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「ヘカテーさま。お電話ですよ」
「誰だい?」
「あいつです。あいつ」
雪がふるなか、電話を受け取った金鵄は、ひどくいやそうな顔をした。ヘカテーは電話の主がそれだけで分かる。
金鵄があいつといやな顔をするのは、八月朔日允嗣だろう。
ソファーに座っていたヘカテーがその電話を取ると、不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「不本意だが、梢が家に呼んでいる。どうせ暇だろうから、来い」
「暇だろうからって、失礼な子だね。まあ、たしかに暇をもてあましていたが」
「――だろうな。一時間以内に来い。いいな」
どこか吐き捨てるように伝えたあと、奥の方で「兄さん!」という、彼を叱る梢の声が聞こえてくるが、それもやがて電話が切れてしまう。
ヘカテーは口もとをゆるめ、そっと目を細めた。
允嗣の苦々しい表情は見て取れる。
「なんて言ってましたか?」
「一時間以内に、八月朔日邸へ来いと言っている」
「なっ! なんて不躾な!」
「こらこら、金鵄。あの子とわれらは友達だろう? そう言うものじゃないよ」
「と、友達、といっても……」
金鵄はどこか憤慨しているようだ。彼の気持ちも分からないでもないが、仕方のないことだろう。金鵄は人間ではない。人間の気持ちや思いなど、これからもずっと分からないままなのだろうから。
「さあ、急がねばね。金鵄。支度をおし」
「ええー。仕方がないですね……」
金鵄はしぶしぶ、自室へと着替えをしに入っていった。
ヘカテーは黒のアラソンレース、そして袖はビショップスリーブになっているため、それほど寒いというわけでもない。これで白いクロッシェのショールを羽織れば、雪のなかでも大丈夫だろう。
数分たったあと、金鵄は黒いマフラーと、ベージュのコートを着込んで出てきた。
「金鵄。おまえはなんというか……着ぶくれするねぇ。さすが鳶だ」
「ヘカテーさまが薄着過ぎるんです! これだと風邪を召されますよ!」
「おあいにくさまだね。わたしは風邪なんか引かないよ。魔女だからね。さあ、準備ができたなら行くよ。雪もそろそろひどくなってしまう」
外に出ると吹雪とまではいかないが、雪がひどくふっていた。
金鵄とヘカテーはそれぞれ傘をさし、林を抜けるために歩くも、銀世界の世界では距離感がつかめない。
それでもこの林を、ヘカテーと金鵄は知り尽くしている。目をつむってでも林を抜けられるだろう。
歩いて15分、つづるように伸びる見えぬ道を抜けると、そこはすでに車がかなり通る、目抜き通りに似た道だ。
「おや」
歩道を歩いていると、見なれた顔が見えた。
八月朔日兄妹だ。
「ヘカテーさん、金鵄さん。こんにちは」
「ああ。梢、允嗣。ごきげんよう。」
「……」
「もう、兄さんったら。挨拶くらいしようよ」
黒ぶちの眼鏡をかけた允嗣は、眼鏡のヘッドを持ち上げ、細いため息をはき出す。
長く黒い髪の毛の梢は、赤いマフラーを巻いて、ダウンコートを着ているが、とうの允嗣はグレーのスーツにウール混のコートを着ているだけだった。
「おまえを見ていると、寒くなる。首もとくらい、覆ったらどうだ」
「お気づかいなく。大丈夫だ。わたしは魔女だからね」
「……見ているこっちが寒いと言っているんだ! 魔女だ人間だなどと、関係ない!」
「おやおや……」
ヘカテーはそっと苦笑し、「ではそういうことにしておこう」と允嗣の目を見上げた。よく見ると、澄んだ目をしている。真っ直ぐで、それでもどこか危なっかしい。そうして、自分の信じる道を進む目だ。
允嗣を見てちいさくほほえむと、彼は目を見開いて足を一歩、引いた。
「な、なんだ」
「どうともしないよ」
「ヘカテーさん、金鵄さん。今日は、このまま出かける予定なんです。お店もとってあるし。ね、兄さん」
「……そういうことだ。分かったら、さっさと来い。凍え死ぬ気か」
彼は眉をひそませながら前を歩くが、すこしだけ無理をしているような気もする。ヘカテーと梢はちいさく笑いあい、允嗣の背をおいかけた。取り残された金鵄もあわてて三人の背を追う。
「允嗣、どこへ行くのかね? ずいぶん町中を離れていくが」
「隣町に行く」
「隣町か。どんな所なんだい?」
「普通の町だ。ここより、すこし都会的だが」
二人の後ろを歩く梢と金鵄は、二人を見ながらぽつぽつと話をするものの、あまり話が続かない。
しかし、梢はなにも思わないのか、かすかに嬉しげに二人の背を見つめた。
「ふふ、兄さん、すこし楽しそう。よかった」
「?」
「金鵄さん、兄はね、早くに父さんと母さんを亡くした私に変わって、たくさん働いてくれたんです。だから、恋人を作る暇もなかった。だから、私、決めたんですよ!」
どこか興奮気味に、彼女は握りこぶしを作る。
寒さと興奮に白いほおを染めながら、金鵄だけにこっそりとささやいた。
「ヘカテーさんと、兄さんをくっつけるの!」
「くっつけ、る? どういう意味、で、だ?」
敬語で話せばいいのかため口でいいのかわからない金鵄は、しどろもどろに問う。
その質問を舞っていたかのように、彼女はくちびるに手をあてて、「ふふっ」とほほえんだ。
「デートです! ヘカテーさんと兄さんを、たっくさんデートさせて、くっつけるの!」
「なんだかよく分からないけど、それっていいことなのか?」
「とってもいいことよ!」
「へえ……」
金鵄はよく分からないのか、首をひねっている。気にせずに梢はヘカテーと允嗣を恋人同士にするためにどうするか、やはり興奮気味に話し続けた。
「まずは迷子のふりをして二人っきりにさせて、遠くから見守るんです! とってもいい考えでしょう?」
「……。よく分からないけど、ヘカテーさまにとっていいことなら、なんでもいい」
「さすが金鵄さん! 話が分かりますね!」
微妙にずれている二人の話の内容を知らず、当人たちは駅にむかって歩いていた。




