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『一回戦勝ったぜ。お前らが来るのを、先にスタジアムで待ってる。決勝戦で会おう』

「バーカ。一回勝ったくらいで」

 ふっと笑って玲二からのメールを閉じる。ごろんとベッドに横になると、なぜだか小学生の頃を思い出した。

 同じユニフォームを着て、毎週土日は河原に集まった。

 僕と玲二と美空と、ふたつ年上だった龍介と凌空先輩。

 同じチームで一緒にボールを追いかけ回って……勝ち負けなんかどうでもよかった。

 バッターが打った球が僕の前に転がってくる。夢中で差し出したグローブに偶然収まったボール。

「コタ!」

 隣で叫ぶ美空にボールを投げた。二塁ベースを踏んでワンアウト。すかさず美空は速い球を一塁にいる凌空先輩に投げる。

 ツーアウト。ダブルプレー。

「やったぁ!」

 嬉しそうに飛び跳ねる美空。

「ナイスキャッチ! コター」

 外野から飛んでくる玲二の声。

 凌空先輩も嬉しそうで、後ろを振り返ったピッチャーの龍介が、僕ににっこり笑いかけた。


「コタ。出かけるのか?」

 玄関先で靴を履いている僕に、龍介が声をかけてきた。なんとなく気まずかったけど、平静を装って答える。

「ん。ちょっと走ってくる」

「明日は試合だな」

 振り返ると龍介が、どこか遠くを見るような目つきで立っていた。

「悔いだけは、残らないようにやれよ」

 僕は黙って龍介を見る。龍介がそんな僕に小さく微笑む。

 二年前の夏。龍介は背番号一をつけてマウンドに立っていた。

 だけど結果は初戦敗退。期待外れのピッチャーだったと誰かが言った。

 そしてその夜僕は、龍介が、ドクターストップがかかるほど肘を痛めていたことを知った。

 龍介は痛みを隠して、自分だけで耐えて最後の試合を投げ切ったのだ。

 それがチームにとって、よかったことなのかどうなのかはわからないけれど。

 真夜中、隣の部屋から、押し殺すような龍介の泣き声が聞こえた。兄貴のそんな声を聞いたのは、僕はこれが初めてだった。

 だけどもしかしたら龍介も、陰で何度も涙を流していたのかもしれない。ただ僕が知らなかっただけで……。

「明日、暇だったら応援に来てよ」

「え?」

「きっとミク、喜ぶよ」

 それだけ言って背中を向ける。ドアノブに手をかけると、龍介の声が耳に聞こえた。

「そうだな。お前の三振する姿でも見に行ってやるか」

 にらむように振り返ったら、龍介がおかしそうに笑っていて、僕は結局何も言い返せない。

「……行ってくる」

「ああ、行ってこい。そのままミクんちの前の公園まで行ってこい」

「え?」

「ミクはこの時間、あそこで素振りしてるよ。おれ、ランニング中によく見かけたから」

 ふっと笑って龍介が偉そうに両手を組む。

 なんだよ、なんだよ。その勝ち誇ったような態度は……。

「あれ、お前知らなかったのか? おれよりミクのこと見てたって言ってたけど……まだまだだな」

「うるせぇな。ほっとけ」

 龍介の笑い声を背中に外へ出る。日はとっぷりと暮れていて、低い空に細い月が浮かんでいた。


 息を切らしながら美空の家の近くの公園をのぞく。薄暗い外灯の下で、龍介の言った通り、美空はバットを振っていた。

「本当に……練習好きだな。お前」

 僕の声に、美空が驚いたように振り返る。

「コタ……なんでこんな所にいるの?」

「ちょっとヒマだったから、走りに」

 美空がくすっと笑ってバットを下す。

「ね、コタ。ヒマだったらキャッチボールでもしない?」

「え?」

「今グローブ持ってくる。ちょっとここで待ってて」

 僕の返事も聞かずに、美空が公園を出ていき、すぐにまた戻ってきた。

「おまたせぇ」

「早いな」

「だってウチ目の前なんだもん」

 息を切らしながらそう言って笑う美空は、なんだか可愛い。

「はい。これコタのね」

 どんなに想っても想われることのない美空から、グラブを渡された僕は、幸せなのか不幸なのかと考える。

「いくよー、コタ!」

 外灯の薄明りの下でキャッチボールをした。はしゃぐような美空が幸せそうだから、きっと僕も幸せなんだろうと、自分の胸に言い聞かせながら。


「こうやってコタとキャッチボールするのも……もう最後かもしれないね」

 何度かボールを投げ合った後、少ししんみりとした口調で美空がつぶやく。

「なんだよ、それ。おれたちがすぐ負けるかもってこと?」

「そうじゃなくて。たとえ勝ち進んでも、この夏には引退なんだし、受験とかもしなくちゃだし、卒業だってしちゃうわけでしょ?」

 受験に卒業か……あんまり考えたことなかったけど、というか、考えないようにしていたけど……それは必ずやってくる現実で、もう目の前にせまっている。

「そしたらさ……もうコタと、こんなふうにキャッチボールできないかもなぁ、って……」

 美空の投げた球がぽすんとグラブに落ちる。それを右手でぎゅっと握って、そっと美空に向かって投げ返す。

 僕たちは小さい頃からずっと一緒で、それが当たり前のようになっていた。

 たとえ想いが届かなくても、他の誰かを想っていても、美空はずっと僕の隣にいて……そんなことをなんとなく思っていた。

 だけどそれは違うんだ。僕たちには必ず別れがくる。

 美空の右手がやわらかく動く。白いボールが闇を舞い、僕のグラブの先をかすめて地面に落ちた。

「ダメだ。球、見えねぇよ。暗すぎ」

「やっぱり無理かぁ……そろそろ帰る?」

 ボールを追いかけるふりをしながら、美空に背中を向ける。

 涙でかすんでボールが見えないなんて、そんな恥ずかしいこと死んでも言えない。

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