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カエルレウスの魔女  作者: イヲ
mag-2-
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-6-

 次の日、テレビのニュースで大々的に取り上げられたのは、連続殺人の犯人が逮捕された、というものだった。

 あの少年は、二件の事件を認めているという。動機は「自分は特別だから、生意気な女を殺してやった」と証言しているらしい。


「まったく、ふざけた奴ですね! なんか腹が立ってきましたよ!」

「そうだね。それでも、殺害方法が分からないままでは、罰はどうなるかわからない。まあ、そこの所は人間たちに任せるさ」


 カフェイン抜きの緑茶を飲みながら、ヘカテーはため息をはき出した。これからあの少年は地獄を味わうことになるだろう。死ぬまで苦しまなければならないのだから。


 丘の上の魔女は人を食うとも人を救うともされるとは、こういうことなのだ。



「……それにしても、あの少年を眷属に変えたケリュネイア……。今回は現れなかったですね」

「どうせ、高みの見物でもしてるんじゃないか。いつも通り」

「ああ、なるほど。それっぽいですね」

「あの女はいつもうそうだ。いつもいつも――人間を殺し続ける。……おや?」


 小屋のちいさなエントランスから、ことん、という音が聞こえた。郵便だろう。バイクの音も聞こえてくる。


「ヘカテーさま。郵便ですよ」

「ああ、ありがとう」


 ラベンダー色の封筒には、丁寧にロウで封をされていた。

 差出人名は書いていない。だが、ヘカテーはそれが何なのか、すぐに理解した。金鵄は不思議そうにそのラベンダー色の封筒を見下ろしている。

 ロウの文様は白百合(リリウム)。レオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』に描かれた、大天使ガブリエルが持つ白百合だ。そこにはおしべが描かれていた。他の受胎告知の白百合は、「おしべ」は描かれてはいないのだ。その意味――イエス・キリストには「父」がいたということを、このロウの文様に凝縮されている。


「なんですか? この封筒。だれからですか?」

「ああ――。夜会のお誘いだよ。差出人名は書いていない。まあ、見当はついているけどね」

「夜会かぁ。そういえば久しく行っていないですね。ってなると、やっぱりあの人ですか?」

「ああ。あいつだよ。レトのやつさ」

「レトさんって、本当に夜会が好きですよねぇ」

「仕方ないさ。それくらいしか楽しみがないんだから」


 ラベンダー色の封筒を引き出しにしまうと、ふいに電話のベルが鳴る。今時珍しいらしい、黒電話だ。受話器はボロボロだが、まだつかえるので使っている。


「もしもし」

「――……」


 電話に出ても、むこうは何も言わない。

 だが、いつものこと(・・・・・・)だ。ヘカテーはむこうが誰なのか分かっているが故に、「やれやれ」とちいさく息を吐き出す。


八月朔日(ほずみ)。いくらわたしたちのことが嫌いだからと言って、何も言わないのは社会人としてどうなんだい」

「……チッ。なんで俺がお前たちなどに礼の電話なぞしなくてはいけないんだ……」

「聞こえているよ。八月朔日。礼はいらないと小林署長に言っておいておくれ」

「――犯人の少年だが、様子がおかしい。貴様、何かしたな?」

「さあね。ちょっとこらしめてやっただけだよ。きみの大嫌いな魔法(・・)でね」


 耳の奥に残るような大きな音をたてて、八月朔日からの電話が切れた。

 まるでだだをこねる子どもだ。


「それなりの理由があるみたいだけど」

「ヘカテーさま。あいつからの電話ですか?」

「そうだよ。やれやれ、相変わらず頭に血が上りやすい人間だ」

「やっぱり俺、あいつ嫌いです。俺たちの存在を認めてないんですから。目の前にいるんだから、さっさと認めればいいのに」

「まあ、理由があるんだろう。わたしたちはそれを知らない。それでいいんじゃないか」


 理由を知らないのにけん制するのは簡単だが、それはしてはならないことだ。

 ヘカテーの答えに金鵄は不満そうにしているが、しかたがない。いまだ彼は幼いのだから、仕方がないところもあるだろう。


「――おまえがここに来て、どれくらいたつだろうねぇ」

「ええ? なんですか、いきなり」


 ヘカテーはソファーにすわり、ため息をこぼすように呟いた。


「そうですねぇ。もう40年はたつんじゃないですか?」

「そうか。もうそんなにたつんだね」

「な、なんですか? なにかあるんですか?」

「いや、わたしもそろそろ年だ。おまえもじき、独り立ちする日が来るだろうからね」


 外は雨が降ってきた。地面をうがつ雨の音がどこか心地いい。

 金鵄――すなわち金色の鵄がヘカテーのもとに来て40年がたつ。もともとは普通の鵄だった彼がヘカテーの力によって「金鵄」となったのは、それなりの理由があった。


「やだな。ヘカテーさま。魔女の120歳なんて、まだまだじゃないですか」

「まあ、そうだけどさ。おまえはいいのかい? 独り立ちしたいとか、あるんじゃないのかね」


 金鵄は「ううん」と腕をくみながら唸るが、結局はかぶりをふった。


「今のままでもじゅうぶんですよ。俺は使い魔が性に合っている気がしますし」

「そうかい。なら、いいんだけどね」

「それに俺、ヘカテーさまにお茶くみするの好きなんですよ」

「おやおや、それはありがたい言葉だね」


 ふふ、とわらったヘカテーの表情は、ほんのすこしだけ寂しそうにも見えた。

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