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 雨上がりの土手の上を自転車で走る。空はまだ雲が多かったけど、その隙間からかすかに陽が差し始めた。

 いつもの場所でスピードを緩める。やっぱり美空の姿はない。

「いるわけないか……」

 明日の朝練に来るなと言ったのは僕だ。だけどどこかがっかりしている自分がいる。

 ペダルを踏み込んでスピードを上げる。

 この時間にこの道を走るのはあと何回だろう……早朝の空気を吸い込みながら、頭の中でそんなことを考えていた。


 校門を抜け自転車を止める。まだ誰もいないはずのグラウンドにひとりで向かう。

 誰よりも早く、美空と練習を始めるようになったのは、いつからだったか。

 あんなにキライな練習だったのに。野球なんて続けるつもりもなかったのに。

 他にやりたいこともなく、なんとなく入った野球部に美空もいた。

 美空はどうして野球を続けているんだろう。そして僕も、どうしてこんなところにいるんだろう。

 雲の隙間から顔を出した太陽に目を細める。そのまま見慣れたグラウンドに目を移すと、制服を着た女の子がひとり、僕に背中を向けて立っていた。


「ミク?」

 僕の声に美空がゆっくりと振り返る。

「来るなって言ったのに。熱は……」

「もう下がったから大丈夫」

 そう言って微笑む美空の顔に、朝の日差しが当たっている。

 誰もいないグラウンドの片隅で、そんな美空が僕にゆっくりと歩み寄る。

「コタ。昨日はヘンなこと言ってごめん!」

 ぺこりと頭を下げる美空の短い髪が、僕の前でかすかに揺れた。

「でもね。あたしはコタを、リュウちゃんの代わりだなんて思ったことは一度もないよ?」

 顔を上げて美空が言った。真っ直ぐ目をそらすことなく、僕だけを見つめて。

「コタはコタだよ。リュウちゃんとは違う」

「……うん」

 わかってる。わかってる。美空がそんなつもりで、僕のそばにいたわけじゃないってこと。

「あのさ……ミク」

「うん?」

 美空の頬がいつもよりほんのり赤くて、すごく綺麗に見えるのはどうしてだろう。

 美空がまだ、熱っぽいせいだからなのか。それとも、雨上がりの日差しのせいなのか。

「おれ……ミクのこと、好きなんだ」

 僕の前できょとんとした顔をしている美空。そんな表情までが可愛いと思えてしまうなんて、僕は本当に美空にやられている。

「ミクがリュウのこと好きだって、ずっと知ってたけど……今でもリュウのこと想ってるって、知ってるけど……それでもおれ、ミクのことが好きだから」

 一度あふれた十年間の想いは、信じられないほどなめらかに僕の口から流れ出る。

「だから……だからって、どうなるわけでもないんだけど……とにかくそれだけ、伝えたくて」

 美空がうなずくように微笑んだ。途端に心臓が音を立てて、どうしようもなく恥ずかしくなる。

「あー、おれ、なに言ってんだ。カッコわる」

「そんなことない。コタはカッコいいよ。中学の時よりずっと」

 美空がそんなことを言って僕に笑う。

「コタが頑張ってるから……だからあたしもコタと頑張ってみようって思った。コタと一緒に野球がやりたかった」

「ミク……」

「コタにはすごく感謝してる。幸せな時間をあたしにくれて……ありがとうね」

 遠くから、下級生たちの声が聞こえてきた。静かなグラウンドに少しずつ活気があふれてくる。

 強く降り注ぐ夏の日差し。砂埃の舞うグラウンド。美空はちょっと恥ずかしそうに微笑んだあと、カバンの中をごそごそとあさって何かを僕に差し出した。

「コタ。これ、あげる」

 それはボールの形をした、フェルトで作られたお守り。僕の名前が刺繍で縫いつけられている。

 去年まではマネージャーの先輩が全部員の分を作ってくれたけど、今年ウチの部に女子マネージャーはいない。

 だから今までマネージャーがしていた雑用的な仕事も、美空がさりげなくこなしていたことを、僕は気づいていたけれど。

「言っとくけど、コタにだけあげるわけじゃないから。みんなにあげるんだから」

「お前ひとりで、全員の分、作ったの?」

 手のひらにそれを受け取りながら美空に聞く。

「うん、そうだよ。あたしにはそれくらいしかできないしね」

 そんなことない。そんなことないだろ、美空。

 美空の頑張りを見せられて、僕たち男子が、どれだけやる気にさせられたか。

 美空のよく響く声を聞いて、僕たちがどれだけ励まされたか。

 美空の笑顔を見て、僕がどれだけ癒されたか。

「しょうがない。もらっといてやるか」

「もうコタはー、全然素直じゃないんだから」

 美空に背中を向けて、手のひらで柔らかなお守りを包み込む。

 何気なく空を見上げたら、昨日の雨が嘘のように、青い空が広がっていた。

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