猟犬VS娘
ペッタペッタペッタ。
庭師さんに借りたサンダルは少し大きい。
警備兵に捕まると、大変だ。
ゾンビとして閉じ込められるか、殺されてしまうかもしれない。
ここ、何処?
庭園は途切れ、雑木林が続いている。
日も暮れかかっている。
ま、まずいかもしれません。
こんな所で夜明かし?
ワンワンワン、ウォン、ウォン、と数匹の犬の鳴き声が聞こえてきた。
まさか。
ゾンビである私を狩るために?
犬達の鳴き声はどんどん大きくなる。
ど、どうしよう?
白と茶の犬、真っ黒な強そうな犬が走ってくる。
猟犬?
あんなのに襲われたら、ひとたまりも無い。
でも。
もし、私がゾンビなら、猟犬よりは強いはず。
「がぉーっ」
とりあえず、すごんでみた。
怖いゾンビをイメージして。が、犬は止まらず・・・
きゃぁぁ、やっぱりだめかぁー。
「ぎゃはははは! ポコ、ロク、待て!」
笑い声が突然聞こえてきて、犬の動きが止まった。
しゃがみこんでおそるおそる振り向くと、背の高い少年が犬を従えていた。
「大丈夫だよ。よく訓練された猟犬だから」
嘘つき。さっき、私を襲おうとしたくせに。
「猟犬をたまに散歩に連れてくるんだ。こいつらもたまには思いっきり走り回らないと、体がなまるし。ところで、こんなところで何してるの?」
何って、何してるんでしょう、私。
何か答えようとしたけれど、声が出なくて、代わりに涙が出てくる。
立とうとしても、立てなかった。こ、腰が抜けた・・・。
「・・・動けないの? 僕の家に来る?」
少年は娘を馬に乗せると、家へ連れて帰った。
「僕はプルートっていうんだ。父は獣医をしていて、この王宮の敷地内の動物の面倒をみている。今日は猟犬を散歩させていたんだけど。でも、びっくりしたよ。こんなに可愛い珍獣を捕まえるなんて、思ってなかった」
珍獣ですか。
やっぱり人間扱いしてもらえないのかな・・・。
話すべきかどうか迷ったけれど、とりあえず記憶がないことだけを話し、棺桶から出てきた事は伏せておく。
「記憶喪失ねぇ。父にみてもらおうか。獣医とはいえ、一応医者だし」
仕事から戻ったプルートの父親は、娘を診察したあと、いった。
「特に何ともないようだね。健康体だよ。ただ、頭を強く打ったり、強い魔術を受けた後、一時的に記憶障害になることがある、ときいたことがあるが。魔術師のお医者さんの所へいってみるといいかもしれないね」
健康体、ということはゾンビじゃない、ということでしょうか?
でも、それなら何故、自分はあんなに厳重に封印されていたのでしょう?
記憶がないのは・・・封印の魔術・・・と関係があるのでしょうか?
「今日は、ここでご飯を食べて、ゆっくり休むといいわ。明日になったら何か思い出せるかもしれないわよ。行方不明の御嬢さんがいないか、聞いてみてあげるわ」
プルートの母親のお言葉に甘えることにした。
「黒髪紫目の絶世の美女。王宮の家庭教師も務めていたことがある才女。ミア・ラクシス令嬢。今、訪ね人に出ている若い娘はこの人くらいね。うーん、あの子はいくらなんでも違うわよね」
プルートの両親は入手した探し人の紙を手に首を傾げていた。黒髪紫目はあっているが、この地域で黒髪紫目など珍しくない。掃いて捨てる程いる。
絶世の美女ねぇ。ちょっと違うわよね。この娘は、絶世の美女・・・というよりは可愛いタイプである。どこか抜けているし(プルートから猟犬に襲われたときの対応を聞いた)、才女とは言い難い。それに、飾りの無いワンピースの質はよさそうだが、擦り切れているし、ゴワゴワの上着に至っては男物だ。令嬢という出で立ちではない。プルートの両親はこの探し人は関係ない、と結論づけた。
「じゃぁ、魔術医師の所へ行ってみてもらおうか。今から行けば、夕方にはつくよ」
プルートに連れられて、娘は魔術医師のもとへ向かった。