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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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「お疲れさまです、ヘカテーさま」

「ああ、お茶を頂戴。いつもの、カフェイン入ってないやつ」

「承知しました」


金鵄(キンシ)はうやうやしくこうべをたれて、台所へむかった。

安楽椅子にすわったままヘカテーは、天井をみあげて、ふう、とため息を吐き出す。


「あーあ。また食事にありつけなかったね」

「それはヘカテーさまがより好みしているからでしょう」

「わたしにだって好き嫌いはあるのよ」


机のうえに置かれた愛用の茶わんを取って、ひえた緑茶をのみこんだ。


「ふぅ。やっぱりここの緑茶は冷えてもおいしいわ。なくなりそうだったら、通販でたのんでおいて」

「はいはい。わかりました。まったく、電話くらいヘカテーさまでもできるでしょうに」

「うるさいね。電子器具はにがてなんだよ」


金鵄はすきとおるような、あめ色の目をこちらに向けると、頭をかかえて「嘆かわしい……」とつぶやく。

杖で軽く頭をたたいてやると、女のような悲鳴をあげた。


「ちょっと、やめてくださいよ!俺、それ苦手なんですから!いつ食われるかわからないし!」

「大丈夫よ。こいつにも好き嫌いがあるし」

「どういう意味ですかー!俺がまずそうに聞こえるじゃないですか!」

「おや。うまいのかい。うまいのなら、食ってみたいねぇ……」


ちら、と金鵄に視線をやると、高身長の金鵄は喉をひきつらせて身をちぢこませる。

この道化師(ジョクラトル)は、たしかに生きている。

正確にいえば、この杖ではなく、はめられている宝石が道化師なのだが。

持ち主の力を吸い取って糧とし、道化師自身の力をふるう。

ただそれだけなのだが、道化師はなによりわがままなのだ。

つかいたくない力はつかわない。

つかいたい力はつかってみせる。

それを制御することに何年もかかってしまった。

制御できれば、あとはもう素直なものだ。たしかに魔力――今現在は魔力というよりも、自身のエネルギーを消費するのだが。

だからだろう、力をつかったあとは腹が減る。


「ああ、なんだから腹がへったよ」

「ひっ!」


竦みあがった金鵄に肩をつくめた。


「誰もおまえを食べたりしないよ。たしか前に食べ物をたべたのは……一週間くらい前だったね」


ヘカテーは食物をとらなくとも、一週間はうごける。

それは自身の体の中に蓄積されているエネルギーは、力をつかうときにしか使わないからだ。

体をうごかすことに、エネルギーは使われない。

そのようにできているのだ。


「町に出て、食事でもするかね。金鵄、おまえはどうする?行くかい?」

「行きます行きます!」

「そうかい。じゃ、支度をしな。もうじき夕刻だ」

「はーい」


無邪気に自室へむかう金鵄を見送って、ふうとため息を吐き出す。

あの少女はたぶん、もう大丈夫だろう。

咲子は、だれかに聞いてほしかっただけだ。

自分のほんとうのおもいを。

誰にも言えないということはくるしいことだし、つらいことだ。

それを吐き出してすっきりとするのなら、それはそれまでだということ。


ヘカテーがほしいのは輝きが失せた、黒曜石のような心だ。

漆黒の空のような心。それがヘカテーの最高ごちそうである。


うれしそうにだらしなく顔をくずしている金鵄を連れて、小屋を出た。

西日が強いので、日傘をさす。

まぶしい太陽はにがてだ。ずっと夜ならばいいのにと思うが、そうはいかない。

朝と夜はめぐるのだから。ずっと、メビウスの輪のように。



街にでるには、林をぬけなければならない。

林のなかは鳥たちの声や、ひぐらしの声でさざめいていた。


ひそひそとした話し声や、笑い声がきこえる。

ヘカテーは鳥の声を言葉として聞き取ることはできないが、笑っているのか悲しんでいるのかは分かる。

あまり役に立ったことはないが。


林をぬけると、そこはコンクリートにかこまれた街並みがひろがっていた。

林からいきなり都会的な目抜き通り、とはいかないものの、そこそこ人通りのある道に出るのはめちゃくちゃに思える。

まあ、ここに住む人間は昔からあるものだとおもってあまり気にしないようだが。


「さて、何を食べるかね……。金鵄。なにがいい?」

「俺ですか?そうですねぇ……。肉が食いたいです!夏はやっぱり肉ですよ!」

「……おまえ、それって鶏肉も入っているんじゃないだろうな?」

「なに言ってんですか。鵄は猛禽類ですよ。鶏肉なんて目じゃないっすよ!」

「まあ、別になんでもいいが……。そうか。じゃあステーキハウスでも探すか」


街をいきかう人間の視線がつきささるが、痛くはない。

なれたものだ。

それに、()は本当だったと納得させるにはこれがいちばんいい。

そうすればご馳走にもたくさんありつけるかもしれないからだ。


ふいに、腑におちないにおいが鼻孔をくすぐった。


「……ん?」

「どうしたんですか、ヘカテーさま」

「いや、……なにか、おかしなにおいが……」

「おかしなにおい? いいにおいじゃなくて?」


それでもそれはすぐになくなり、跡形もなくきえてしまった。


あれはまるで、自分とおなじにおい――。

自分が宵闇の魔女とよばれるのならば、あれ(・・)はまさに朝焼けの魔女。

朝焼けの魔女――ケリュネイア。


あの女のにおいと、よく似ていた。

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