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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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-4-

 ――だれ。


 真っ黒な長い髪の毛を風にゆらしながら、女性はわらった。


「わたしはサンタ・マリア。そして、ヘカテーの名前をもつ魔女」


 ――ヘカテー?


 顔は見えない。

 たそがれ時。

 巨大なだいだい色の太陽をせおって、彼女はちいさな声で笑った。


「ふふ、まだ分からないみたいね。いいのよ。いつか、分かる日が来るから。今日からあなたはヘカテー。あなたの名前はヘカテーになるの」


 そして、ヘカテーは「おおいなる魔女」ヘカテーになった。

 うまれたばかりの名もない少女。少女が魔女になった瞬間だった。





「ヘカテーさま」


 ソファーにすわっていたヘカテーは、金鵄の声で我にかえった。

 白昼夢のようなものを見ていた気がすると、ヘカテーは思考する。くるぶしよりもしたの、引きずるまでの長いロング・ドレスを着た魔女は、そっとくちびるを開けた。


「ああ――金鵄。どうかしたかい」

「どうかしたかじゃないですよ! あいつから電話です!」


 どこか憤慨している様子の金鵄は、電話をゆびさした。

 金鵄が「あいつ」と呼ぶのは、おそらく八月朔日允嗣だろう。

 ヘカテーはソファーから立ち上がって、電話をとった。


「もしもし」

「ヘカテーか。八月朔日だが」

「ああ、どうかしたかね」

「いや、たいしたことではないんだが」


 どこか、歯切れがわるい。

 すぐに黙ってしまった允嗣のことばのつづきを待つ。


「ヘカテー」

「……なんだい」

「すこし、おまえの時間が欲しい」

「時間なら、いくらでもやるさ」


 そうか、と允嗣はどこか沈んだような声を発し、ふたたび口をつぐんだのか沈黙が流れた。

 そのつづきを待つヘカテーは、頭のかたすみに、ちいさなまぼろしを見る。


 秋の日のことだった。

 秋特有の、なだらかな夕闇。たそがれ時。

 髪の長い魔女。

 長い影。


「ヘカテー?」

「あ、ああ。すまない。すこし、ぼうっとしていた」

「……いつ空いている? まあ、おまえたちならいつでも暇なんだろうが」

「悪かったね。まあ、だいたいは暇だが。きみの空いている日でいいよ」


 允嗣はいったん黙り込んだあと、なにかを思い出したように「ああ」とうなずくように呟く。


「来週の日曜日はどうだ」

「いいよ。いつもの林の前でいいかね?」

「ああ。それから、金鵄をつれてこい。そのほうが都合がいい」

「都合がいい? どういうことだ?」

「……。何でもない。とにかく、金鵄をつれてこい。いいな」

「分かったよ。つれていく」 


 どこか様子のおかしい允嗣をいぶかしみながらも、承諾した。

 つれていくぶんには構わないのだが、允嗣の挙動不審な態度が気になる。

 それでも今たしかめるようなことはない。切れた電話の受話器を置いて、そっと顔をあげた。


「金鵄。来週の日曜日はお出かけだ。あと三日だが、準備をしておくように」

「出かけるんですか? まさか、あの男と?」

「そうだよ。いいかげん、もっと友人らしくしたらどうだ」

「いやですよ! あいつ、いっつも失礼なことを言うし、ヘカテーさまのことを見下してるんじゃないですか?」


 どこが気にくわないのか分からないが、(すくなくともヘカテーはそうおもっている)金鵄はひとりで怒っている。

 ヘカテーはため息をついて、やれやれとかぶりを振った。


「そうやっていると、ケリュネイアと允嗣、どちらが嫌いなのか分からないね」

「何を言っているんですかヘカテーさま! まったくの別物ですよ。あいつとあいつは!」

「……どこにつっこんでいいのか分からないが、そうかい。なら、安心した」


 ソファーにふたたびすわったヘカテーは、窓辺をそっと見上げた。

 すでにそとは暗く、太陽は沈みきっている。月がでて、幻想的に林を照らしていた。


「どうかしたんですか。ヘカテーさま」

「いや、アリアドネはどうしているかと思ってね。目ざめたら、いないのだから」

「ああ、アリアドネですか。きっと、うまくやっていると思いますよ。だって、レトさんのところにいるんですから。あそこの(カステッルム)は魔女がたくさんいるんでしょう? いいお手本になってくれますよ。レトさんもやさしいし」

「そうだね。なら、いいんだが」


 金鵄はむかいがわのソファーにすわると、悩ましげに、ヘカテーのまねをするようにため息をついた。


「どうしたんだ、金鵄。そんなため息をついて」

「いえ、そういえば、最近肉を食べてないなと思いまして」


 どこか期待するような鳶色の瞳をきらきらとさせて、ヘカテーを見つめる。

 それを見ないようにしたヘカテーは、肩をおとした。この子は、ほんとうによく食べる子だ、とおもいながら。

 金鵄だけでなく、使い魔は特に「たべる」ということはしない。

 なにかをエネルギーにして動く、ということ自体ないのだ。

 ただここに存在しているだけなのだから。

 魔女とちがうのは、魔女のエネルギーは魔力だということだ。


「しかたがないね。今日はつかれたから明日、街に出るとしよう」

「やった! ありがとうございます、ヘカテーさま!」


 よけい瞳を輝かせながら、金鵄はいきおいよく頭をさげる。

 現金な子だね、とあきれたように笑うヘカテーは、肘掛けに手をあてて、ふたたび月を見上げた。

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