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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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-3-

「ほかの大天使たちのことは知らぬ。しかし、魔女を天敵としてみていると言うことは間違いはない」

「そうか。おまえ以外の大天使どもはまともらしい。おまえはおそらく、異端なのだろう」


 ヘカテーはかすかに自嘲するように口はしをあげた。

 少年とも少女ともつかないすがたをしている大天使は、ゆっくりとヘカテーのそばへと近づいてくる。

 そこに敵意はない。金鵄はいつもどおり警戒しているが、とびかかるようなことはなかった。


「そうだな。私は異端なのだろう。だが、嘆くことはない。天の使いは、戦うために存在しているわけではないのだから」

「戦うことが好きな大天使どももいるようだが。まあいい。いいだろう。おまえの停戦の意をくむとしよう。そのほうが楽でいい。それとひとつ」


 黒く長い髪をなびかせて、彼女はひどく険しい表情で、ガブリエルを見下ろす。

 白い簡素なワンピースを着ている大天使は、かすかに眉をひそめた。


「ケリュネイアはどうした?」

「ああ……あの魔女か。今は私のもとにいる。心配しなくとも、悪いようにはしていない」

「あの女がどうなろうと知ったことではないが。あの女、いきなり襲ってくるものだから、神経をとがらせていないといけない。おまえが停戦の意をこちらがわにむけた以上、あの女をどうにかしてほしいね」


 きんいろのまつげをそっと伏せて、大天使はため息をついた。

 その仕草でさえ、神々しい。頭痛がするかのような表情をしているが、本意は定かではない。


「いいだろう。私からも言っておく。しかし、私のもとを離れて違う大天使たちへとくだってしまったら、それは私の手にはおえない。それだけは分かってほしい」

「まあいいさ。そうなったなら、おまえの力を借りるとしよう」

「……」


 大天使はわずかに嫌そうな顔をしたが、すぐに表情をただした。


「――私の管理不足ということになるか。まあ、いい。それにしてもヘカテー殿。あの回廊で、なにかを見たのではないか? かの、サンタ・マリアを」

「……。そうだね。たしかにみた。彼女とは、むかし……会った。今はもう、いないのだろうが」

「そうか。そういう運命だったのだろう。サンタ・マリア。彼女は魔女でありながら、われらのもとにくだったものだ。いや。魔女だった、と言ったほうがいい」

「なにが言いたい。サンタ・マリアは……」

「ああ。たしかに彼女は魔女だった。それも、魔女のなかでも最も位の高い、“ヘカテー”の名を戴くほどにな」


 ヘカテーの隻眼が、ぎゅうっとすぼまる。赤いくちびるはかすかにゆがみ、それでもすぐに諦めたように力をぬいた。

 金鵄は何のことかわからないように、呆然としている。その端正なくちびるからは、「ヘカテーさま」とちいさな声で彼女の名を呼んだ。


「しかし彼女は、天の国の狭き門をくぐりぬけた。彼女は、救世主(メシヤ)だったのだ」

「……そうかい。まあ、いいさ。彼女はもういない。どこにも。――話はこれで終わりだ。わたしたちはこれで失礼するよ――。ガブリエル」

「ああ。また会おう。魔女、ヘカテー殿」


 あまり会いたくはないが、と呟こうとしたが、とうとう口にすることはなかった。



 白い回廊を歩き出したふたりは、もうサンタ・マリアの姿をかたどったステンドグラスの前を立ち止まることはなかった。

 しかしヘカテーがどこか沈んだ表情をしていることにが金鵄は気づいたが、なにも言うことはなく、ただ門へと歩くしかない。


 白く輝く門へついたころ、彼女はかすかに眉をひそめた。

 あの女のにおいが、鼻についたのだ。


「……ケリュネイアか」

「――ガブリエル様から、何を言われたの」

「知らなかったのか、おまえは」


 マリア・ヴェールを頭につけたままの彼女は、門によりそうようにくちびるを開いた。

 ケリュネイアは、まるで恋人を奪い取られたような、憎々しげに顔をゆがませている。


「一時停戦さ。かのガブリエルはそう言った」

「なんですって! あのかたは、崇高なる目的のために、って仰っていたのに!」

「崇高なる目的――? ああ、なるほど。あの大天使の崇高なる目的は、そういうことだ。平和こそが一番。まあ、たしかに崇高だな」


 ヘカテーはかすかに笑い、そのままケリュネイアの前を通り過ぎようとしたが、彼女に腕を掴まれた。


「なにをいきり立っている。ケリュネイア。おまえも別段、われらと戦いたいわけではないだろう。おまえはおまえの目的があり、われらはわれらの目的がある。それだけだ」

「……おまえは、私の獲物よ。殺さなければ、私のほうが強いと確信しなければ、駄目なのだから」

「どう思おうとおまえの勝手だ」


 腕をつかまれたままのヘカテーはそれを振り払い、天の国から姿を消した。


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