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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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-4-

「邪魔をするつもりはありませんでしたので、わたくしはこれで失礼いたしますわ」

「ええと――レトさん、でしたっけ」

「ええ。仰るとおりですわ」


 どこかあいまいにことばを選ぶ永劫をヘカテーが見つめ、くちもとをゆるませた。

 金鵄を呼び寄せ、紅茶をもうひとつ頼む。金鵄はレトがきていたことに驚いていたが、すぐに台所へむかっていった。


「座ったらどうだい、レト」

「ですが――」

「永劫は聞きたいことがあるんだろう? われら魔女――いや、レトに」


 黒い瞳がぎくりとゆれる。

 明宜はヘカテーのことばの真意を探っているのか、くちびるを閉じたままだ。


「……魔女は、寿命が長いと――聞きました。人間よりも、はるかに。あなたたちは、なんのために生きているんですか?」

「それを知って、どうするんだね?」

「俺のことになるんですけど、その」


 黒い髪の毛が初夏の日差しでほんのすこし、しろく、水晶のようにかがやく。

 彼女たちはそれを見つめ、永劫のことばの先をまった。


「俺には、生きている意味っていうのがないんです。わからないまま、ずっと、もう二十歳になってしまいました。10年前、両親を亡くした以前のことも、思い出せない。もっと長い時を生きるあなたたちにとって、俺なんて、とるにたらない存在なんでしょうけど、だからこそ、知りたかったんです。俺の悩み、というか、そういうたぐいのものはただの小さいものなんだって」

「……永劫さまと仰いましたかしら。われら魔女は、そうそう立派なものじゃありませんわ。人間のための存在である魔女も、生きている。だから、悩みもする。でも、なんのために生きてるかなんてそんな立派なことを考えることも、そうそうないのよ」


 金鵄がローテーブルにもってきた紅茶を渡すと、レトはほほえんで「ありがとう」とささやいた。

 ソーサーとカップをもって、紅茶をひとくち飲み込むと、永劫にむかってそっと笑む。

 白い髪をシニヨンにした彼女の首筋の後れ毛が、はらりとおちた。


「人間と魔女はまったく違う生物だとしても、わたくしたちの心のなかはおそらく、あなたがた人間とおなじ。決してわかり合えることはないけれど、いちばん深い場所はおなじだと、わたくしは思うの」

「おなじ……」

「そう。でも、そうね――。わたくしが何のために生きているのか……。その答えは、いまだに分からないの。もう100年ちかく生きているというのにね」


 レトは寂しげに顔をゆがめた。

 ヘカテーですら、おのれの生きる意味は分かっていない。否――分かろうとしても、まるで霧がかかったように、深く考えられないのだ。

 まるで、なにかに押さえつけられているように。


「……もしかすると、立派なことなんかじゃないのかもしれませんね」

「珊瑚さん?」


 ベージュの長い前髪からのぞく、そのなにかを見透かすような瞳。

 今までだまっていた明宜がことばを放ったことに驚いたのか、永劫が目を見開いた。


「たとえ何のために生きているのか分かったとしても、それが何になるのか――俺には分からない。永劫くん。俺からみて、きみは生きている。今を、生きている。それでいいんじゃないかな」

「あんたが言うと、説得力ありますね。――でも、そうかもしれません。今、生きている。そう思えるだけで、十分なのかも」

「そうね。そうかもしれませんわ。なぜかしら。わたくしよりもずっとずっと年下なのに。とても説得力があるのね」


 レトはおかしそうにくすりとほほえみ、そっと窓辺をみあげる。外は夕陽で赤く染まっていた。緑色の木の葉が、まるで紅葉のようだ。

 初夏の夕方は早い。

 すぐに闇の帳が降りてくる。


「永劫。考えることは悪いことではないよ。だから、おおいに悩んで、おおいに迷うといい。それは生きているときにしかできないことだからね」

「そうですね……」


 死んだらおわりだ。

 なにもかも。人間も魔女も。いなくなったら、もう、なにもできない。なにかを伝えることも、好きだと、きらいだと伝えることもできないのだから。

 考えることができるうちが華だということなのかもしれない。


「さあ、わたくしはこれで失礼します。ヘカテーさま。お会いさせてくださってありがとうございます。永劫さま。明宜さま。どうかお元気で。また、縁がありましたらお会いいたしましょう」

「はい。なんか――いろいろ、ありがとうございました。レトさん」

「そんな。お礼なんて仰らないでください。わたくしも、あなたにお会いできて光栄でしたわ」


 ドレスのかつげて、ふかく頭をさげたレトは、ヘカテーにも頭をさげて、家を出て行った。

 窓の外はもう、暗くなり始めている。明宜は窓のそとをみあげ、「そろそろお暇しようか」と永劫に尋ねた。


「ああ、もうこんな時間だ。悪かったね。遅くまでひきとめてしまって」

「いえ、なんだか肩の力が抜けたような気がします」

「永劫。これからも元気でやっていくんだよ。また、辛いことがあったらくるといい。きみならいつでも歓迎しよう」

「――ありがとうございます」


 永劫はそっと頭をさげて、ソファーから立ち上がる。ヘカテーも倣って立ち上がり、玄関まで案内した。

 空は暗く、林のなかを月の光だけで歩くのは危険かもしれない。

 目抜き通りまで送ろうかとヘカテーが申し出ても、明宜がやわらかく断った。

 

「大丈夫です。ご迷惑でしょうから」

「そうか。明宜、きみが言うのなら大丈夫だろう」

「ヘカテーさん、ありがとうございました」

「ああ」


 ふたりが小さくなってゆく姿を見送る。

 月が浮かんでいる。

 あのふたりは、暗く、辛いものを背負っているはずだ。それでもまだ、考えることをやめていない。

 それは誇れることだろう。

 強くなるはずだ。これからもっと。

 ヘカテーはくちもとをゆるめて、風車小屋のなかに入った。

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