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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
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-1-

 だいぶ憔悴しきっているようすだ。

 八月朔日(ほずみ)允嗣(よしつぐ)は、黒いふちの眼鏡を押し上げて、何も言わずに背をむけた。


「ついてこい」

「お待ち」


 雨が本格的にふりだしたあと、八月朔日は二人に背をむけたまま、どこかいらだった様子で「なんだ」とつぶやく。

 まるで霧がかかったように薄暗く染まった町は、まるで死んでいるようだ。


「最初に言っておこうか。――はやまったまねは、しないほうがいいよ」

「……」


 男は何も言わず、傘をささずに雨音しか聞こえない道を歩きはじめる。金鵄はその鋭いアンバーの目で八月朔日をにらみつけていた。


「ヘカテーさま。なんか、変じゃありませんか?」

「なにがだい」

「あいつですよ。八月朔日、なんか大人しいっていうか」

「そりゃそうだろう。実の妹がいなくなったんだから」


 そんなもんですかねぇと金鵄は首をひねる。「妹」という存在の意味をわかっていないのだろう。

 まるで死人が歩いているかのようにふらついている八月朔日は、相当妹をかわいがっているのだと見て取れた。


「……八月朔日の家族は、妹しかいなかったと聞いたことがあるね」


 ヘカテーのつぶやきは、雨音に消えて誰にも聞こえはしなかった。




 八月朔日、と書かれた表札はひどく古びていたが、家自体はきれいなものだ。ごくごく普通の一軒家だが、ヘカテーの目にはその家全体になにかが(・・・・)うずまいているようにも見える。


「……」


 金鵄がすこしだけ怯えている。


「よくまあ、これだけためたものだね。八月朔日」

「何のことだ」


 玄関前にきて、ようやく口を開いた男は、生気が抜け、死人のように青ざめた顔をしていた。


「分かっているだろう。八月朔日。きみ、このままだと死ぬよ」

「……」

「好き嫌い……いや、人間の言葉でいうと、食わず嫌いといったほうがいいかな? 食わず嫌いをしているひまなどないよ」

「……何を見た? 魔女」

「なにって、ありのままだよ。妹君を見つけるのが先だろう。こんなことをしている暇はないはずだが」


 青ざめた顔の八月朔日は、息をつめてから「入れ」と玄関の扉をあけた。そこは、前が見えないほどに薄汚れた気をしている。金鵄は怯え、ヘカテーのうしろにただ控えていた。


「なるほど。これはまた、ずいぶんと淀んでいる。お仏壇はどこにある?」

「……こっちだ」


 まっすぐ続く廊下を歩くと、すぐ横に和室があり、そこに立派な仏壇があった。ふつうは金色に輝いているところだが、ヘカテーの目にはまるでどす黒い、赤や青、紫や黄をいっしょくたにしたような黒がぬられているように見える。


「きみの父君と母君は、警察官だったようだね」

「……」

「沈黙は是、といったところか。まあ、そうだろう。簡潔に述べよう。きみの妹君は、ご両親を恨んだ人間の仕業だ。たぶん、男。刑務所から出てきたばかり。そして、年齢は――60歳前後というところか」

「!!」


 息をのむ音が聞こえる。図星なのだろう。

 それにしても、厄介(・・)だ。男は八月朔日の両親に何らかの罪で逮捕され、それを逆恨みした、というところか。それだけならば、警察も動けよう。ただ、今回はちがう。今回は、人知の及ばぬものが関わっているのだ。それも、魔女たちの敵とも言えるものどもが。


「それだけ……分かるのか……」

「ああ、分かるさ。わたしは魔女だ。人間とはちがう。まあいい。金鵄。このあたり一帯をすこし回ってきてくれないか。犯人は、この辺りにいる。たぶんね」

「ええー……。俺、こういうのも何ですけど、……すごく、気分が悪くってですね……」

「そりゃちょうどいい。気分転換にしておいで。ちゃんと見つけられたら、今日はステーキだ」

「す、ステーキ! 了解しました、ヘカテーさま!」


 金鵄はまるで生き返ったかのように生気を取り戻し、玄関へ走っていった。まったく行儀が悪い、とつぶやくも、もう聞こえはしないだろう。

 道化師(ジョクラトル)を手にとって、その(カエルレウス)にそっと息を吹く。

 たちまちそれは白い煙になり、淀んだ黒ずんだ空気を浄化するも、それは一時のものにしかならない。


「すこしは具合もよくなったんじゃないかい?」

「――……ああ」


 青ざめた顔色も、すこし、ほんのわずかだが良くなってきたが、それも一時のものだ。黒ぶちの眼鏡を押し上げると、リビングにつれられる。


「紅茶でいいか」

「あ、ああ。何でもいいよ」


 すこし驚く。毛嫌いしているヘカテーに、わざわざ紅茶を入れるなど。キッチンへむかった八月朔日の背中は、やはり疲れ果てているようだ。当たり前だろう。こんな家にずっといれば、発狂してもおかしくはないのだから。

 やがて紅茶をふたつ持ってきた八月朔日は、ローテーブルに置くと、むかいがわのソファーに座った。


「金鵄、という男はいったい何ものなんだ?」

「使い魔だと、言ったはずだが」

「使い魔とは、いったい何なんだ? 人間なのか?」

「使い魔は、わたしのしもべさ。人間じゃない。あれは、金鵄――名のとおり、金色の(トビ)のことだ。まあ、この国では八咫烏と言われているらしいが」


 男――八月朔日は目を見開き、「神なのか?」とたずねてくるも、ヘカテーはそれをきっぱりと否定した。


「ちがう。われら魔女は、神こそが(かたき)。金鵄という名は、あの子が最初から持っていた名だ。わたしがつけたわけじゃない」

「……そうか」

「ああ。わたしからも一つ、訪ねたいことがある」

「なんだ」

「なぜ、わたしたちをそんなに毛嫌いする?」

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