだろう。
それを知っているからこそ、ヘカテーは允嗣のそばにいたいと願う。
――そう、願ってしまった。
目抜き通りをぬけ、允嗣の家がある住宅地に入る。
ところどころにある街灯が、ヘカテーたちを照らした。
「楽しみですねー! 焼肉!」
「金鵄。あまりがっつくんじゃないよ。みっともないから」
「分かってますよ。ヘカテーさまの顔に泥なんてぬりませんから!」
「……土産でも買ってこうか……」
金鵄はどうやら、口先だけらしい。
おそらく、野菜を食べずに肉だけを食べるはずだ。そしてそれを允嗣も知っている。
ということは、肉を大量に買わなければならないのは、允嗣だ。
せめて、デザートくらいは買っても罪にはならないだろう。
とはいえ、すでにここは住宅街だ。
来た道を戻っても、允嗣と梢を待たせてしまうことになるかもしれない。
幸い、コンビニエンスストアがある。
そこのデザートで我慢してもらうことにしよう。
「デザート? 俺、プリンがいいです。濃厚なやつ」
「まったく、おまえという子は……。まあいい。同じものを四つ、買ってきておくれ。わたしはどうにもコンビニエンスストアというのが苦手でね」
「かしこまりました!」
金鵄はうれしそうにコンビニへ走って行った。
それをため息をついて見送った直後――背筋が凍るような感覚がヘカテーを襲った。
そう、まさに「凍るような」。
雪の中に手を差し入れたような、直感的な冷たさを感じたのだ。
「……やはり、そうか……」
彼女は隻眼の瞳を閉じ、手にした道化師を握りしめた。
だが、その存在はまだ襲ってこないだろう。
それはじっと、観察するだけだ。
やがてそれは、あとかたもなく気配を消した。




