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ヴェージュのサテンレースがぬいつけられたドレスをかつぎ、ヘカテーは森へむかっていた。
暗い色ではない、天然のリネンのような色をしたドレスを身にまとった彼女は、場違いに森にひそむガゼルのようだ。
どんどんと奥へすすむ彼女の足取りは、迷いがない。
ふいに空をみあげる。
おおきな鳥が、彼女を誘うように旋回する。
金鵄のいうとおりに進む。
この森の奥に、人の気配がするという。
しかし、その人の気配はすでに死んでいて、腐臭さえすると金鵄が伝えた。
やはり、死んでいたか――。
ヘカテーはくちびるをゆがませて、いまだ姿が見えぬ犠牲者に目をふせた。
すでに朽ち果てた草がゆれる。くるぶしをくすぐるこがね色の草は、ヘカテーを歓迎するようにそっと道をあけた。
「この近くです。ヘカテーさま。崖があるので、気をつけてくださいよ」
「ああ」
ふぞろいに立っている木を避けながら、ひたすら歩く。ときおり、鳥の声が湖面をゆらすように、しずかに響いた。
すぐ横は崖で、人間ならば落ちれば大けがですまないだろう。
木々や草が、嘆き悲しんでいる。さるすべりに似た花が、ヘカテーの足もとに涙をおとすようにおちた。
「ここです、ヘカテーさま。この奥です」
そっと隻眼の瞳をほそめる。朽ち果てた赤い鳥居。奥には白い陶器でできている、白狐が薄汚れたかたちで置かれていた。
まちがいなく、ここは神社だろう。
そして、その鳥居の目の前に朽ちているのは、3人の遺骸。肌はあわれに土で汚れている。しかし、夏の連続殺人とおなじく、血は一滴もついていなかった。
しかし、小指はある。あの魔女、ケリュネイアのしわざではないことは、瞭然だ。
「ケリュネイアの仕業じゃないね……」
ヘカテーはそっと呟くと、隣におりたった金鵄をみあげた。彼はうなずき、何かを考えるかのように腕をくむ。
「たしかに。男の人もいますし。でも、血は出ていませんね。このへんはケリュネイアのしわざっぽいんですけど」
「ああ。間違いなく、これは人間のしわざではないだろうね。ほんのすこしだが、においが残っている」
「それにしてもぼろぼろとはいえ、神社に死体をおくなんて、結構分かっているんですね」
「人間の世界に精通した、あるいは人間に興味を持ったものの犯行かもしれない。それとも、ケリュネイアがまた、人間をそそのかしたのか」
「どちらにせよ、またうやむやなままになりそうですね」
そうだねとうなずくと、ヘカテーは手に持っている道化師ジョクラトルにふっと息を吹きかけた。
サファイヤの色をした蝶がふわりと舞う。蝶は死体の真上を飛びつづけた。
「ヘカテーさま、なにを?」
「ただの目印さ。森から出たら、警察に知らせる。わたしたちに出来るのは、ここまでだ。允嗣もきっと、それを望んでいる……」
彼女はほんの少し、さみしげに目をふせた。
長い髪を風にゆらせて、ヘカテーはその場をあとにした。
しかし、その直後――空から白い羽のように軽い、ひんやりとしたものが舞い降りた。
「……!」
「ゆ、雪!? そんな、まだ10月ですよ!」
ヘカテーと金鵄は反射的に遺体がおかれている後ろを見据える。
雪だ――。
ある一部分だけ、かすかに雪が降っている。
白い、真綿のような雪は、彼女たちの白いほおに、やわらかに、悼むように降っている。
息をのむ。
雪が降るにはまだ早すぎるのだ。
しかし、それはすぐにやんだ。
まるで何もなかったかのように雪は儚くとけ、夢から覚めたように風がふく。
「な、何だったんでしょうね。なんだか、不気味です」
「……。まあね。異常気象とかたづけるには、うかつすぎる。これは……」
「ヘカテーさま?」
「いや。なんでもない。すこし、調べてみる必要がありそうだ」
嫌な予感がする――。
ふたりは森をくだり、警察署へむかった。
無論、街のなかは雪などふってはいない。ただ、通り過ぎる人々の表情は暗く、つぼみのようにかたい。
警察署には、慌ただしく出入りする警官たちが大勢いる。
これ以上の行方不明者を出さないために躍起になっているのだろう。
「これはこれは! 佐柳さん。お久しぶりですな」
「忙しそうだね」
「ええ。まあ、見ての通りです」
小林署長は太った指で無意味に頭を掻いている。
それでも、ヘカテーと金鵄がきたことによって、何かよい方向にいくのではないか、と期待している目をもしていた。
彼女はそれをすくいとるように見抜き、神社のちかくに遺体があったことを告げる。
「やはり、死んでいましたか……。ご協力、ありがとうございます。佐柳さん」
「いや、あの子たちが亡くなる前に気づけばよかったんだけれどね」
「魔女の力でも、それは難しかったようですな」
「ああ。不気味なくらい、何も感じなかった……。おや」
ヘカテーがそっと顔をあげる。
そこには、疲れ果てた顔をした允嗣が立っていた。その顔色に、ヘカテーはおもわず彼に駆け寄った。
「允嗣。どうしたんだ、その顔色は……」
「ヘカテーか……。別に、どうもしない。最近寝ていなかったからだな。それより、おまえ……。また事件に首を突っ込むのか」
「偶然遺体を見つけてね。あとは、わたしたちは何もしない。安心してくれ。……それにしても、どうもしない、という顔色でもないね。少しは休まねば」
「休む暇があったら、事件の解決に手を回すさ」
深いため息を吐き出して、彼は眼鏡を押し上げた。




