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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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-6-

「あ……!」


 それに驚いた結は、口もとを手でおおって、ちいさく叫んだ。


「この蝶は、悪意に反応する。なるほど、まだきみに対して悪意にも似た感情をいだいているらしい」

「悪意……」

「ヘカテー、どういうことだ?」


 ドレスのすそをつまんでふたたび椅子にすわったヘカテーは、隻眼の瞳を結にむけて、ふたたびくちびるを開いた。

 真っ青な海のような瞳で。


「まだ、生きている(・・・・・)のさ。そのろくでもない男は。かの黒曜石のような魂を持つ青年――大神永劫(ながえ)のご母堂のように、魂だけの存在として。わたしには見える。その悪意ある魂が」

「……ど、どうすれば……」


 結はふるえる声をしぼりだすように胸に手をおいて、血の気の引いた表情で問うた。

 しばし考える。

 たしかに、その悪意のみを食うこともできる。

 だが、やはり――あまり美味くはなさそうだ。できるならば、食いたくはない。


「おまえならば、どうにかしてくれるだろうと頼ってしまった」

「先輩?」


 允嗣がことばを紡いだ意味を、ヘカテーは知った。沈んだ表情の允嗣を、ふしぎそうに見つめる結。彼女はしらないのだろう。允嗣の決意を。


「すまない」

「いいさ、允嗣。ひとの世界だけでは解決できないこともある」


 彼は、魔女の力を否定した。

 しかし、頼ってしまうしかない事実にひどく傷ついているのだろう。


「しかし……」

「わたしは気にしていない。しかしまた、まずそうな魂だね」


 机に影ができる。やっとコーヒーが運ばれてきたようだ。ひとつひとつ、カップとソーサーを置かれて、店員はふたたびカウンターに帰って行く。


「ヘカテーさんは一体……」

「おや、聞いていなかったかい? わたしは魔女だ。だがまあ、それは些細なことさ。信じても信じなくともいい。結果から言おう。きみに憑いている愚か者(ストゥルティ)の魂を、ああ――“目”と言ったほうがいいかな。その目を取り除くことはできる」

「ほ、ほんとうですか!」


 結はどこに驚いていいのか分からない表情をしているが、「魔女」という存在をとりあえず置いておいて、とりのぞくことができることを信じたようだ。


「ああ、ほんとうだ。しかし、残念ながらわたしは好き嫌いがはげしくてね……。あまり対処したくないんだ。だが、安心したまえ。それ専門の(・・・・・)人間がいる」

「人間……?」

「ああ。わたしの古い友人でね。名を(れい)という。林の奥深くにすんでいる、巫女だ」

「……急にうさんくさくなったな」

「何を言う、允嗣。彼女の力はほんものだ。安心していい」


 ヘカテーは胃を心配しながら、ブレンドコーヒーをひとくち飲んだ。

 わずかに呆然としている人間ふたりをおいて、金鵄に目配せをする。


「金鵄。コーヒーを飲んだら、ひとっ飛び行ってきてくれないか。先に知らせておかなければね。まあ、もう知っているのかもしれないが」

「ええー。面倒くさいじゃないですかぁ……」

「文句言わない。禮のことだからきっと、うまい和菓子でも隠し持っているかもしれないよ」

「それなら喜んで」


 やはり、金鵄は食い物に目がないらしい。

 一気飲みするものではないコーヒーを酒のようにあおいで、外へ走り去っていった。当然のように、金は置いていかない。


「すまないね、現金な子で」

「い、いや……。それにしても、どうにかなるんだな?」

「ああ、それは保証する。それに、きみも魔女の力ではなくて人間の力に頼ったほうがいいだろう?」

「あ、ああ……まあ、そうだな」


 どこか言いよどんでいる允嗣を不思議そうに見つめる結は、今きづいたようにコーヒーにくちびるをつけた。

 ほっとため息をつく彼女はソーサーにカップを置く。


「それにしても、私、魔女にであうなんて、夢にも思いませんでした。おとぎ話のなかだけだと思っていたから」

「魔女は歴史の影。ハインリヒ・クラーマーが魔女の鉄槌なんて本を書くくらいだからね。そう思っていたほうが幸いだろう」

「魔女狩り、か」

「まあ、それもわたしが生まれるずっとまえのことだからね。実際のことは分からないよ。だが、おおくの子たちが残虐な殺されかたをしたという」

「……」


 そっと白磁のカップにくちびるをつけて、息をつく。

 実際、魔女狩りは魔女ではない女性たちもおおく殺されたという。しかし、魔女狩りによって狩られた魔女は、ヘカテーたちとおなじではない。名こそ「魔女」とつくものの、ヘカテーたち魔女とはまったく違う生物だ。

 だがおなじ魔女の名をいただくもの同士、魔女狩りはとてもつらいことだった。


「さて、あまりゆっくりもしていられないだろう。結。きみの心に絡みついている目を一刻も早く取り除かねば」

「あ、ありがとうございます……」


 カフェを出たのは、それから数分足らずのことだった。

 外は秋の気配がする風がほおを撫でる。黒い絹のような髪がゆらりと揺れて、ヘカテーは空を見上げた。

 遠く感じる空には、とんびが一羽ゆっくりと旋回している。

 おそらく金鵄だろう。

 ヘカテーはひとり頷いて、颯爽とカフェの扉から歩き出した。

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