表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カエルレウスの魔女  作者: イヲ
mag-9-
51/62

-7-

 それから30分は歩いただろうか。

 林といえば聞こえはいいが、草がおいしげり、木の背が高すぎて光が入ってこない。

 実に不気味だった。

 ヘカテー自身もひさしぶりにこの林に足を踏み入れる。

 暗い場所は嫌いではないが、足にまとわりつく草がうっとうしい。


「やれやれ、相変わらず湿っぽい場所に住んでいるねぇ……」

「佐々木、大丈夫か」

「だ、大丈夫です、これくらい! 刑事なんですから!」


 どこか憤慨している様子の結にヘカテーがふりかえると、はっとして恥ずかしそうに目をそらせた。

 刑事という仕事のことをヘカテーがどれくらい理解しているかといえば、テレビで見る程度だ。允嗣に仕事のことを聞くようなこともないし、聞こうとしたこともない。


「刑事というのも大変なんだね」

「え、ええ、まあ、そうですね」


 背の高い木から、鴉の鳴き声が聞こえた。ひっ、と結の肩がすくむ。


「大丈夫かね、結」

「へ、へへへ平気です!」

「そのことばを信じるとすれば、どうやらその男の魂は夜によく来るようだね」

「はい……。夕方から夜にかけて、ですね……」

「なるほど。たそがれ時、というわけか。たそがれ時は此岸と彼岸があいまいになる時間だ。むこうも出入りしやすいのだろう」


 話しながら歩いていると、ようやくぼんやりとした明かりが見え始めた。玄関口の明かりだ。しかしそれもちかちかとして今にも消えてしまいそうだった。

 呼び鈴をおすが、どうやら壊れているらしい。


「まだ壊れているのか……。しかたがない。入ろうか」

「不法侵入じゃないのか、それは」

「なに、いつものことだ。それにわたしはちゃんと呼び鈴をおしたし、壊れたまま直さないのがいけない」

「どういう理屈だ、それは」


 允嗣がどこかあきれた様子で呟いたあと、ヘカテーは遠慮なくガラス戸をひいた。

 一応靴をぬいで、ながく伸びる廊下をあるく。

 ぎしぎしといういやな音が聞こえるが、なかはきれいに掃除されていた。

 家の主はいつも、まんなかの部屋にいる。それを知っているヘカテーはまっすぐその部屋にむかった。



「ようやく来たね」


 襖をあけると、あぐらをかいて長い髪を水引でむすんでいる女性――禮がいた。

 切れ目の、つめたい印象をうける禮は、薄化粧をしたくちびるを、にっと横にひろげて、「まっていたよ」とわらう。


「金鵄なら、となりの部屋で秘蔵の和菓子を勝手に食べているよ」

「ああ、そうかい。それは悪かった」

「いいさ。せっかく獲物をつれてきてくれたんだから」


 真っ黒な瞳を結へとつきつける。その迫力に、結のストッキングにつつまれた足が一歩、さがった。


「あの、あなたが……あの男の……」

「ああ、そうさ。たしかに……魔女が好まない魂と目をしているね」


 あぐらをかいたままの禮は、視線だけで「すわれ」とうながす。

 ヘカテーが優雅に畳の上へじかにすわると、ふたりもつられるようにして座りこんだ。

 千早に緋袴をつけている禮は、膝に肘をあてて、頭を手でささえている。ずいぶんガラの悪いすわり方だが、彼女のスタイルだ。ヘカテーはなにもいわない。


「で、ヘカテー。私は、その愚か者の魂と目を祓えばいいんだね?」

「ああ、それでいい。きみの言うとおり、わたしはあまりこういうものは好みじゃないんだ。できれば食いたくはないからね。礼金ならいつも通りに」

「れ、礼金!? お金ですか!?」


 結が叫ぶも、なにを驚いているのか分からない禮は、首をかたむける。


「渡る世間はギブアンドテイク。どっちかがなくなったら、信頼は勝ち得ないものさ。まあ、金だけじゃなくてもいいけどね」


 人指し指と親指を丸めて「金」のしぐさをすると、彼女はニヒルにわらった。

 しかし、刑事ふたりはこれが違法ではないと分かってしまっているから、もうなにも言わない。

 ただ、法外な料金をとられないようにと祈るばかりだった。


「そんなに心配しなくとも、わたしが礼金をだすよ。きみたちはわたしを頼ってきた。だが、わたしがそれを否めたのだから、こうするのは当然だろう。なに、心配しなくともいいさ。金ならある」

「そういう問題じゃないです! 私だって公務員です。お給料がすくないとはいえ、ちゃんと貯金していますから!」

「そこまで言うのなら、折半にしよう。それで構わないね」


 すべて出す、とは何故か結は言えなかった。無論、すべて出さなければならないと思っていたが、ヘカテーの隻眼の瞳にみつめられると、否と言うことは出来なかったのだ。


「わ、分かりました……。ありがとうございます、ヘカテーさん」

「ふふ、素直な子は好きだよ。結。じゃあ禮、商談は成立だ」

「まいど。そうだね。こことここをこうして……ああなっているから……ざっと10万だね」

「じゅ……」


 允嗣が閉口するのも分かるが、ヘカテー自身はかなり良心的な金額だとおもう。

 祀られることがなくなってしまった神が野良化したもの――すなわち野良神を祓うための力をもつ、珊瑚明宜が請求する金額とはかなり違う。

 野良神とはいえ、むこうは祟る神だ。命さえ奪われかねないのならば、その何十倍も請求されるのは、当たり前のことだろう。

 ひとの魂とは比べものにならないのだから。


「安いほうだとわたしは思うけどね。じゃあ、あとは頼むよ。わたしと允嗣はここにいる」

「分かった。任せときな。こういう、人の魂は私の専門だからね。100パーセント祓えるよ」


 自信満々の禮は、不気味に表情をゆがませて、きれいな所作で立ち上がった。

 ついてこいと結に目配せをすると、彼女も禮にしたがって部屋を出て行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ