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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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 紅葉が始まって、いくつかの朝晩がめぐった朝、ヘカテーがテレビのあるニュースを見た瞬間、放電したような音が小屋中にひびきわたった。

 金鵄(キンシ)がおびえた目でヘカテーを見ている。


 若い女性が殺されたという事件を報じていた。死因は失血死。そして妙なことに左手の小指がなくなっていた、とニュースキャスターが神妙な顔で伝えている。


「……ケリュネイア……」

「ヘカテーさま、どこに?」


 ヘカテーは薄いブラックの袖のあるエンパイア・ドレスを着ており、その上にアッシュローズのストールをさっと羽織った。一連の動作は美しいが、その目はひどく殺意に満ちていた。


「おまえ、何年わたしの使い魔をやっているんだね。もちろん、警察だよ」

「警察……!」

「悪いことをしなけりゃ、なにもおまえを捕まえて喰ったりはしないよ。いいから、行くよ」

「は、はいぃっ!」



 外は、ざわついていた。椛たちが恐怖を伝えてくる。鳥たちも落ち着かないのか、高い声でないて、去って行く。

 金鵄は胸のうちでため息をはき出した。それそうだろう、自分も逃げたくなる、と思いながら前を歩くヘカテーの背中を見つめる。殺気に色がついていたなら、きっと森全体に行きわたるほどに分かってしまうだろう。


 街に出ると、あいかわらず喧騒がはげしい。

 今日は日曜日だからだろうか。若い男女が多い。ショッピングをしているであろう若い女どうしも多い気がした。

 ヘカテーはまっすぐ歩いて、道行く人間の視線さえも感づいていないのか、あるいは無視をしているのか、振り向きもしない。


――ケリュネイア。月の女神、そして純潔を守る女神――アルテミスの聖獣である、女鹿。黄金の角と青銅のひづめを持つ、聖なる獣の名をいただく魔女。

 聖獣の名をもつ魔女だというのに、あの朝焼けの魔女は人を喰うことに快感をおぼえている。ケリュネイアが喰ったという証明(しるし)が、左手の小指だという。

 ヘカテーやほかの魔女たちは心を喰うが、ケリュネイアは違う。ヒトそのものを喰うのだ。心は無論、血をも飲み、ほかの魔女たちからもおそれられている。

 ケリュネイアに反抗できるのは、「地獄の鍵を持つもの」そして「魔女の女王」たるヘカテーのみだと言われている。

 ヘカテ―からしてみれば、ほかの魔女は腰抜けなのではないかと思っているだけなのだが、彼女たちも死はおそろしいということなのだろう。


 道化師(ジョクラトル)の杖を持ったまま、警察署の前に立つ彼女は近代的な建物と、とてもじゃないがマッチしていない。

 若い警官が不審者を見るような目をして、彼女に話しかけようとしたが、すぐに先輩であろう警官に差し止められる。


「ごきげんよう」


 ヘカテーは優雅にエンパイア・ドレスの裾をもたげると、右側の警官が敬礼をした。若い警官は驚いたようにその警官を見るが、彼が若い警官をひとにらみすると、彼もあわてて敬礼をした。


「……なんですか、あれ……」


 と、通り過ぎるさいに若い警官が呟く声を聞いた。そして、先輩らしい警官はこう答えた。「――おおいなる意思だよ」と。





 ヘカテーと金鵄が警察署内に入って、5分ほどたった頃だろうか。二階から巨体を揺らしながら、ハンカチで汗をぬぐっている男がおりてきた。


「どうもどうも、佐柳さん。来られるとおもっていましたよ」

「ごきげんよう。小林署長」


 ドレスの裾をもたげ礼をする。金鵄もあわてて頭をさげると、小林はきょどきょどした態度で「やめてくださいよ」とわらった。


「いつもご協力感謝であります。さあ、どうぞ二階へ。汚いところですが」


 うながされるまま二階にあがると、やはり小林が言ったとおり乱雑な部屋がひろがっていた。

 ざわざわとしたざわめき声が聞こえるが、ヘカテーは何も気にしていないようすだ。金鵄はその視線を真っ向にうけて恐縮しているような目をしている。

 署長室に通され、優雅にソファーにすわる彼女の隣に腰をおろし、やっと息をついた。

 別室になっているから、視線が痛むことはない。


「今日のニュースを見まして。左の小指がなくなっていた――というのは、ほんとうなのかしら?」

「ええ。ええ。事実ですよ。前回とまったくおなじ、失血死。しかしどこにも傷跡は見当たらない。小指をのぞいては。しかし、小指の出血だけで死ぬことは考えにくい。もっとも、その手からは血なんて一滴もこぼれおちていなかったんですから」


 巨体をゆらしながら、恐ろしいものを見るかのような目で窓を見上げた。


「ヘカテーさま。やっぱり、ケリュネイアの仕業で間違いがなさそうですね」

「まだ分からないわ」


 金鵄は目をまるくして、「どうしてですか?」とたずねる。これだけの条件がそろって、あの女ではないとすると、いったい誰の仕業なのだろうか。


「佐柳さん? どういうことですかな」

「わたしだって長年つちかってきたカンというものがあるのよ。そのカンが、言っているのさ。――なんだか違うような気がするってね。だから、こうして来たんだよ」

「なんだか違う? 魔女の勘ってやつですか?」


 なぜかキラキラと目を輝かせる小林署長の言葉に、彼女がうなずく。


「そもそもどうして若い娘なのかってところ。あいつはほとんど男しか襲わないはず。そのほとんど(・・・・)以外の娘たちも、かわいらしくって、素直で、とても美しい娘たちなのよ。でも、今回殺された娘は、どういえばいいのかしらね。ボーイッシュな、どちらかと言えば格好いい娘だったわ」

「ああ、たしかに……」

「それがおかしい。でも、わたしはこう断言できる。あの女は殺してはいないが、元凶は絶対にあの女よ」


 エジプシャン・ブルーのマニキュアをしたヘカテーの指が、くるりと円をえがく。その瞬間、扉が勝手に――自動ドアのように開いた。


「!」


 息をのむ音がきこえる。扉のまえに立っていたのは、金鵄が大嫌いな「あの男」だった。


「盗み聞きとは、いい趣味じゃないか? 八月朔日(ホズミヤ)


 ヘカテーは振り向きもせず、その人物の名字をささやく。八月朔日と呼ばれた男は、黒ぶちの眼鏡をして、ひどく冷たい印象をさせる人間だった。この男はヘカテーや金鵄を敵視していて、「こんな時代に魔法などあるものか」といい回っているような男だ。


「……」


 冷めた目でこちらをにらむ男は、やはりいけすかない――。


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