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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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-3-

 黄金の光が允嗣の目を焼く。

 エンプーサは、金色の目でヘカテーを見つめていた。その目には、焦りや憎しみと言った色は見かけられない。ただただ、夜が朝に勝つのだと確信しているからだ。


 ケリュネイアはおのが眷属である黄金の光を持つ牝鹿を、まるで虫でも見るような目で見上げた。

 眷属とは、おのれの力を示すただのモノだと思考するケリュネイアは、蒼い炎を持つヘカテーを次に見つめる。


「おまえ……どうしてあのエリニュスどもを呼ばないの? 私を愚弄する気?」

「いいや――。ケリュネイア。逆さ。におうんだよ。おまえはほんとうに魔女の風上にもおけないねぇ――」


 ケリュネイア――彼女は目をかすかに見開いたが、すぐにくちびるをゆがめ、白い歯を見せて嘲笑し(わらっ)た。


「おまえ、()と契約した? 天使(アンゲルス)かね? いや、大天使(ガブリエル)か……」

「それがどうしたというの?」

「魔女の天敵が奴らだと、分からないのかい?」

「ええ、知っているわ。宵闇の魔女。でも、あの人たちはうつくしいんだもの。それに比べて魔女どもは、地べたに這いつくばるように滑稽で、汚らしい……。だから、私は決めたのよ。私は、いつか白くうつくしい翼を手に入れる。そのために、契約したの。魔女どもの――殲滅と引きかえにね!」


 黄金の角を持つ牝鹿が、ヘカテーへと猛牛のように突進する。風を切る音が、耳をさいた。


「そうかい。そういうことか。ならば、おまえもわれらの天敵ということだね。朝焼けの魔女――」


 のこされた青ざめた色の目が細められる。その目は、哀れなものを見るかのように揺れていて、どこまでも冷たい。

 冷え切ったかのようなその目は、その対象(・・)を何とも思わない、生きていようが死んでいようがどちらでもいい、そう思わせていた。


 允嗣は息をのんで、悠然と立つヘカテーの背を見つめている。


「何なんだ、あの女は……」

「あいつは、母さまの敵になったのよ。今までは魔女どうしだから生かしておいたけど、愚か者(ストゥルティ)になったからには、きっと殺すわ」

「なんだと!」

「勘違いしないでちょうだい。魔女は、死なない。ただ、いなくなるだけなの。忽然と消えて、新たな魔女が生まれる。それだけのこと」

「それでも、あいつを殺人者にするわけには――」

「だから、魔女は死なないって言ってるでしょ! 母さまもほかの魔女たちも、人間じゃないんだから、えーっと、コセキ? っていうのもないし、人間である証なんて、これっぽちもないのよ」

「……」


 金色の炎が吹き出て、青白い炎がそれさえも焼く。

 黄金の牝鹿がヘカテーに牙を向け、その血をしたたらせる角でその体を貫こうとその蹄が床を蹴った。


「私は、天の神子になったのよ! 汚らわしい魔女どもを、滅してあげる!」

「そうかい。ならば、滅してみるがいい。おまえの目の前の魔女――、佐柳(さやなぎ)下弦(かげん)をね」


 まるで狂気に笑むように高笑いをするケリュネイアを、ヘカテーはただただ静かにくちびるを開く。


「今世に生きる魔女が汚れていると言うのなら、おまえはそれ以上に汚れている。それさえ分からないのなら、われら魔女の天敵となってよかったのかもしれないねぇ……」


 火花が散る音がこだまし、青白い炎がヘカテーの前で踊るようにはじけた。

 徐々に体を焼かれる牝鹿の悲痛な悲鳴を聞きながら、ヘカテーはそっと目をほそめる。

 せめて楽に逝かせてやることが、今できる最善の、彼女(・・)への敬意だろう。


 輝かしい体と真逆の、濁った目玉。

 その目はすでに死んでいる。ケリュネイアの命通りに動き、操られている。自我さえも失いながら、かつて野山を駆け巡っていたころを思いだし、泣き叫んでいた。


「せめてわずかな心を持っている間に、逝かせてやろう」

「母さま! だめ!」


 エンプーサが叫ぶも、彼女はまわりの青白い炎を消し去り、道化師(ジョクラトル)に息を吹きかける。

 ケリュネイアの狙いはそこ(・・)だと分かっていながら、ヘカテーはそれ以上苦しむことはない、と牝鹿にささやきかけた。


「やはり愚かな魔女ね、宵闇の魔女。牝鹿は、とうの昔に死んでいるわ。それなのに、情けをかけるなんて」

「いいや、まだ、彼女は死んでいない。今も、おまえの力でもがき苦しんでいる。ならば、それを手にかけてやるのがわれら魔女の使命だよ」

「母さま!」


 (ジョクラトル)はすでにその姿を消し、一メートル強はあるだろうか、切っ先の鋭い(つるぎ)がヘカテーの手に握られていた。その剣はガラスのように透明で、ヘカテーの左目を明るくとらえている。


 狂乱する牝鹿が、ヘカテーへと突進してゆく。彼女はその牝鹿を狩るためだけに、剣をむけた。

 その意味を、見守ることしかできない允嗣にも理解できてしまう。

 捨て身で、あの哀れな牝鹿を楽にさせてやるのだと。


「ヘカテー!」


 黄金色の炎がケリュネイアの身を焼き、やがて巨大な鹿の姿が允嗣の目に映った。エンプーサの舌打ちの声が聞こえる。そうして、これから何がおこるのかも、分かった。

 喉が引きつるような笑声。

 目を焼く黄金の炎。


 牝鹿の、断末魔。




 石畳に散る、血。

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