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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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「ほんとうに大丈夫なのか?」

「大丈夫さ。彼女はほんものだって言っただろう?」


 悠然と笑むヘカテーとは対照的に、允嗣はひどく心配そうに襖を見あげた。

 彼は別段信用していないということはないだろうが、やはり心配なのだろう。


「そんなに心配なら、彼女についていってもらえばよかったかな」

「そ、そんなんじゃない!」


 まるで心外がとでも言うかのように、彼は目を見開く。

 どう「そんなんじゃない」のか分からないが。彼は気をとりなおすように眼鏡をおしあげて、息をついた。


「そんなんじゃないんだ。佐々木は後輩だからな」

「そうかい。まあ、何でもいいが」

「何でもよくない……!」


 足をようやく崩した允嗣は、畳の目をかぞえるように視線をさげる。その姿はまるで親においていかれた子どものようだった。


「――おまえにとってはどうでも良いことなのかもしれないが……」

「どういうことだね」

「どういうこと、って、そういうことだ」

「やはり、人間のことはよく分からないね。まるでなぞなぞだ」

「おまえに言われたくはない」


 しんと妙に静まりかえった空間が落ち着かないのか、允嗣はどこか口数がおおい。

 ヘカテーはそれに気づいているが、なにも言わない。言ってしまったらおそらく、むくれてしまうだろうから。

 大人の男だが、どこか子どもっぽいところがあるのだ。


「まあ、おまえが言うのなら本当に大丈夫なんだろう。これで佐々木も仕事に専念できる」

「刑事というのは大変なんだね」

「大変じゃない仕事などないだろう」


 当然のように言う允嗣は、やはり落ち着かないのか眼鏡をふたたび指でおしあげた。


「魔女も、大変だとはおもうが」

「魔女というのは職業じゃないが、そうだね、きみの言うとおり、大変なのかもしれない。そう考えたことはないが」

「そうか……」


 允嗣が呟いた直後、襖が遠慮なくがらりと開いた。

 禮と、うしろに結が控えている。

 結はどこかすっきりとしたような表情をしていて、胸に手をあてていた。


「なよっちい魂だったよ。ちょっとそこをああしたら、あっという間に逃げていった。もう懲りただろうが、一応、お守りを渡しておいたよ。アフターサービスだから、礼金はいらないよ」

「ああ、すまないね、禮。ありがとう」

「ありがとうございます。禮さん。なんだかすごく、楽になりました」

「そうかね、そりゃよかったよ」


 水引でとめた髪の毛が、笑った拍子にゆらりとゆれる。

 彼女が着ている千早は、よく見ると鶴の刺繍がほどこしてあった。そして、すこしだけ黒ずんでいる。


「禮。その千早は、何代目だったかね」

「ああ、これはもう10代目になる。しかし、11代目まで保つかどうかは分からないね」

「なんの話だ?」


 允嗣がふいに問うと、禮はにやりとニヒルに笑って、千早をつまみあげた。

 彼女の黒い瞳はうつくしい水辺のように澄んでいて、どこまでも深い。


「私の役職は巫女。人と魂をつなぎ、とりもつもの。そして、祀られなくなった神をなぐさめ、鎮魂する。それが私の仕事。その力をもった女は、代々名前を捨て、禮と名乗る。私で10代目だ」

「10代目……」

「そうだよ。だけど、世襲制というわけじゃない。その力を持った女が、導かれるようにここにやってくるのさ。だから、跡継ぎには困らない」

「よく分からないですけど、そういう仕事もあるものなんですね。私、知りませんでした」

「魔女とおなじさ。ねえ、ヘカテー。魔女も私の巫女の仕事も、みんな歴史の影法師さ。光と隣り合わせにある」


 ちら、と允嗣と結を見つめた禮は、うすいくちびるの端をあげた。刑事は光だとでもいうように。


 光があり、影がある。

 魔女はその影の部分で生きてきた。

 人々が影をもとめるとき、魔女はそこで生きているのだ。


「その道を選んだのは私自身。だから、後悔はしない。魔女とちがうのはそこのところだね」

「魔女は、魔女以外の存在を選べないからね。けど、人は選べる。後悔しないかするかはその人自身の力量にかかってるのだろうから」

「……なんか、すごいですね。私、きっといろんなこと見えていなかったんだって思います」


 結はどこか恥ずかしそうに、そして照れたようにわらう。

 ヘカテーは思考する。彼女は素直で、とてもやさしい。そして、なにより――自分自身をきちんと見据えようとしている。逃げることがない、強い子だ、と。


「結、きみみたいな子がもっとこの世界にたくさんいたら、わたしたちはいらなかっただろうね」


 笑みながら、つぶやく。

 結は、はっと顔をあげて、すぐにかぶりを振った。


「そんなこと、言わないでください。私みたいな人がたくさんいても、いなくても、ヘカテーさんはここにいるんです。そんなこと、関係ありません」

「……。そうか、そう言ってくれるのか、きみは」


 どこか、安堵する。

 まるで、人間みたいではないか、と――。すこしだけ、人間に近づくことを許されたような気がする、と。


「ありがとう、結」

「お礼なんて言わないでください! 私のほうが感謝しているんですから。八月朔日(ほづみ)先輩に相談して、よかったです!」

「いや、俺は――」


 やはり、結は強い子だ。

 一緒にいてとても心地がいい。まるで、春の青嵐のように。



「じゃ、わたしたちはこれで失礼するよ、禮。また何かあったら頼むかもしれないけどね」

「まいど。ああ、それから結。これから一週間の間だけはアフターサービスは受け付けるから。なにかあったら連絡しなよ」

「ありがとうございます、禮さん」


 ボブの髪の毛をゆらせて、彼女はふかく頭をさげた。

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