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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
不協和音の月の緒
56/62

-1-

 えんじゅの木の枯れた葉が、寒そうにそよぐ。


 ざくろの果粒が、てんてんとおちている。

 ちいさな赤い果粒。月に反射してルビーのように光り輝いている。


 ポワン・ド・アランソンのレースを裾にぬいつけた彼女は、その果粒を拾い上げた。

 真っ青な隻眼の瞳が、そのちいさな赤い実を見下ろしている。

 ざくろ。復活の赤い実。 

 

 天使たちは静かだった。

 魔女を襲うということも、聞かなくなった。

 あのリリイは本気だったのだと知る。


 このまま、争いがなくなればいい。天使と魔女の、メビウスの輪のようにつむぎ続けられる糸を、断ち切りたい。

 魔女は、幸福ではありえない。

 魔女にも、こころがあるからだ。人のためだけの存在という枷が、かわいそうな魔女たちを不幸にする。



 魔女ヘカテーは、白いレースで編まれたショールを肩にかけて、風車小屋のなかにはいった。

 ごくごくうすいホワイトかかったミントグリーンの壁には、ピエール・オーギュスト・ルノワールの絵が飾られている。

 タッセルのついた、ピンク・ヴェージュの椅子。

 木のローテーブル。

 リネンのソファに、彼はいた。

 黒いつやのある、日に焼けただけの自然な色をした髪もつ、男性。

 黒ぶちの眼鏡の奥の瞳は、閉じられている。

 ヘカテーはほんのすこしかがんで、その髪の毛にそっとふれた。

 指の合間から、さらりとこぼれ落ちる。


「允嗣」

「……」

「こんなところで眠っていては、風邪を引くよ。梢だって、心配する。そろそろ、家に帰ったらどうだ」


 ゆっくりと目が開かれた。

 黒い、黒曜石の目。


「もう、そんな時間か」

「そうだよ。ずいぶん眠っていたね」


 時計は、すでに5時を指している。秋の5時は、暗い。

 眼鏡をはずし、片手ですこし目をほぐしてから、ふたたびかけた。


「最近、忙しい。ニュースでもやっているだろう。行方不明者がこのあたりで、一ヶ月で3人も出ている」

「そうだね」

「今晩からまた、泊まり込みだ」

「そうか。体に気をつけなければね。時間は大丈夫かね」


 允嗣は、ちらと時計を見ると、目を見開いた。どうやら、遅刻らしい。ここから歩いて一時間はかかる署。すでに時計はあと20分をさしていた。


「遅刻だ」


 疲れたようにため息をついた允嗣は、眼鏡を押し上げてから、ハンガーにかかっていた薄手のコートを羽織って、身なりをととのえた。


「悪かった。もっと早くに起こせば良かったね」

「構わない。勝手に寝たのは俺だ」

「わたしが案内すれば、15分でつくんだが」

「いい。おまえの力は頼らない」


 足早に扉を開けた允嗣は、玄関につくと革の靴を履いて、ヘカテーを見下ろした。

 やさしい目をしている。


「また、くる」

「ああ。待ってる。金鵄も」


 彼はすこしだけ複雑そうな表情をしたあと、慌ただしく林のなかに消えていった。ヘカテーはそっと息をついて、去って行った允嗣の背中を見つめていた。

 銀色の月がでている。


 ふいに、風が吹いた。

 ふわりと、乾いた草が円にゆれる。

 翼を広げると二メートルはあるであろうトビが、地面に足を着けた瞬間に人間の姿になった。


金鵄(きんし)。どうだった?」

「どうもこうも。この町にはいそうにないですね」


 枯れおちたえんじゅの木の葉を踏み、金鵄は首をまわしながら、難しい表情をする。

 調べさせていたのは、この一ヶ月で3人もの人間が行方不明になっている事件だ。

 この3人はすべて女性で、20歳にもなっていないらしい、ということがテレビだけの情報だが、金鵄に調べさせた結果、この町にはいないということは分かった。


「そうか……。分かった。ご苦労だったね」

「ヘカテーさま、何か分かってらっしゃるんじゃ?」

「まあね。允嗣には言ってはいないが。いやがるからね」

「そうですか」


 允嗣のなまえを出すと、金鵄はそっけなくうなずいた。

 ソファにすわり、肩をほぐすように腕を上下にうごかす。半日飛び回って疲れたのだろう。


「俺が分かったのは、この町にはいない。それだけですね」

「それだけ分かればじゅうぶんだ。おそらく、もうどこを探してもいないだろうからね」

「え……」


 ヘカテーが言っているのは、「表の世界」にはいないということだ。

 すなわち、人間の仕業ではないということをあらわしている。

 「におい」がするのだ。

 人間ではないにおいが。


「ヘカテーさま……その……」

「なんだい」

「また、あの……警察に協力するんですか?」

「さあ……。どうだろうね。協力を要請されればするかもしれないが」


 金鵄の、きれいな鳶色の瞳が物憂げに伏せられた。膝においた指と指が、絡まる。

 なにかを思考する表情をして、数秒迷ったそぶりをみせたあと、そっとくちびるを開いた。


「俺……考えたんですけど。ヘカテーさまは、もう色々我慢しなくてもいいんじゃないかって」

「我慢?」


 首をかたむけて、さらりと肩から長い髪の毛が流れる。

 彼は視線をうろうろとさせながら、何かを考るようにくちびるに手をあてた。


「ヘカテーさまが允嗣と一緒にいたいのなら、一緒になってしまえばいいんじゃないかと」

「どういうことだい。一緒になるっていうのは」

「ですから、一緒に暮らしたり。同棲って言うらしいんですけど。俺は構いませんよ。ヘカテーさま、最近お幸せそうだから」



 星がまたたいていた。香ってきそうなほどに。

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