表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

 次の日、僕は練習を無断で休んだ。

 そして僕は今まで、練習をサボったことがなかったという事実に気がついて、なんだか自分で驚いた。

 そりゃあランニング中に木陰で休んだり、筋トレしてるふりをして力を抜いたり、そんなことはしょっちゅうだったけど……こんなふうに朝から練習に行かなかったのは、初めてだったのだ。

 母さんがパートに出かけたのを見計らって部屋から出る。誰もいないリビングでエアコンをきかせてテレビを見る。

 今日一日、僕は自由なんだ。川田先生に何か言われたら、風邪をひいて寝込んでたとでも言えばいい。どうせあと何日かで引退なんだし。

「……引退か」

 リモコンでテレビを消してソファーに寝ころぶ。

 あと少しで引退なのに、僕はこんな所で何をやっているんだろう。

 ぎゅっと固く目を閉じた。眠ろうとしても眠れない。

 それどころかなぜか美空の顔が浮かんできて、僕はぶるぶると頭を振って体を起こす。

 僕の頭に浮かんだ美空は、どうしてだかものすごく哀しそうな顔をしていた。


「なにお前、練習サボってんだよ?」

 夕方、僕の家に玲二が来た。ユニフォーム姿のままの玲二は、僕を見てにやにや笑っている。

「サボったんじゃねぇよ。ちょっと具合が悪くて……」

「嘘つけ! お前が無断で休んだから、川田のヤツ、めっちゃ機嫌悪かったぞ?」

 じゃあもう練習には行けないな。どうせならこのまま引退してしまおうか。

「明日は来るんだろ?」

 僕の前で玲二が言った。

「お前がいないから、ミクのヤツ、元気なかったぞ?」

「まさか」

「だってあいつ、今日はエラーばっかりして。声も全然出てなかったし」

「それは……」

 それは昨日、僕がひどいことを言ったからだ。

「とにかく明日は来いよ。もうすぐ大会だし。川田に何か言われたら、風邪で寝込んでたっておれが嘘の証言してやる」

 わははと笑って玲二が背中を向ける。僕はそんな玲二につぶやいた。

「……お前はいいよな。気楽で」

「は?」

 玄関先で玲二が振り返る。

「なんだかんだ言ったって、お前はいつもレギュラーじゃん。たいして努力もしてないくせに……お前のほうこそ、川田に気に入られてんじゃねーの?」

 なんだコレ。ただのひがみじゃないか。こんなこと、玲二に言うつもりなかったのに。

「コタ……お前……」

 一瞬顔をしかめた後、玲二はにかっと笑い、僕に向かって腕を伸ばす。

「じゃーん! コタよ、これを見ろ!」

 僕の目の前に玲二の手のひら。

「見ろよ、これ。マメ、マメ! マメがつぶれるほど、おれ、素振りやっちゃってるんだよねー」

「はぁ?」

 ふふんと玲二は、勝ち誇ったように僕を見る。

「お前も誘ったじゃん。一緒に夜、素振りやろうぜって。それなのにお前来ないからさぁ」

 そういえばずっと前、そんなこともあった。まさか玲二が本当にやるとは思わなかったから。

「もしかしてあれからずっと……続けてたのか?」

「そういうこと。それほどの努力がなくちゃ、レギュラーの座は守れないからな」

 ――コタはなんにも頑張ってないじゃん。

 僕の耳に、昨日の美空の声が聞こえてくる。

「じゃあな。もしビビッてひとりで来れないなら、明日おれが迎えに来てやってもいいけど?」

「うるせぇ。ひとりで行けるよ、練習ぐらい」

 玲二がいつものように、にやっと笑った。

「そんじゃ、また明日な」

 軽く手を振る、玲二の背中を見送る。

 ――結局負けるのが怖いんでしょ。

 美空に言われたことは間違っていない。

 僕は玲二にも、龍介にも、美空にも、負けるのが怖くて……だから戦う前から逃げていた。

 まだなんにもやってないのに。やろうともしてないのに。

「なんだコレ……おれだけカッコ悪すぎじゃん……」

 なんだかおかしくて笑いがもれる。両手で顔を覆ったら、なぜだか涙が出ていて、泣きたいのか笑いたいのか、自分で自分がわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ