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グラウンドの隅っこから、バッターボックスに立つ美空を見る。
小柄な体を思いきり振って、自分より三十センチも身長の高い投手の球を、バットに当てる。
白いボールは青い空に吸い込まれるように高く飛び、そして玲二のグラブにぽすんと収まった。
嬉しそうに笑う玲二の顔。悔しそうに俯く美空の顔。そういえばこんなふうに、周りの様子をよく見たことなんて、なかった気がする。
僕は自分一人で、野球をやっていたわけじゃなかったはずなのに。
ヘルメットをはずしながら、美空が僕の前を通り過ぎる。
「……ドンマイ、ミク」
思わずつぶやいた僕の声に、美空が立ち止って振り返る。そしてじっと僕の顔を見たあと、いたずらっぽく笑ってこう言った。
「声が小さいよ! コタ!」
こいつ……人がせっかく……。頭にきたから、グラウンドに響き渡るような声で僕は言う。
「あんな所に打ち上げてんじゃねーよ! 転がせって言っただろ、下手くそ! これが本番だったら、お前はなー……」
「コタ。あんたの番」
美空に空っぽのバッターボックスを指さされ、僕はいそいそとそこへ向かう。外野で玲二がにやにや笑っているのがわかる。
明日は僕たち三年生の最後の大会。もし一回戦で負けたりしたら、そこで僕たちは引退。
もうこんなふうに、このグラウンドで練習することもないんだ。
真夏の太陽の下、ウチのエースピッチャーが、振りかぶってボールを投げる。
「いけー! コター!」
美空の声が背中に聞こえて、僕はありったけの力を込めてバットを振った。
川田先生のミーティングが長引いたから、その日の帰りはいつもより少しだけ遅かった。
空は茜色から群青色に変わろうとしている。河原から吹く風はなんとなく心地よくて、僕は小さく息を吐くと、隣を歩く美空を見た。
「なに? コタ」
僕と目が合った美空が少し首をかしげる。目が合ったってことは、美空も僕を見ていたのかな、なんて、バカみたいなことを考えながら目をそらす。
「いや、お前がさ、昨日言ってたことなんだけど」
実は今日一日中、僕は考えていたんだ。美空が昨日、僕に言ったこと。
「お前、リュウと野球がしたくて、野球やってたとか言ったよな」
美空はあわてた表情で首を横にぶんぶんと振る。
「もういいよ、その話は。恥ずかしいから、忘れて!」
「やだ、やめない。だってお前、おかしいじゃんか」
美空が口を結んで僕を見る。
「リュウと野球ができないってわかったあとも、ちゃんと練習続けてて……おれ、やっぱりお前は野球が好きなんだと思うんだ」
今日、グラウンドの美空を見ていた。
美空のボールを追いかける真剣な目を、小さな体を必死に動かしている姿を、思いっきり声を上げて、それから嬉しそうに笑ったその笑顔を……。
そして僕は確信したんだ。美空は心から野球が好きなんだなぁって……。
「お前、高校行っても、野球続けろよ。リュウと一緒にはできないかもしれないけどさ」
高校野球で、女の子が公式戦に出られないことは知っているけど、それでも続けている女子部員がいることも知っている。
「あたしなんか……ムリだよ」
「そんなことない。ミクなら大丈夫だよ。ここまで頑張ってきたんだし」
「……コタは?」
突然振られて言葉に詰まる。
「コタはやらないの? もう野球」
「おれは……」
僕をじっと見つめる美空の視線。どうしようもなく心臓が高鳴って、その視線をかわそうとした時、美空の表情がふっと緩んだ。
「リュウちゃん……」
美空はもう、僕を見ていなかった。美空は僕の向こう側にいる、龍介の姿を見ていた。
「昨日の話。リュウちゃんには絶対言わないでよ」
ランニングしながら近づいてくる龍介を見たまま、美空がぼそっと僕にささやく。
頬をほんのりと赤らめた美空から目をそらし、薄暗くなってきた空を見上げたら、わけもわからず泣きたくなった。




