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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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-5-

 三日後のことだ。

 ヘカテーと金鵄は、林をぬけるために歩いていた。


 日差しはあまり強くはないが、ヘカテーは黒い日傘をさしている。

 黒のエンパイアウエストのドレスには、繊細なブラックレースが縫い付けられていた。

 允嗣の様子がおかしかったことを思い出したが、会えば分かるだろう。


「それにしても八月朔日のやつ、一体どういう用事なんでしょうか」

「さぁねぇ。わたしも分からないよ。だが、様子がおかしかったことはたしかだ。それに、おまえを連れてきた方が好都合だとも言っていた」

「好都合ですか……。ますますあやしいですね!」


 くるぶしをくすぐるみずみずしい色の草は、もうじき枯れてしまうだろう。

 もうじき、秋がくる。

 そうして、季節はめぐるのだろう。

 人間は年をかさね、魔女はそれを見送るだけだ。

 道化師(ジョクラトル)を握りしめ、そっと空を見上げる。

 


 人間界とはほどとおい、天の国。

 きよいものしか立ち入ることの出来ない天の国のリリイは、今、なにをおもっているのだろう。ヘカテーには想像しがたい。

 物憂げな表情をしていたリリイ。あの存在は、おそらく特異だ。ヘカテーとおなじように。


「ヘカテーさま、どうされたんですか? そんな暗いお顔をされて」

「いや、たいしたことじゃないよ。すこし、気になることがあってね」


 こつ、と音がする。林からぬけた先。目抜き通りの道路にヒールを落とした音だ。

 林をぬけたすぐそこに、允嗣と見知らぬ女性が立っていた。

 黒い髪の毛をボブにした、清潔感のある女性はシフォンのブラウスに、膝丈の新緑の色をしたスカートをはいている。


「はじめまして、ヘカテーさんと、金鵄さん……でしたよね? 私は佐々木(ゆい)と言うものです」

「ああ、はじめまして――」

「佐々木は俺の後輩だ。最近、気になることがあるらしいのだが、聞いてやってくれないか」

「なるほど……。そういうことか」


 彼女は「なにか」に怯えているふしがある。

 ヘカテーはうなずき、結の目をみすえた。

 きれいな目をしている。嘘をつくことが苦手な目だ。


 しかし――。


「じゃあ、近くのカフェに行きましょう。そこでお話しします」

「そうだね。そうしようか」


 率先してあるく結のうしろを歩く允嗣は、やはりどこか様子がおかしい。妙に険しい表情をしている。


「……允嗣。どうしたんだ、そんな険しい顔をして」

「いや……。気丈に振る舞ってはいるが、佐々木はずいぶん参っているようだった」

「そうか。そうかもしれないね。彼女は嘘をつけないが、どうやら目に縛られているようだ」

「目に縛られる?」


 怪訝な声色の允嗣へ、ヘカテーはことばを返さなかった。

 金鵄もどこか怯えたような表情をしている。允嗣はこれ以上ことばを呟くこともなく、ただ結の背中を見下ろしながら歩いた。


 やがて、ほの暗い路地にある、観葉植物がおいてあるカフェに着くと、結はいったん立ち止まる。

 ちら、と允嗣のほうを見つめると、意を決したようにアンティーク風のつや消しのドアノブを引いた。


 彼女はいちばん奥の席に立ち、ヘカテーたちが席につくと続くように椅子にすわった。

 店員が注文をとるために席に近づくと、緊張したおももちの結は、そっとくちびるを開く。


「みなさん、コーヒーでよろしいですか?」

「ヘカテー、おまえもコーヒーでいいか」

「ああ、いいよ」


 コーヒーを四つ注文すると、店員はしずかに去って行った。


「さっそくですが――。私、あの、誰かにつけられているような気がするんです……」

「ええ? それこそ警察の役目なんかじゃないんですか?」

「ええ、金鵄さんの仰るとおりです。八月朔日先輩や、同僚のかたたちに協力してもらったんですけど、姿が見えなくて……」

「姿が見えない?」


 ヘカテーが問うと、結はゆっくりとうなずいた。

 その様子はやはり、允嗣のいうとおり相当気に病んでいるようだ。


「最初は気のせいって思っていました。でも、視線というか――いたたまれなくなるくらいの距離感というか。そういうのがずっとつきまとっていて、仕事も手につかないんです」

「なるほど。わたしから見るに結。きみは嘘はついていない。それは分かる。そして、残り香があることはたしかだ」


 結の肩がぎくりとゆれる。

 ヘカテーはそれを見逃さず、彼女の身を案ずるように、ふたたびくちびるを開いた。


「おそらくそれは、きみがよく知っている人間ではないのかね? 結」

「そこまで分かるんですね……。そうですね、なんとなく――あの人と似たような感覚です。私、ストーカー被害にあっていました」

「そうだと思った。そのろくでもない男は、おそらくもう生きてはいまい。だから、不気味なのだろう?」


 彼女は疲れ果てたような表情をして、うなずいた。これでは、警察など無意味だ。相手は死んでいては逮捕もなにもできたものではない。


そう(・・)気づいたのはいつだね? 視線やその存在感がその男だと気づいたのは」

「二週間ほど前です」

「そうか……。金鵄。どうだい。残り香はどこから感じる?」


 先ほどから怯えるように肩をすくませている金鵄は、嫌そうな顔をしながらその残り香を感じ取っている。

 人が嫌悪感を抱くにおいを嗅ぐいやなのは分かるが、端正な顔をしているのだし、もうすこし顔に出さないことを覚えた方がいいとヘカテーは内心思う。


「ううん……。たしかに、においはしますね。それも、すぐ近く。このあたり」

「!!」

「怖がらせるようなことを言うんじゃないよ。だが、そうか。このあたりか……」

「あ、あの……」


 ヘカテーは、すっと立ち上がり、結がすわっている場所に近寄った。

 ちょうど店員の死角にあたる位置で、道化師(ジョクラトル)にふっと息を吹きかける。


 青い宝石から蝶がゆらめくように発現し、彼女のまわりをふわりと漂いはじめた。

 驚いたように体をこわばらせた結は、緊張するように目を見開く。


 直後、たゆたっていた青い蝶が、ぱちん、という音ともにはじけて消えてしまった。


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