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次の日、テレビのニュースで大々的に取り上げられたのは、連続殺人の犯人が逮捕された、というものだった。
あの少年は、二件の事件を認めているという。動機は「自分は特別だから、生意気な女を殺してやった」と証言しているらしい。
「まったく、ふざけた奴ですね! なんか腹が立ってきましたよ!」
「そうだね。それでも、殺害方法が分からないままでは、罰はどうなるかわからない。まあ、そこの所は人間たちに任せるさ」
カフェイン抜きの緑茶を飲みながら、ヘカテーはため息をはき出した。これからあの少年は地獄を味わうことになるだろう。死ぬまで苦しまなければならないのだから。
丘の上の魔女は人を食うとも人を救うともされるとは、こういうことなのだ。
「……それにしても、あの少年を眷属に変えたケリュネイア……。今回は現れなかったですね」
「どうせ、高みの見物でもしてるんじゃないか。いつも通り」
「ああ、なるほど。それっぽいですね」
「あの女はいつもうそうだ。いつもいつも――人間を殺し続ける。……おや?」
小屋のちいさなエントランスから、ことん、という音が聞こえた。郵便だろう。バイクの音も聞こえてくる。
「ヘカテーさま。郵便ですよ」
「ああ、ありがとう」
ラベンダー色の封筒には、丁寧にロウで封をされていた。
差出人名は書いていない。だが、ヘカテーはそれが何なのか、すぐに理解した。金鵄は不思議そうにそのラベンダー色の封筒を見下ろしている。
ロウの文様は白百合。レオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』に描かれた、大天使ガブリエルが持つ白百合だ。そこにはおしべが描かれていた。他の受胎告知の白百合は、「おしべ」は描かれてはいないのだ。その意味――イエス・キリストには「父」がいたということを、このロウの文様に凝縮されている。
「なんですか? この封筒。だれからですか?」
「ああ――。夜会のお誘いだよ。差出人名は書いていない。まあ、見当はついているけどね」
「夜会かぁ。そういえば久しく行っていないですね。ってなると、やっぱりあの人ですか?」
「ああ。あいつだよ。レトのやつさ」
「レトさんって、本当に夜会が好きですよねぇ」
「仕方ないさ。それくらいしか楽しみがないんだから」
ラベンダー色の封筒を引き出しにしまうと、ふいに電話のベルが鳴る。今時珍しいらしい、黒電話だ。受話器はボロボロだが、まだつかえるので使っている。
「もしもし」
「――……」
電話に出ても、むこうは何も言わない。
だが、いつものことだ。ヘカテーはむこうが誰なのか分かっているが故に、「やれやれ」とちいさく息を吐き出す。
「八月朔日。いくらわたしたちのことが嫌いだからと言って、何も言わないのは社会人としてどうなんだい」
「……チッ。なんで俺がお前たちなどに礼の電話なぞしなくてはいけないんだ……」
「聞こえているよ。八月朔日。礼はいらないと小林署長に言っておいておくれ」
「――犯人の少年だが、様子がおかしい。貴様、何かしたな?」
「さあね。ちょっとこらしめてやっただけだよ。きみの大嫌いな魔法でね」
耳の奥に残るような大きな音をたてて、八月朔日からの電話が切れた。
まるでだだをこねる子どもだ。
「それなりの理由があるみたいだけど」
「ヘカテーさま。あいつからの電話ですか?」
「そうだよ。やれやれ、相変わらず頭に血が上りやすい人間だ」
「やっぱり俺、あいつ嫌いです。俺たちの存在を認めてないんですから。目の前にいるんだから、さっさと認めればいいのに」
「まあ、理由があるんだろう。わたしたちはそれを知らない。それでいいんじゃないか」
理由を知らないのにけん制するのは簡単だが、それはしてはならないことだ。
ヘカテーの答えに金鵄は不満そうにしているが、しかたがない。いまだ彼は幼いのだから、仕方がないところもあるだろう。
「――おまえがここに来て、どれくらいたつだろうねぇ」
「ええ? なんですか、いきなり」
ヘカテーはソファーにすわり、ため息をこぼすように呟いた。
「そうですねぇ。もう40年はたつんじゃないですか?」
「そうか。もうそんなにたつんだね」
「な、なんですか? なにかあるんですか?」
「いや、わたしもそろそろ年だ。おまえもじき、独り立ちする日が来るだろうからね」
外は雨が降ってきた。地面をうがつ雨の音がどこか心地いい。
金鵄――すなわち金色の鵄がヘカテーのもとに来て40年がたつ。もともとは普通の鵄だった彼がヘカテーの力によって「金鵄」となったのは、それなりの理由があった。
「やだな。ヘカテーさま。魔女の120歳なんて、まだまだじゃないですか」
「まあ、そうだけどさ。おまえはいいのかい? 独り立ちしたいとか、あるんじゃないのかね」
金鵄は「ううん」と腕をくみながら唸るが、結局はかぶりをふった。
「今のままでもじゅうぶんですよ。俺は使い魔が性に合っている気がしますし」
「そうかい。なら、いいんだけどね」
「それに俺、ヘカテーさまにお茶くみするの好きなんですよ」
「おやおや、それはありがたい言葉だね」
ふふ、とわらったヘカテーの表情は、ほんのすこしだけ寂しそうにも見えた。