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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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-1-

「ヘカテーさま。お電話ですよ」

「誰だい?」

「あいつです。あいつ」


 雪がふるなか、電話を受け取った金鵄は、ひどくいやそうな顔をした。ヘカテーは電話の主がそれだけで分かる。

 金鵄があいつといやな顔をするのは、八月朔日(ほずみ)允嗣(よしつぐ)だろう。

 ソファーに座っていたヘカテーがその電話を取ると、不機嫌そうな声が聞こえてきた。


「不本意だが、梢が家に呼んでいる。どうせ暇だろうから、来い」

「暇だろうからって、失礼な子だね。まあ、たしかに暇をもてあましていたが」

「――だろうな。一時間以内に来い。いいな」


 どこか吐き捨てるように伝えたあと、奥の方で「兄さん!」という、彼を叱る梢の声が聞こえてくるが、それもやがて電話が切れてしまう。

 ヘカテーは口もとをゆるめ、そっと目を細めた。

 允嗣の苦々しい表情は見て取れる。


「なんて言ってましたか?」

「一時間以内に、八月朔日邸へ来いと言っている」

「なっ! なんて不躾な!」

「こらこら、金鵄。あの子とわれらは友達だろう? そう言うものじゃないよ」

「と、友達、といっても……」


 金鵄はどこか憤慨しているようだ。彼の気持ちも分からないでもないが、仕方のないことだろう。金鵄は人間ではない。人間の気持ちや思いなど、これからもずっと分からないままなのだろうから。


「さあ、急がねばね。金鵄。支度をおし」

「ええー。仕方がないですね……」


 金鵄はしぶしぶ、自室へと着替えをしに入っていった。

 ヘカテーは黒のアラソンレース、そして袖はビショップスリーブになっているため、それほど寒いというわけでもない。これで白いクロッシェのショールを羽織れば、雪のなかでも大丈夫だろう。

 数分たったあと、金鵄は黒いマフラーと、ベージュのコートを着込んで出てきた。


「金鵄。おまえはなんというか……着ぶくれするねぇ。さすが鳶だ」

「ヘカテーさまが薄着過ぎるんです! これだと風邪を召されますよ!」

「おあいにくさまだね。わたしは風邪なんか引かないよ。魔女だからね。さあ、準備ができたなら行くよ。雪もそろそろひどくなってしまう」



 外に出ると吹雪とまではいかないが、雪がひどくふっていた。

 金鵄とヘカテーはそれぞれ傘をさし、林を抜けるために歩くも、銀世界の世界では距離感がつかめない。

 それでもこの林を、ヘカテーと金鵄は知り尽くしている。目をつむってでも林を抜けられるだろう。


 歩いて15分、つづるように伸びる見えぬ道を抜けると、そこはすでに車がかなり通る、目抜き通りに似た道だ。


「おや」


 歩道を歩いていると、見なれた顔が見えた。

 八月朔日兄妹だ。


「ヘカテーさん、金鵄さん。こんにちは」

「ああ。梢、允嗣。ごきげんよう。」

「……」

「もう、兄さんったら。挨拶くらいしようよ」


 黒ぶちの眼鏡をかけた允嗣は、眼鏡のヘッドを持ち上げ、細いため息をはき出す。

 長く黒い髪の毛の梢は、赤いマフラーを巻いて、ダウンコートを着ているが、とうの允嗣はグレーのスーツにウール混のコートを着ているだけだった。


「おまえを見ていると、寒くなる。首もとくらい、覆ったらどうだ」

「お気づかいなく。大丈夫だ。わたしは魔女だからね」

「……見ているこっちが寒いと言っているんだ! 魔女だ人間だなどと、関係ない!」

「おやおや……」


 ヘカテーはそっと苦笑し、「ではそういうことにしておこう」と允嗣の目を見上げた。よく見ると、澄んだ目をしている。真っ直ぐで、それでもどこか危なっかしい。そうして、自分の信じる道を進む目だ。

 允嗣を見てちいさくほほえむと、彼は目を見開いて足を一歩、引いた。


「な、なんだ」

「どうともしないよ」

「ヘカテーさん、金鵄さん。今日は、このまま出かける予定なんです。お店もとってあるし。ね、兄さん」

「……そういうことだ。分かったら、さっさと来い。凍え死ぬ気か」


 彼は眉をひそませながら前を歩くが、すこしだけ無理をしているような気もする。ヘカテーと梢はちいさく笑いあい、允嗣の背をおいかけた。取り残された金鵄もあわてて三人の背を追う。


「允嗣、どこへ行くのかね? ずいぶん町中を離れていくが」

「隣町に行く」

「隣町か。どんな所なんだい?」

「普通の町だ。ここより、すこし都会的だが」


 二人の後ろを歩く梢と金鵄は、二人を見ながらぽつぽつと話をするものの、あまり話が続かない。

 しかし、梢はなにも思わないのか、かすかに嬉しげに二人の背を見つめた。


「ふふ、兄さん、すこし楽しそう。よかった」

「?」

「金鵄さん、兄はね、早くに父さんと母さんを亡くした私に変わって、たくさん働いてくれたんです。だから、恋人を作る暇もなかった。だから、私、決めたんですよ!」


 どこか興奮気味に、彼女は握りこぶしを作る。

 寒さと興奮に白いほおを染めながら、金鵄だけにこっそりとささやいた。


「ヘカテーさんと、兄さんをくっつけるの!」

「くっつけ、る? どういう意味、で、だ?」


 敬語で話せばいいのかため口でいいのかわからない金鵄は、しどろもどろに問う。

 その質問を舞っていたかのように、彼女はくちびるに手をあてて、「ふふっ」とほほえんだ。


「デートです! ヘカテーさんと兄さんを、たっくさんデートさせて、くっつけるの!」

「なんだかよく分からないけど、それっていいことなのか?」

「とってもいいことよ!」

「へえ……」


 金鵄はよく分からないのか、首をひねっている。気にせずに梢はヘカテーと允嗣を恋人同士にするためにどうするか、やはり興奮気味に話し続けた。


「まずは迷子のふりをして二人っきりにさせて、遠くから見守るんです! とってもいい考えでしょう?」

「……。よく分からないけど、ヘカテーさまにとっていいことなら、なんでもいい」

「さすが金鵄さん! 話が分かりますね!」


 微妙にずれている二人の話の内容を知らず、当人たちは駅にむかって歩いていた。


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