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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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-1-

 ケリュネイア。

 朝焼けの魔女。いや――もう、今は魔女ではない。魔女にうまれ、魔女ならざる性質を持った、特異な生物だ。



 うつくしい金色の髪を風にゆらせながら、うっとりと目の前の存在を見上げた。白い光のなかにいるのは、大天使(ガブリエル)

 光のなかにいる大天使は、顔や姿はまったく見えない。

 それでもケリュネイアは、手を組んで、目を閉じた。


「ケリュネイア。健勝なる魔女の子。おまえにひとつ、頼みがある」

「なんなりと」

「ヘカテー、と言ったか。その魔女をここにつれてくるのだ」

「……え?」

「あの魔女は、まだ救える。われら崇高なる目的のため、あの魔女の力が必要なのかもしれぬ」

「で、ですがあの魔女……ヘカテーは……」


 光のなかの大天使は、かぶりを振るしぐさをして、「命令だ」とケリュネイアに突きつけた。

 彼女の指は屈辱にふるえ、歯をぐっときしませる。

 それでも、大天使はケリュネイアにとって絶対だった。殺したいほどに憎むヘカテーを生きながらにして連れてこいという大天使を憎む気持ちは、みじんもない。ただ、彼女の胸のうちにあるものは、疑問と、ヘカテーに対する憎しみと妬みだった。

 ケリュネイアはこうべを垂れ、大天使や天使(アンゲルス)たちが住む、「天国(カエルム)」から去って行った。





「金鵄? どうしたんだ」


 夏、いつか買った風鈴をじっと見つめている金鵄は、それから窓のそとに広がる空を見上げた。

 夏の空は広く、青く白い。


「……空が広いですね」

「恋しいかね」


 ソファーにすわっているヘカテーを見下ろし、かぶりを振る。

 そういうことではない、と金鵄は思考した。

 金鵄はヘカテーの使い魔になる以前、ふつうの(トビ)だった。自由に飛び回り、空に住んでいた金鵄は、時折空を見上げるような仕草をする。


「おまえが金鵄としてここにきたのは、ちょうどこんな季節だったね」

「そうですね。夏のことでした」

「戻りたいかね。ふつうの鵄だったころに」

「いえ。俺はヘカテーさまに仕えていた方が性に合っているので」


 鳶色の髪の毛をゆらせて、金鵄はわらった。

 そのことばは、虚言ではないだろう。


「そうか。ならばよかった」

「ヘカテーさま」


 窓の外から目を離した金鵄は、神妙な顔つきでヘカテーを見下ろした。

 うすい瞳の色をしている彼は、ローテーブルのむかいがわにあるソファーにすわり、俯いてみせた。


「ヘカテーさまは、今――」

「?」

「お幸せですか?」

「――どうしたんだ、金鵄」


 あまりにも真剣に呟いたせいか、ヘカテーはおもわず眉をひそめる。

 白いリネンのシャツを着た金鵄は、どこか不安定に瞳をゆらせていた。せわしなく指をからませたり、ほどいたりして、ヘカテーのこたえを待つようにくちびるを閉じている。


「わたしが幸福か否かか。どうだろうね。でも、不幸じゃないさ。おまえもいるし、友人と呼べる人間もいる」

「……そう、ですか」

「おまえは? おまえは、幸せかね」

「俺、ですか。俺も、不幸じゃありませんよ。かといって幸福かと言われれば、分かりません。でも、ヘカテーさまに仕えるようになってから、なんていうか――その、自己っていうものに迷うようになりました」


 鳶色の髪の毛を日にあてながら、言いづらそうに呟いた。

 赤ん坊のようにあまいにおいがしていた金鵄は、今や「自己」というものに目ざめ始めていると言うことか。


「それはおまえが最初からもっていたものだ。大事にしなければいけないよ。迷うことは悪いことではないのだからね」

「……はい」

「さて、今日は――」


 ヘカテーがふいに口を開いたときのことだった。

 あの魔女――ケリュネイアのにおいを金鵄が感じ取ったのは。

 ソファーからはじけるように立ち上がった金鵄は、ヘカテーの前に躍りでて、威嚇するように喉をならせた。


「ケリュネイア、だと? こんな真っ昼間に?」

「ヘカテーさま。お下がりください。なにか――おかしい」


 から、と音がする。

 なにか、軽いものが転がったような音。

 ヘカテーはその音に敏感に反応して、道化師(ジョクラトル)に手を伸ばした、――その杖を床にかるくあてると、そこから波紋のように、透明にきらめく空間へと変化する。

 床はクリスタルのように美しくで、氷のように冷たい空間は、ときおりどこからか、鳥の透明なさえずりが聞こえてくる。

 その中心部に、ヘカテーと金鵄はいた。

 むき出しの水晶のかたまりに、ヘリオトロープ色の蝶がとまっている。うつくしい場所だった。


 そして、彼女が現れたのは数秒後。

 マリア・ヴェールをかぶったケリュネイアは、くもった瞳をヘカテーへとむけ、くちびるを結んだまま正当な王(レガリア)を握りしめた。


「……ヘカテー。私が恨むべき、汚らわしい魔女」

「また、殺し合いにきたのかね。ケリュネイア」

「……」


 ケリュネイアの瞳に、かすかな妬みの色が見える。なにかをうらやんでうらやんでたまらない、というような色が。


「おまえ。――ヘカテー。私の真なる主が呼んでいらっしゃる」

「真なる主? まさか」


 金鵄の凍り付くようなことばのあと、ケリュネイアは暗い瞳をふせた。エメラルドのような瞳は、今や輝きはうせ、白い月の光を探す、迷い子のような色をしている。


大天使(ガブリエル)がわたしを? なぜ」

「――知らないわ。生きて連れてくるようにも、言われている。おまえはまだ、救えるとも」

「救える――? 馬鹿なことを。われら魔女と天使は、敵対しているのだろう」

「だからこそよ」


 ケリュネイアはそう重たく呟き、赤玉(ルビー)のような色をした石をつけた正当な王(レガリア)を振った。

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