表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/21

14

「ねぇ、コタ? コタは大人になったら何になりたいの?」

 あれはまだ小学生の頃。野球チームのユニフォームを着た美空が、おにぎりをほおばりながら僕に聞いた。

「べつに……なんでもいい」

 確か僕はそんなふうに答えたと思う。

 美空は僕の前で大人びたため息をついて、それから隣にいる龍介に顔を向けた。

「リュウちゃんは?」

「おれはもちろんプロ野球選手。ジャイアンツに入ってピッチャーやるんだ」

 子供の模範解答のような答え。

 だけど美空は目を輝かせて、龍介に向かって言う。

「あたしも! あたしもリュウちゃんと一緒にプロ野球選手になるっ!」

 あの頃の美空の夢も龍介の夢も……叶うはずのない夢だって知ったのは、いつからだろう。

 だけど、たとえ叶うはずのない夢だとしても、持っていただけふたりは幸せだ。

 夢も希望もなく、ぼんやりと毎日を過ごしていた僕なんかよりは……たぶんずっと。


 ***


 ケータイの着信音で目が覚める。

「ちょっとコタ! あんたどこにいるの!」

 ぼうっとしたまま時計を見る。

「まさか、まだ寝てましたとか、言わないよね?」

 布団を蹴飛ばし、あわててベッドから飛び降りた。

「ごめ……今……今から行く……」

「何分待たせるのよっ! 今日はいつもより早めに自主練しようって言ったの、あんたでしょ!」

 言うだけ言ってぶちっと切れる美空の声。急いで制服を着て、練習着をエナメルバッグの中に突っ込む。

「行ってきます!」

「あら、コタ? もう出かけるの?」

「うん!」

「ご飯は?」

「時間ないから、なんか買って食う!」

「まったくあんたって子は……どうしてもっと早く、起きられないのかしらね? お兄ちゃんみたいに」

 母さんの言葉を断ち切るように玄関のドアを閉め、僕は自転車に飛び乗った。


 夏の空気を切るように、自転車で土手の上を走る。朝の日差しはまだ柔らかく、風もどことなく涼しく感じる。

 少し走るといつもの場所に、同じ高校の制服を着た生徒が立っていた。

 日に焼けた浅黒い肌と短い髪は、まるで男の子のようだけど、リボンのついた白いブラウスにチェックのミニスカートをはいた彼女は、一応女の子だ。

「遅い!」

「ごめん」

「今何時だと思ってんのよ? あたし早く起きた意味ないじゃん」

 ぷいっと僕から顔をそむけて、美空が自転車を走らせる。僕は何も言い返せないまま、その後を黙ってついて行く。

 美空と僕は自転車で四十分の、同じ県立高校に通っていた。特にレベルが高いわけでもなく、低いわけでもない、ごく普通の学校だ。

 そして僕たちはその学校の、部員三十人程度の野球部で、二年とちょっとを一緒に過ごした。

「あっ!」

 突然美空が急ブレーキをかける。追突しそうになって、僕も慌てて自転車を止めた。

「急に止まるな! 危ないだろ!」

 思わず叫んだ僕の声は、美空の耳に届かなかったかもしれない。美空の視線はもう、前から走ってくるその男の姿に夢中だったと思うから。

「お、おはよ! リュウちゃん」

「ミク……今日は早いんだな?」

 僕たちの前で、少し息を切らした龍介が立ち止る。

「リュウちゃんも……まだランニング続けてたの?」

「ああ。このくらいしないと、体なまっちゃうから」

 高校を卒業した龍介は、大学では野球をやっていない。

 甲子園に行けるかも、なんて騒がれていた龍介だけど、上には上がいることを知ったらしい。

 それにずっと抱えていた肘の痛みも悪化して、高校卒業と同時にあっさり野球を辞めた。

 幼い夢は、やっぱり夢でしかなかったのだ。

「それじゃ……またな、ミク」

「うん。また」

「大会、頑張れよ」

「うん」

 小さく手を振る美空を残し、龍介が土手の上を去って行く。

 十年以上、片思いを続けていた美空。そんなに長い間、ひとりの人を思い続けていたなんて、それだけでスゴイと思う。

 何年か前、龍介に彼女ができた時も、美空は密かにあきらめていなかった。

 ――最後まであきらめるなよ。おれ、応援するから。

 僕が言ったあの言葉を、美空が覚えていたかどうかは知らない。

 そしてそんな美空が、先週ついにその想いを龍介に伝えたのだ。

「なんか、フツーに話してるし」

 僕がつぶやいた声に、美空がくるりと振り返る。

「なによ? あたしがリュウちゃんとフツーに話したら悪い?」

「悪いなんて言ってねーじゃん。フツーに話せてよかったなって言ってんの」

 僕は自転車のペダルを踏み込み、美空を追い越すように走り出す。

「あ、ちょっと待ってよ! コタ!」

 聞きなれた美空の声が、僕を追いかけるようについてくる。

 美空の十年越しの片思いは、龍介の一言であっけなく終わりを告げていた。

 ――ごめん。やっぱりミクは、妹としか思えない。

 龍介にフラれた日。美空はそれを僕に話してくれた。

 泣くわけでもなく、悔しがるわけでもなく。ただ淡々と、ため息のような笑顔を見せながら。

 だけど僕はそんな美空に、何も言ってあげることができない。

 美空の十年間の龍介への想い。それと同じくらい、僕の美空への気持ちも、積み重なっていたから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ