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 土手の上に腰かけて、ゆるやかな川の流れをぼんやりと見ていた。空は群青色に変わり、草の上を通り抜ける風は、涼しさと静けさを運んでくる。

 ゆっくりと首を回して、学校から続く真っ直ぐな道に視線を移す。すると、いつものように重たそうにバッグを持った、あいつの姿が見えた。

「そこにいるの……コタ?」

 僕はあわてて顔をそむける。だけど美空は小走りになって、僕に向かって駆け寄ってくる。

「なに? まだ帰ってなかったの? コタ、とっくに玲二と帰ったよね?」

「玲二と遊んでたんだよ。そんで今、たまたまここを通りかかったの」

 僕はさりげなく立ち上がって、ズボンの尻を叩く。

 玲二と遊んでいたなんて、嘘だ。僕は結局遊びには行かずに、ずっとここで待っていた。

 美空が――帰ってくるのを、待っていたんだ。

「……なんか、嘘っぽいな」

 そんなことを言いながら、美空は僕の顔をのぞきこむ。

「な、なんで嘘なんだよ? おれがお前に嘘つく必要なんてあるのかよ?」

「べつに。どうでもいいけど」

 美空が僕の前で小さく笑う。だけど今日の美空はどことなく元気がなかった。


 土手の上に立ち、僕たちはどちらともなく歩き出した。あたりはもう、薄暗くなっている。美空はいつまでも黙ったままで、なんだかこっちまで調子が狂う。

「あのさ……お前さ」

 沈黙に耐えられなくなって、話しかけたのは僕のほうだ。

「マジで全国とか、目指してるわけ?」

 僕の声に美空が顔を上げた。そしてゆっくりと視線をこちらに向ける。

「なんで?」

「なんでって……今日もひとりで走ってたし」

「ああ……それは」

 美空の口元がかすかに緩む。

「なんとなく走りたかっただけ。だよ!」

 そしてバッグを肩にかけたまま、すべてを振り切るように伸びをする。

 空に伸びる美空の腕。だけどそれはやっぱり細くて……こんな時僕は、美空のことを女の子なんだと意識する。

「そういう日ってない?」

「ねぇよ。そんなの」

 僕の隣で美空が笑う。その笑顔は、もういつもの美空だ。

「コタ……ありがとね」

「なにが?」

「待っててくれたんでしょ? あたしのこと」

 僕は聞こえないふりをして、前を見て歩く。

「ねぇ、コタってば」

 美空が後をついてくる。ずり落ちそうなバッグを、たぶん必死に肩にかけながら。

「ねぇ、コタ」

「あー、もう、うるさいな!」

「これからさ、ウチに来ない?」

「へ?」

 間の抜けた声を出した僕を見て、美空がおかしそうに笑っている。

「今日ね、お母さん、出かけてていないの」

「へ、へぇ……」

「今夜はあたしがカレー作るんだ。よかったら、コタにもご馳走するよ?」

 これからカレーを作るって? 一日中練習して、さらにあんなに走った後に?

「いいよ、遠慮しとく。だいたいお前の作ったカレーなんか食えるのか?」

「失礼な! お母さんがいない日は、あたしがいつも作ってるんだよ!」

「嘘だろ?」

「お弁当だって、自分で作ってるんだから」

 それは……お母さんが作ってくれないから、だろ?

 美空が僕の前でくすくす笑う。その笑顔を見ていたら、どうしてだかもう少し、美空と一緒にいたくなった。

「ね? おいでよ、コタ」

「しょうがねぇから、行ってやるか」

「素直にあたしのカレー食べたいって、言えばいいのに」

 美空の笑い声が夜空へ飛ぶ。僕は黙って、隣を歩く美空を見る。

 僕たちの距離はものすごく近くて……だけど近すぎて届かない気持ちって、あるような気がした。

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