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えんじゅの木の枯れた葉が、寒そうにそよぐ。
ざくろの果粒が、てんてんとおちている。
ちいさな赤い果粒。月に反射してルビーのように光り輝いている。
ポワン・ド・アランソンのレースを裾にぬいつけた彼女は、その果粒を拾い上げた。
真っ青な隻眼の瞳が、そのちいさな赤い実を見下ろしている。
ざくろ。復活の赤い実。
天使たちは静かだった。
魔女を襲うということも、聞かなくなった。
あのリリイは本気だったのだと知る。
このまま、争いがなくなればいい。天使と魔女の、メビウスの輪のようにつむぎ続けられる糸を、断ち切りたい。
魔女は、幸福ではありえない。
魔女にも、こころがあるからだ。人のためだけの存在という枷が、かわいそうな魔女たちを不幸にする。
魔女ヘカテーは、白いレースで編まれたショールを肩にかけて、風車小屋のなかにはいった。
ごくごくうすいホワイトかかったミントグリーンの壁には、ピエール・オーギュスト・ルノワールの絵が飾られている。
タッセルのついた、ピンク・ヴェージュの椅子。
木のローテーブル。
リネンのソファに、彼はいた。
黒いつやのある、日に焼けただけの自然な色をした髪もつ、男性。
黒ぶちの眼鏡の奥の瞳は、閉じられている。
ヘカテーはほんのすこしかがんで、その髪の毛にそっとふれた。
指の合間から、さらりとこぼれ落ちる。
「允嗣」
「……」
「こんなところで眠っていては、風邪を引くよ。梢だって、心配する。そろそろ、家に帰ったらどうだ」
ゆっくりと目が開かれた。
黒い、黒曜石の目。
「もう、そんな時間か」
「そうだよ。ずいぶん眠っていたね」
時計は、すでに5時を指している。秋の5時は、暗い。
眼鏡をはずし、片手ですこし目をほぐしてから、ふたたびかけた。
「最近、忙しい。ニュースでもやっているだろう。行方不明者がこのあたりで、一ヶ月で3人も出ている」
「そうだね」
「今晩からまた、泊まり込みだ」
「そうか。体に気をつけなければね。時間は大丈夫かね」
允嗣は、ちらと時計を見ると、目を見開いた。どうやら、遅刻らしい。ここから歩いて一時間はかかる署。すでに時計はあと20分をさしていた。
「遅刻だ」
疲れたようにため息をついた允嗣は、眼鏡を押し上げてから、ハンガーにかかっていた薄手のコートを羽織って、身なりをととのえた。
「悪かった。もっと早くに起こせば良かったね」
「構わない。勝手に寝たのは俺だ」
「わたしが案内すれば、15分でつくんだが」
「いい。おまえの力は頼らない」
足早に扉を開けた允嗣は、玄関につくと革の靴を履いて、ヘカテーを見下ろした。
やさしい目をしている。
「また、くる」
「ああ。待ってる。金鵄も」
彼はすこしだけ複雑そうな表情をしたあと、慌ただしく林のなかに消えていった。ヘカテーはそっと息をついて、去って行った允嗣の背中を見つめていた。
銀色の月がでている。
ふいに、風が吹いた。
ふわりと、乾いた草が円にゆれる。
翼を広げると二メートルはあるであろうトビが、地面に足を着けた瞬間に人間の姿になった。
「金鵄。どうだった?」
「どうもこうも。この町にはいそうにないですね」
枯れおちたえんじゅの木の葉を踏み、金鵄は首をまわしながら、難しい表情をする。
調べさせていたのは、この一ヶ月で3人もの人間が行方不明になっている事件だ。
この3人はすべて女性で、20歳にもなっていないらしい、ということがテレビだけの情報だが、金鵄に調べさせた結果、この町にはいないということは分かった。
「そうか……。分かった。ご苦労だったね」
「ヘカテーさま、何か分かってらっしゃるんじゃ?」
「まあね。允嗣には言ってはいないが。いやがるからね」
「そうですか」
允嗣のなまえを出すと、金鵄はそっけなくうなずいた。
ソファにすわり、肩をほぐすように腕を上下にうごかす。半日飛び回って疲れたのだろう。
「俺が分かったのは、この町にはいない。それだけですね」
「それだけ分かればじゅうぶんだ。おそらく、もうどこを探してもいないだろうからね」
「え……」
ヘカテーが言っているのは、「表の世界」にはいないということだ。
すなわち、人間の仕業ではないということをあらわしている。
「におい」がするのだ。
人間ではないにおいが。
「ヘカテーさま……その……」
「なんだい」
「また、あの……警察に協力するんですか?」
「さあ……。どうだろうね。協力を要請されればするかもしれないが」
金鵄の、きれいな鳶色の瞳が物憂げに伏せられた。膝においた指と指が、絡まる。
なにかを思考する表情をして、数秒迷ったそぶりをみせたあと、そっとくちびるを開いた。
「俺……考えたんですけど。ヘカテーさまは、もう色々我慢しなくてもいいんじゃないかって」
「我慢?」
首をかたむけて、さらりと肩から長い髪の毛が流れる。
彼は視線をうろうろとさせながら、何かを考るようにくちびるに手をあてた。
「ヘカテーさまが允嗣と一緒にいたいのなら、一緒になってしまえばいいんじゃないかと」
「どういうことだい。一緒になるっていうのは」
「ですから、一緒に暮らしたり。同棲って言うらしいんですけど。俺は構いませんよ。ヘカテーさま、最近お幸せそうだから」
星がまたたいていた。香ってきそうなほどに。




