表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カエルレウスの魔女  作者: イヲ
mag-7-
39/62

-12-

 それから五日後、允嗣は金鵄に連絡をいれてから丘の上の風車小屋にむかった。


「ほんとうにきたのか……」

「……ああ」


 扉をあけたのは金鵄だった。金鵄の家にはもうひとり、少女が住んでいると梢が言っていたが、それらしい雰囲気はない。

 グリーンがかった白の壁は、目にきつくはない。

 そしてほこりっぽくはなく、きれいに掃除されている。


「なにをぼんやりしている。ヘカテーさまに会わないのか?」

「いや……」


 まるで、死んだ家のようだ。

 きれいに掃除してあるが、生きていない。


「この家は、なんなんだ?」

「ああ……。ヘカテーさまが今、眠っているからだろうな」

「……そうか」


 ヘカテーが眠っているから、主とおなじように今、眠っているのだろう。

 死んだように眠っているのだ。

 

「こちらだ」


 金鵄がいちばん奥の部屋のドアをひらく。ぎい、と木がきしむ音が聞こえて、やがて生成り色のベッドに沈んでいるヘカテーがいた。

 真っ青な目はいま、閉じられている。

 くちびるも閉じられ、まるで死んでいるようだ。呼吸をしている気配も、ない。

 生きていると分かるのは、顔色がそれほどわるくはない、ということだけだろう。


「死んでいるようだな」

「滅多なことをいうな!」


 金鵄がうなるように怒鳴るも、ヘカテーはぴくりとも動かない。

 かすかな風が窓を鳴らせて、允嗣はその窓を見据えた。その窓はきれいに磨かれ、鏡のように眠っているヘカテーをうつしている。


「……俺はすこし出てくる」


 金鵄がぽつりとつぶやき、ヘカテーがねむる部屋から出ていった。

 かたかたというちいさな音が聞こえ、允嗣は風のゆくすえを見つめるように、視線をあげた。


「梢が、おまえのことを心配だと言っていた」


 返事は、かえってこない。分かっているから、允嗣はつづける。


「俺も、おまえが心配だ。だが、それがふつうの感情なのかは分からない。まだ」


 魔女は孤独だ。

 ヘカテーも無論だろう。長い間を人間のためだけに生きなければならない。

 それでも彼女は言っていた。

 ――わたしたちも、生きている。人間とおなじように――と。

 それだけが、允嗣を安堵させることばだった。

 ヘカテーのことばは、允嗣を不安にさせる。人間と魔女の溝は、深いのだろう。生きかたも、死にかたもちがう。

 根本から違うのだ、と彼女は言っていた。


 ならば、魔女はなぜ――生まれたのだろう。

 人間のねがいで魔女は生まれたと言っていた。そして、天敵である神と戦うため、とも。

 哀れだと言うことはできない。彼女たちの生き方をすべて否定することになるからだ。





「わたしは、たしかに生きている。それでも、きみたちから見れば、死んでいることとおなじなのだろうね――」


 魔女は、わらう。

 魔女たちの女王の名をいただく「ヘカテー」。

 はじめは、名前というものをしらなかった。しかし、最初から「あった」のだ。ヘカテーはヘカテーと認識するための時間は、それほどいらなかった。

 ヘカテーは特異な魔女であったのだ。

 ヘカテーは、魔女たちの「女王」となるべく、生まれた。

 そのために。

 それだけのために。


 あしもとの、ルビーのようなざくろを見下ろす。


 太陽もなにもない、不可解な空。ヘカテーはそれを見上げ、ふ、と息をはきだした。

 ここで過ごす時間と、現実にすぎてゆく時間はちがう。

 喰らった心たちがいるこの空間にいるほうが、はるかに早い。

 ヘカテーがここに来て、すでに一日ほどがすぎた。おそらく、現実では5日ほどがたっているはずだ。


「そろそろ、大丈夫だろう? きみたちは、もうひとりではないはずだ」


 ヘカテーのうしろには、転々とざくろが転がっている。それは、喰らった心たちの残滓。そして、涙が結晶化したものだ。

 ざくろたちは、ただただここの空間に存在しつづける心たち。

 哀れなものだ。

 みずから進んで心を差し出した彼ら、あるいは彼女たち。


「きみたちはひとりではない。さあ、もういいだろう。わたしのこころのうちでねむるがいい」


 きらり、とざくろが涙をこぼすように光り輝く。


 ふいに、やわらかい風が吹いた。

 冷たくもあたたかくもない、風が。


「……?」


 だれかの空気と似ている。


(ああ――。きみか。きみが、わたしを呼んでくれているのか?)


「允嗣――」




 ヘカテーがその名前を口ずさんだあと、砂漠と太陽のない空、そしてざくろたちを残して、彼女の姿はそこから風にとけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ