表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カエルレウスの魔女  作者: イヲ
mag-7-
30/62

-3-

 頬がひきつる。

 なにがどうして、ヘカテーと自分の兄である允嗣を引き合わせたがるのか。

 そう問うと、彼女は平然として、こう言った。


「兄さん、ヘカテーさんのこと気に入っているみたいだから」


 と。

 どこをどう見れば気に入られていると分かるのだろうか?


「あのね、ヘカテーさん。兄さんはどうでもよかったんです。家族――私を守るのに必死で、自分のために使う時間なんて、なかった。私と兄さんは年が離れているでしょう? 兄さんはいま、30歳。わたしは17歳。だから、小さい頃から見てきたんです。兄の、働きづめの毎日を。……女の人なら誰でも良かったわけじゃないですよ? 私の目から見て、兄さんがヘカテーさんのことを信頼しているのが分かったからなんです」

「いや、彼はわたしを信頼しているんじゃないよ。允嗣はわたしたちを嫌っている」

「嫌ってなんてないです! ほんとうに嫌っているのなら、話もしないし、見ることもしない。口では言うかもしれないけど、それは信頼の証なんです」

「信頼のあかし?」

「はい。だって、ほんとうに嫌いな人とは喋りたくもないでしょう? それに、ヘカテーさんにむかってヘカテーさんの(・・・・・・・)悪口を言ったりしていないはずです」


 悪口。

 ケリュネイアが力をあたえた少年の事件のときに、警察署へ赴いたのだが――允嗣はたしかにヘカテー「本人の」悪口は言っていなかったと思う。魔女としての力を否定していたものの。


「はは、なるほど。たしかにね」

「でしょう? すぐじゃなくたっていいんです。そう思っていてくだされば、それで」

「――わかったよ。心にとめておく」


 ここは折れるしかないだろう。

 無理だ嫌だといっても、きっと彼女は納得しない。――別段、まったく思わないまま頷いたわけではない。

 彼女――ヘカテーも、好意というものもあれば、嫌悪というものもある。人間とおなじように、喜怒哀楽もあるのだから。

 梢はほっとしたように胸をなで下ろし、ソファーに行儀よくすわっているアリアドネを見下ろした。


「アリアドネちゃん、ヘカテーさんが幸せだったら、うれしいよね?」

「しあわ、せ? ヘカテーさまが、しあわせに、なったら? うん、うれしい」

「……幸せ、か。ひさしく、その言葉を聞いていなかったよ」

「だめですよ! 兄さん、結構堅物だけど、やさしい人なんですから!」

「結局、そこにいきつくのか……」


 どうしても允嗣とヘカテーを恋人同士にさせたいらしい。

 ヘカテーはそっと笑い、いまだ外をみつめているアリアドネの頭をそっと撫でた。

 白いふわふわの髪はすきとおるように透明で、うつくしい。まだ、生まれたばかりだからだろう。髪も目も、まだ日にも焼けず、光り輝いている。


「わたしたちは、長寿だ。人間より何倍、何十倍ね」

「……」

「その意味は分かるだろう」


 梢はついに黙ってしまって、雪をそっと見上げた。雪はもうちらついているだけで、じき止むのだろう。


「だがきみもわたしも、命というものに期限があるという事実はおなじだ」

「そう、ですね」

「――それでも、ほんとうは長さなど、関係ないのかもしれないね。いちばん大事なのは、大切なのはどう生きたかなのかもしれない。いたずらに長く生きているわれらは、きみたち人間にとって見れば、生きていないにも等しいのかもしれないが――」


 限りある命は、永遠にはならない。どうあがいても。


「ヘカテーさま、ただいま帰りました」


 ふいに、金鵄の声が玄関から聞こえてくる。我に返ったように梢は、声のするほうに顔を上げた。

 リビングにきた彼の両手には、たくさんの紙袋がぶらさがっているが、いったいどれだけ買ってきたのだろうか。


「ああ、おかえり。ずいぶんとまた――たくさん買ってきたね」

「ちょうどセールだったんで!」


 うれしそうに両手にぶら下がった紙袋をもちあげた。


「ほらアリアドネ。金鵄がおまえの洋服を買ってきてくれたよ。着替えておいで」

「うん」


 真っ白の髪を揺らしながら、金鵄とともに寝室にむかっていった。

 ちいさな沈黙のあと、梢はヘカテーの目を見据えて口を開く。


「兄さんから聞きました。私が誘拐されて、あなたが助けてくれたって」

「……そうか」

「私は全然おぼえていないけど……。でも、私を助けてくれた人が不幸せなままなんて、だめです。それは私のエゴだけど、だめなんです」

「きみはやさしい子だ。とてもね。人を思う気持ちがあればきっと、きみも幸せになれるだろう。だからこそ――気持ちだけ受け取っておくよ」


 梢はひとつだけうなずき、窓の外を見上げた。雪は止み、しかし風が吹いている。

 人間は自らのエゴで成り立っているとも聞く。隠すことでも、恥じることでもないだろう。


「ありがとう、梢。まさかきみからそういう言葉をもらうとは思わなかったよ」

「お礼なんて言わないでください。私、はっきりそう言えて嬉しいんですから」

「そうか……」

「じゃあ、私そろそろ帰ります。映画のチケット、片方兄さんに渡しておきますから! あ、電話番号わかりますよね?」

「あ、ああ……」

「じゃあ、失礼します!」

「気をつけて帰るんだよ」


 扉の前まで送ると、彼女は元気よく頭を下げて、雪のなかを歩いて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ