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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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-10-

 レトがやってきたのは、それから一時間たったあとだった。

 ゆたかな白銀の髪を結いあげたレトは、寝室へまっすぐ走ってゆく。


「ヘカテーさま!」


 寝室にいたのは、横たわるヘカテーと、不安そうな表情をしているアリアドネだった。

 うしろに控えた金鵄は、いまだ険しい表情をしている。


「レトさん、ヘカテーさまは……」


 彼女はアリアドネの横にすわり、ヘカテーの顔を見上げた。うなじから、後れ毛がぱらりとこぼれおちる。


「だいじょうぶよ。まだ、そのときではない」

「そうですか。よかった」


 魔女にも、寿命というものがある。永遠と似たときを生きる魔女だが、決して「えいえん」を生きられるわけではない。

 しかし、寿命以外にも、何らかの原因――魔女が喰らったこころを制御しきれず、飲み込まれたりした場合、力のない魔女は逆に喰らわれてしまう。


「おそらく、ヘカテーさまはこれから1週間は眠ったままでしょう。でも、心配ないわ。すこし、疲れがたまっていただけよ」

「……ヘカテーさまは、だいじょうぶなのですか?」

「ええ、アリアドネ。あなたのことは金鵄から聞いているわ。だけど、ヘカテーさまはすこし休養が必要なの。だから、アリアドネ。私と一緒に、(カステッルム)に行きましょう」


 雪のように白い髪の毛が、ちいさくゆれる。不安そうにしている瞳が、じっとレトへむけた。

 やがてこくりとうなずき、「分かりました」とつぶやく。


「金鵄。あなたはどうか、ヘカテーさまのおそばにいてあげて。万が一っていうこともありますし」

「はい。もちろんです」

「それにしても、ケリュネイアのことを聞いたわ。ずいぶん、愚かなまねをしたようね」


 アメジストのような瞳がそっと細められる。

 おそらく、ヘカテーが他の魔女たちに伝えたのだろう。注意するように、と。幸い、今のところケリュネイアがほかの魔女たちに危害を加えるということは今のところ聞かない。


天使(アンゲルス)どもの元にくだった魔女など、聞いたことありません。そんなにいいものなんですか? レトさん」

「さあ。どうなのでしょうね。すくなくとも、私はそんなことないわ。天使は敵だもの。それ以上の感情なんてないの。ふつうはね」


 ふつうの魔女はそうなのだろう。

 使い魔である金鵄も、ヘカテーからそう教えられていた。天使の「いいところ」など、知らない。知らなくてもいいのだろうが――。


「きれいな羽根にあこがれて、天使のもとに下る――。ケリュネイアも地に落ちたものね。昔はあんなに――」

「あんなに? レトさん、奴のことを知っているんですか?」

「そうね。私も彼女も、聖なるものの名を戴く魔女。すこしは知っているわ。彼女は私よりもすこし年上だけど、おなじ(カステッルム)で育ったの。だから知っているわ」


 暗くなった外。

 月のひかりがぼんやりと部屋のなかを照らしている。

 白銀の髪をもつレトは、青白い顔色をしているヘカテーを見下ろして、ふっと息を吐き出した。


「彼女は誰よりも魔女に生まれたことを誇っていた。力を求め、魔女として誰よりも努力した。それでも、ヘカテーさまが現れてから、彼女はおかしくなってしまったの。ヘカテーさまはケリュネイアよりも――昔はね――力があった。だから、嫉妬したのね。嫉妬は生を狂わせる。どんなことをしても力を得ようとした末路が、ああなってしまった」

「そうなんですか。でもやっぱり、俺にはわからないですけど。力力っていうけど、魔女の力って、そんなに重要なんでしょうか」

「もともと魔女は、ひとのために作られた生命体。だから、力をつけても、結局は還元されてしまうわ。人間にね」


 彼女はそれだけ呟くと、黒いヴィンテージレースをほどこされたドレスをかつぎ、レトは寝室から出て行った。アリアドネと金鵄もそれにき、玄関への扉を開こうとしたレトを金鵄が制した。


「レトさん、もうお帰りになるんですか?」

「ええ。アリアドネと一緒に行かなければならないし」

「そうですか。お茶でもどうかと思ったんですが。アリアドネ、良い子でいるんだぞ」

「うん。金鵄。ヘカテーさまが目ざめたら、また会いに来ていい?」

「ああ、いいよ」


 金鵄がうなずくと、アリアドネは嬉しそうにわらった。


「では、金鵄。私たちはこれで行くけれど、ヘカテーさまになにか異変があったら教えてちょうだいね」

「はい。分かりました」


 レトとアリアドネが風車小屋から出て行ったあと、金鵄はひとり、ソファーに座った。

 ひとりだけでこのソファーに座るのは、ほとんどない。ヘカテーが出かけたときくらいだろう。それでもヘカテーが出かけるときは、ほとんどついていくのだが。


「……どうして、急にこんなことになったんだろう……」


 金鵄のひとりごとに応えるものは、誰もいない。

 しかし、ふと思いつくことがあった。八月朔日允嗣――。あの男と会ってから、こうなってしまったのではないだろうか。

 それでもヘカテーが、允嗣への無礼を許さないと言っていた。


 ふいに、電話のベルが鳴り響く。

 反射的に腰をあげてその電話に出ると、今疑っていた八月朔日允嗣の声が聞こえてきた。



「八月朔日……? なにか用か」

「……ヘカテーはどうした」

「ヘカテーさまは床に伏せっている。一週間は目を覚まさないそうだ」

「なんだと!?」


 聞いたこともないような、允嗣の焦ったような声が聞こえてくる。こんな声も出るのかとどこか感心していると、どういうことだ、といつも通りの、静かな声色に戻った。


「魔女に時々あることだ。心配はいらない」

「……そうか」

「何か用事か? 用事があるなら俺が承るが」

「いや……。ヘカテーがいないならいい。礼を言いたかっただけだからな」

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