魔術医師、イオ先生
「イオ先生、患者さんみえましたけどー!!」
「今日はもう店じまいしました」
「でも、女性ですよー」
「・・・・」
「可愛いですよー」
「お通ししなさい!」
扉越しにそんな会話が聞こえてきて、プルートと娘は顔を見合わせた。
「ハイ、どうしました? 御嬢さん」
白衣のメガネキャラ、魔術医師イオ先生が椅子に座っていた。
私とそうかわらないくらいの年かしら・・・。
軽そうで、頭がよさそうで、なんかちょっといじわるそうなかんじ・・・?
「あの、こちらの御嬢さんが記憶喪失になってしまって」
プルートが話し出すと、イオ先生は露骨に顔をしかめ、シッシ、と手をふった。
「こちらの御嬢さんから話を聞くから、あなたはあっちに下がってて」
プルートは娘の方をちらりとみると、言われたとおりに部屋の隅にある椅子に腰をおろした。
「フーン。記憶喪失ですか。それで?」
えと。それでといわれても。
娘は戸惑ったが、プルートの父親の話を思い出す。
「あの、魔術をかけられると一時的に記憶喪失になるときいたのですが」
そういうと、イオ先生はつまらなそうに頷いた。
「ありますよ。そういうこと。魔術をあてられて、気を失ったり、一時的な記憶障害を起こしたり。でもそれは、魔術を使う方が未熟な場合か、よほど強い魔術をかけた場合に限られますけどね」
よほど強い魔術・・・?
幾重にも張り巡らされた結界を思い出す。
封印されたゾンビ・・・。
「あの、私、生きてますよね? 普通ですよね?」
娘は声を潜めて聞いた。
なぜだろう?
この娘をみるとむしゃくしゃする。
見た目はどちらかといえば好みの部類に入るのに。
イオはイライラしながら目の前の娘をみていた。
無性に腹が立つのだ。
こんなことは初めてだ。
私、生きてますよね? か。何をいっているのだろう、この馬鹿娘は。
生きてるにきまっているだろう。しゃべっているんだから。
「まあ、ある意味、死んでますね(脳細胞が)。でも、健康体だから大丈夫ですよ。」
娘は怯えた顔をした。なぜか非常に気分がいい。
どこかの未熟な魔術師がこの娘に適当な魔術でもかけて、記憶障害を引き起こしたのだろう。
イオ先生。
ある意味死んでるってどういうことですか??
「あの、私、ゾンビじゃないですよね・・・?」
沈黙が耐えられなくなって聞いた娘を、イオ先生は冷たい目でみた。
また、何をいうのか。この馬鹿娘は。
記憶障害だけでなく、完全に脳みそが腐っているらしい。
これは、ゾンビといっても間違いではない。
「ある意味ゾンビです」
部屋の隅ですわっていたプルートは立ちあがった。
何をいっているかよく聞こえないが、娘が涙ぐんでいる。
「彼女は・・・どこか悪いんですか?」
イオはプルートを一瞥した。
「ああ、不治の病ですね(馬鹿は死んでも治らないっていうし)。でも、記憶の方はそのうちもどるでしょう。一応、診ておきましょうか」
イオは娘の額に手を伸ばした。
一応魔術の痕跡を見極めるつもりだった。
「これは・・・」
道理で無性に腹が立つわけだ。
この膨大な魔術の痕跡は・・・あいつしかいない。
レオン・スカイ第三王子。
魔術師見習いとして同じ師匠の元で修行していた。
ライバルとしていつもいつも非常に腹立たしい存在だった。
レオンは時間魔術が優れ、イオは空間魔術が優れている。
お互い反発しあい、お互い負けまいと切磋琢磨した。
大人になった今では良き友人となり…ではなく、今も大大大嫌いだ。くそったれ。
魔術の痕跡を見る限り、レオンがこの馬鹿娘に対し、膨大な量の魔術をかけたのは間違いない。そのせいで娘が一時的に記憶障害を起こしているだけで、時間がたてばもとに戻るはずだ。だが、レオンはこの娘に何をしたのだろう?ちょっと調べてやろう。興味がわいた。
「ふ、不治の病って、そんなに悪いのですか? 彼女は大丈夫なのですか? 治らないのですか?」
つきそってきたプルートが不安げにイオをみる。
「相当悪いですね(頭が)。治りません(馬鹿は)。でも大丈夫ですよ。生活に支障はありませんから」
イオはつっけんどんにいって、娘をみた。
娘の打ちひしがれた表情はゾクゾクする。楽しい。
「記憶障害は、馬鹿で阿呆で未熟で下手くそな魔術師がこの娘に魔術をかけたせいです。しばらくすれば記憶はもどるでしょう。記憶が戻るまでの間、この病院に入院してもらいます」
イオはきっぱりといった。