5
土手の上に腰かけて、ゆるやかな川の流れをぼんやりと見ていた。空は群青色に変わり、草の上を通り抜ける風は、涼しさと静けさを運んでくる。
ゆっくりと首を回して、学校から続く真っ直ぐな道に視線を移す。すると、いつものように重たそうにバッグを持った、あいつの姿が見えた。
「そこにいるの……コタ?」
僕はあわてて顔をそむける。だけど美空は小走りになって、僕に向かって駆け寄ってくる。
「なに? まだ帰ってなかったの? コタ、とっくに玲二と帰ったよね?」
「玲二と遊んでたんだよ。そんで今、たまたまここを通りかかったの」
僕はさりげなく立ち上がって、ズボンの尻を叩く。
玲二と遊んでいたなんて、嘘だ。僕は結局遊びには行かずに、ずっとここで待っていた。
美空が――帰ってくるのを、待っていたんだ。
「……なんか、嘘っぽいな」
そんなことを言いながら、美空は僕の顔をのぞきこむ。
「な、なんで嘘なんだよ? おれがお前に嘘つく必要なんてあるのかよ?」
「べつに。どうでもいいけど」
美空が僕の前で小さく笑う。だけど今日の美空はどことなく元気がなかった。
土手の上に立ち、僕たちはどちらともなく歩き出した。あたりはもう、薄暗くなっている。美空はいつまでも黙ったままで、なんだかこっちまで調子が狂う。
「あのさ……お前さ」
沈黙に耐えられなくなって、話しかけたのは僕のほうだ。
「マジで全国とか、目指してるわけ?」
僕の声に美空が顔を上げた。そしてゆっくりと視線をこちらに向ける。
「なんで?」
「なんでって……今日もひとりで走ってたし」
「ああ……それは」
美空の口元がかすかに緩む。
「なんとなく走りたかっただけ。だよ!」
そしてバッグを肩にかけたまま、すべてを振り切るように伸びをする。
空に伸びる美空の腕。だけどそれはやっぱり細くて……こんな時僕は、美空のことを女の子なんだと意識する。
「そういう日ってない?」
「ねぇよ。そんなの」
僕の隣で美空が笑う。その笑顔は、もういつもの美空だ。
「コタ……ありがとね」
「なにが?」
「待っててくれたんでしょ? あたしのこと」
僕は聞こえないふりをして、前を見て歩く。
「ねぇ、コタってば」
美空が後をついてくる。ずり落ちそうなバッグを、たぶん必死に肩にかけながら。
「ねぇ、コタ」
「あー、もう、うるさいな!」
「これからさ、ウチに来ない?」
「へ?」
間の抜けた声を出した僕を見て、美空がおかしそうに笑っている。
「今日ね、お母さん、出かけてていないの」
「へ、へぇ……」
「今夜はあたしがカレー作るんだ。よかったら、コタにもご馳走するよ?」
これからカレーを作るって? 一日中練習して、さらにあんなに走った後に?
「いいよ、遠慮しとく。だいたいお前の作ったカレーなんか食えるのか?」
「失礼な! お母さんがいない日は、あたしがいつも作ってるんだよ!」
「嘘だろ?」
「お弁当だって、自分で作ってるんだから」
それは……お母さんが作ってくれないから、だろ?
美空が僕の前でくすくす笑う。その笑顔を見ていたら、どうしてだかもう少し、美空と一緒にいたくなった。
「ね? おいでよ、コタ」
「しょうがねぇから、行ってやるか」
「素直にあたしのカレー食べたいって、言えばいいのに」
美空の笑い声が夜空へ飛ぶ。僕は黙って、隣を歩く美空を見る。
僕たちの距離はものすごく近くて……だけど近すぎて届かない気持ちって、あるような気がした。