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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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-1-


 初夏にしては涼しい。

 ヘカテーは長い髪を風にゆらせて、丘の上に立った。


「……」


 右のこめかみのあたりにつけた青い薔薇の髪飾りをおさえて、空を見あげる。

 彼女の目は林をじっと見つめ、口もとをゆるめた。


 「彼ら」はそろそろ姿をあらわすはずだ。

 半年ほど前、雪のなか出会った、黒く透きとおる魂をもった青年、大神(おおがみ)永劫(ながえ)。彼と彼の保護者を名乗る、特別な目をもつ男、珊瑚明宜(あきのり)がくる予定になっている。


 電話があったのはつい一週間ほど前だった。

 電話口では、聞いたことのない声が聞こえたが、名を聞いて思い出す。哀れな流浪の神々、野良神(のらがみ)を祓う力を持つ男だと。

 ヘカテー自身も世話になっている、――彼女自身は巫女だと言っているが、禮という女性。彼女はもはや「なんでも屋」だ。

 古い地図がほしいと言ったら、本当に用意してしまうのだから、相当な手だれだろう――。禮から野良神のことを聞き、そのつてで珊瑚明宜という男の名前を聞いたのだ。


 とおく。

 遠くから、気配がする。

 魂の奥の奥まで黒く澄んだ、魔女のごちそうの気配が。

 彼女の手のうちにある杖――道化師(ジョクラトル)が、歓喜にわく。しかし、ヘカテーは「彼」を食わない。

 彼を大切に思うひとがいる。無理矢理に食うことはできるがそれは簡単だ。花を手折るほどに。

 しかし、そこに遺るのは深い怨恨と怨嗟、そして悲哀だけだ。

 ヘカテーはそれを望まない。人間の感情の恐ろしさ、もろさを知っているからだ。理解はできないが、感じることはできる。



 数分後、彼らは姿をあらわした。

 明宜は光が透けてしまうほどの明るい髪をしていた。髪の色とおなじほどの、色素のうすい瞳をもった明宜は、ヘカテーをその目で見ると、かすかに目を見開いた。


「どうしたんですか、珊瑚さん」


 明宜のとなりに立つ永劫(ながえ)は、不思議そうに明宜を見上げる。


「――あ、ヘカテーさん。お久しぶりです」

「ああ。永劫、明宜。よくきたね」


 永劫と、なにも話さない明宜を家のなかにいざなう。

 明宜はかすかに警戒している目をしているが、ゆっくりとした動きで部屋のなかに入った。


「さ、すわりたまえ。紅茶と緑茶、どっちがいい?」

「俺は紅茶でおねがいします。珊瑚さんはどうしますか?」

「あ、ああ。俺も紅茶でお願いするよ」


 部屋のすみで、まるで怯えるように立っていた金鵄に目配せすると、逃げるようにキッチンへむかっていった。


「すまないね。人見知りなんだ」

「あの人って、前もいましたよね」

「ああ。いたよ。わたしの使い魔なんだ。金鵄(きんし)っていってね。すこし臆病だけどいい子だよ」

「そんな気がします」


 永劫はほんのかすかに笑い、うなずく。

 やはり、彼はとても美味そうな魂をしている。


「明宜」


 ソファーにすわってからまったく喋らない明宜を見据え、すっとほほえんでみせる。

 おそらく明宜は、見えているのだろう。ヘカテーの力の源を。


「きみには、何が見えている?」

「……。なんだろうね。あなたのことはよく知らないが、驚いたよ」


 明宜のことばを待つように、ヘカテーと永劫はくちびるをとじる。


「ずいぶん、人間に近い魂を持っている」

「珊瑚さん、このひとは……」

「このひと――魔女は、ひとと違う魂を持っているんだ。ほかの魔女のことは禮から聞いているけど、ほかの魔女はひととはまったく違うと聞く」

「そうだね。わたしは魔女のなかでもあまり魔女らしくないと思うよ。わたしがほかの魔女とちがうのは、おそらく人間とおなじ場所で過ごしたからだろうね。だから人間に感化して、人間と近い魂をもった。――明宜。きみはわたしに用があってきたのだろう?」

「……いらないことを言ったかもしれないね。ただ――そうだ。今日はあなたに頼みたいことがあってきたんだ」


 明宜は笑みをけすと、色素のうすい瞳を細めた。

 彼のとなりにすわっている永劫は、かすかに体をこわばらせる。


「俺は、永劫くんに憑いた野良神を祓う。それは、決められたことだし、俺が決めたことでもある。だけど、永劫くんの魂に絡みついている怨念は、おそらく消えないだろう」

「……」

「占ってほしい」

「……未来を、ではないようだね」

「そうだね。未来は、永劫くんが切りひらいていくものだ。その怨念は、永劫くんを苦しめているのか、否か――」


 永劫の顔がこわばり、膝においている手がかすかにふるえた。

 ヘカテーはそれを見送って、明宜の顔をふたたび見つめる。隻眼の瞳で。


「明宜。わたしから見れば、魂の奥深くが見えないのはきみだ」

「俺のことはいいんだ。俺が心配なのは、俺のことではないからね」

「……珊瑚さん、俺は」


 なにかを言いたそうに口をひらいた永劫だが、すぐにことばを見失ったのか口を閉じてしまう。

 それだけ、明宜が真剣だったからだ。

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