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「コタ。しっかりね。お母さん、お兄ちゃんとスタンドで応援してるから」

「あのさ、何度も言うけど……おれ、出るかわかんないよ?」

「コーチャーでも伝令でもいいから、とにかく出なさい」

 そんな……むちゃくちゃすぎる。

 気合いの入った母さんの声を背中に聞きながら、自分の胸に手を当てる。ユニフォーム越しに触れた柔らかな感触は、美空からもらった手作りのお守り。

「んじゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃい! 頑張ってね!」

 玄関先で振り返ると、僕を見守る母さんの後ろで、龍介が敬礼するように軽く右手を上げた。


 日曜日の空は青く晴れ渡っていた。僕は土手の上を自転車で走る。

 川はゆるやかなカーブを描いて朝の光に輝き、緑の草は風にそよそよと揺れている。

 やがていつもの場所が近づき、僕は自転車のスピードをゆるめた。

 目に映ったのは、道の片隅に自転車を止めて、空を見ている横顔。

 ――ねぇ、コタ? あたしの名前、知ってる?

 いつか聞いた声がなぜか浮かんだ。

 ――『美しい空』って書くの。

 ああ、そうだな……今日もあいつの上には綺麗な空が広がっている。

「あ、コタ。おはよー」

 僕に気がついて、笑いかける美空。

 そうか……やっと思い出した。

 美空のその笑顔をもっと見たくて、僕は野球を始めたんだった。


 炎天下の市民球場のスタンドには、ユニフォームを着た野球部員の他にも、吹奏楽の部員や制服を着た生徒の姿がちらほらと見えた。

 たいして強くもない野球部だけど、夏の大会となれば、応援にもそれなりに力が入る。そしてその応援に、僕たちが応えられるのかどうか……ちょっと不安になったりもする。

 慣れないグラウンドでキャッチボールをしながら、スタンドを見上げる。

 同じ色のメガホンを持った下級生たち。その一番前で、フェンスに張り付くようにしてこちらを見下ろしている美空の姿。

「最近あたし、思ったんだけど」

 今朝、僕と並んで自転車をこぎながら美空が言った。

「応援してもらったからって、絶対勝たなきゃダメってわけじゃないと思うんだ」

 意味がよくわからなくて隣を見る。美空は気持ちよさそうに少し上を見上げている。

「そりゃあ試合は勝った方がいいよ? 誰だって勝つためにやってるよ? だけどね、あたしは結果よりも、頑張ってる姿を見るのが好き」

「なんか……すでに負けを予感されてる言い方じゃね?」

 あははっと澄んだ声を上げて美空が笑う。

「じゃあコタにはこう言ったほうがいい? 『ヒット打て! 絶対打て! お前ならできる! 最後まであきらめんな!』」

「……どこかで聞いたセリフ」

「コタが中学最後の大会で、あたしに言ったセリフだよ」

「恥ずかしいこと、思い出させんな」

 僕の隣で笑い声を上げる美空。

 じゃあ僕が頑張ったら、美空はこの笑顔を、また僕に見せてくれるのだろうか。

 ベンチに向かいながらもう一度スタンドを見上げる。

 フェンス越しの美空が両手を大きく振っている。

 晴れた空。流れる雲。駆け抜ける風。

 好きな子のために頑張るって……不純だけど、そういうのもありかな、なんて、美空の上の空を見上げて思った。

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