7
次の日、僕は練習を無断で休んだ。
そして僕は今まで、練習をサボったことがなかったという事実に気がついて、なんだか自分で驚いた。
そりゃあランニング中に木陰で休んだり、筋トレしてるふりをして力を抜いたり、そんなことはしょっちゅうだったけど……こんなふうに朝から練習に行かなかったのは、初めてだったのだ。
母さんがパートに出かけたのを見計らって部屋から出る。誰もいないリビングでエアコンをきかせてテレビを見る。
今日一日、僕は自由なんだ。川田先生に何か言われたら、風邪をひいて寝込んでたとでも言えばいい。どうせあと何日かで引退なんだし。
「……引退か」
リモコンでテレビを消してソファーに寝ころぶ。
あと少しで引退なのに、僕はこんな所で何をやっているんだろう。
ぎゅっと固く目を閉じた。眠ろうとしても眠れない。
それどころかなぜか美空の顔が浮かんできて、僕はぶるぶると頭を振って体を起こす。
僕の頭に浮かんだ美空は、どうしてだかものすごく哀しそうな顔をしていた。
「なにお前、練習サボってんだよ?」
夕方、僕の家に玲二が来た。ユニフォーム姿のままの玲二は、僕を見てにやにや笑っている。
「サボったんじゃねぇよ。ちょっと具合が悪くて……」
「嘘つけ! お前が無断で休んだから、川田のヤツ、めっちゃ機嫌悪かったぞ?」
じゃあもう練習には行けないな。どうせならこのまま引退してしまおうか。
「明日は来るんだろ?」
僕の前で玲二が言った。
「お前がいないから、ミクのヤツ、元気なかったぞ?」
「まさか」
「だってあいつ、今日はエラーばっかりして。声も全然出てなかったし」
「それは……」
それは昨日、僕がひどいことを言ったからだ。
「とにかく明日は来いよ。もうすぐ大会だし。川田に何か言われたら、風邪で寝込んでたっておれが嘘の証言してやる」
わははと笑って玲二が背中を向ける。僕はそんな玲二につぶやいた。
「……お前はいいよな。気楽で」
「は?」
玄関先で玲二が振り返る。
「なんだかんだ言ったって、お前はいつもレギュラーじゃん。たいして努力もしてないくせに……お前のほうこそ、川田に気に入られてんじゃねーの?」
なんだコレ。ただのひがみじゃないか。こんなこと、玲二に言うつもりなかったのに。
「コタ……お前……」
一瞬顔をしかめた後、玲二はにかっと笑い、僕に向かって腕を伸ばす。
「じゃーん! コタよ、これを見ろ!」
僕の目の前に玲二の手のひら。
「見ろよ、これ。マメ、マメ! マメがつぶれるほど、おれ、素振りやっちゃってるんだよねー」
「はぁ?」
ふふんと玲二は、勝ち誇ったように僕を見る。
「お前も誘ったじゃん。一緒に夜、素振りやろうぜって。それなのにお前来ないからさぁ」
そういえばずっと前、そんなこともあった。まさか玲二が本当にやるとは思わなかったから。
「もしかしてあれからずっと……続けてたのか?」
「そういうこと。それほどの努力がなくちゃ、レギュラーの座は守れないからな」
――コタはなんにも頑張ってないじゃん。
僕の耳に、昨日の美空の声が聞こえてくる。
「じゃあな。もしビビッてひとりで来れないなら、明日おれが迎えに来てやってもいいけど?」
「うるせぇ。ひとりで行けるよ、練習ぐらい」
玲二がいつものように、にやっと笑った。
「そんじゃ、また明日な」
軽く手を振る、玲二の背中を見送る。
――結局負けるのが怖いんでしょ。
美空に言われたことは間違っていない。
僕は玲二にも、龍介にも、美空にも、負けるのが怖くて……だから戦う前から逃げていた。
まだなんにもやってないのに。やろうともしてないのに。
「なんだコレ……おれだけカッコ悪すぎじゃん……」
なんだかおかしくて笑いがもれる。両手で顔を覆ったら、なぜだか涙が出ていて、泣きたいのか笑いたいのか、自分で自分がわからなかった。