娘と警備兵と庭師
私、ゾンビなの?
怖い。
どうすればいいの?
警備兵にみつかったら殺されちゃうの?
もう、走れないよ・・・。
「御嬢さん? お待ちなさい、どうしたのかね?」
後ろからドスドスと足音がする。
ど、どうしよう?
捕まっちゃう。もう、走れない。
娘はよろけて転んだ。
「大丈夫かね?」
城の庭園を任されている庭師の男は転んだ娘を助け起こして、息を飲んだ。
泣きそうに見開かれた大きな瞳は澄んだ紫色だった。靴を履いておらず、薄い絹の靴下は所々破れて血が滲んでいる。全身をピッタリと包む黒いワンピースは禁欲的で真っ白な肌を引き立てていた。
怖い、とかゾンビ、とか娘が何を言っているか意味不明だが、とにかくどこかで手当てをした方がいいだろう。
「とりあえず、私の小屋へいらっしゃい。手当てをしてあげるから。足、血がでてるよ」
庭師は女の背を撫でて、落ち着かせた。近くにある自分の小屋――作業小屋、兼住居――へ女を連れて行き、靴下を脱がせ、消毒し、包帯をまいてやる。温めたスープを飲ませてやり、自分のサンダルと上着を貸してやった。
「誰かに追いかけられていたのかね?」
娘は恐怖に怯え、何かから逃げているように見えた。靴が脱げてしまうぐらい、走って。
「ゾンビ、とかいっていたが、何か化け物でも見たのかね?」
娘が硬直した。
自分の腕を抱くようにして娘は恐怖に震えているように見えた。
「ご、ごめんなさい。何も覚えてないの」
娘はつぶやくような声でいう。
庭師はふむ、と頷いた。
相当混乱しているようだが、何か恐ろしいものにでも追いかけられたようだった。一応警備兵に報告しておいた方がいいかもしれない。そして、ついでにこの御嬢さんを馬で送ってもらえばいい。
「それじゃあ、暗くなる前に、警備兵に連絡してくるよ。御嬢さん、警備兵に家まで送ってもらえるよう頼んでやるから、安心なさい。ちょっと、ここで待っていなさい」
庭師はそういい置くと、腰を上げた。
警備兵? どうしよう? 捕まっちゃう。娘はよろよろと立ち上がった。
庭師が警備兵の詰所に行くと、そこは騒然としていた。
「おぉ、丁度いいところに庭師のハルクが来たぞ。マズイことになった。お前、何か見なかったか? 第3王子殿下の秘蔵の東屋が荒らされたんだ。昨日まで閉まっていた東屋の戸が開いていた。殿下の魔術で幾重にも結界が張ってあったはずなのに。今、警備隊長が殿下に連絡に行っている」
庭園の警備をしている兵士の一人が話しかけてきた。
「何か盗まれたんですか?」
殿下はあの東屋をとても大切にしていた。庭師の自分には、特にこの東屋の周りは美しい花を咲かせるよう、命じられていた。
「いや、俺たちも中に何があるかは知らされていないからな。とにかく、あの東屋の周りは得に念入りに警備しろ、何かあったらすぐ知らせろ、としかいわれていない。ただな、・・・実は開いた扉からチラッと中が見えたんだが、空っぽの棺桶があったんだよ。ぽつんと」
空っぽの棺桶?
庭師は眉間に皺を寄せた。
あの女は怯えていた。何かから逃げていた。
ゾンビ、恐ろしい、といってはいなかったか?
「じ、実は、若い娘が逃げてきまして。何かとてつもなく恐ろしいものに追っかけられたようでして、ゾンビ、怖い、とかなんとかいってました」
庭師の言葉に警備兵達が顔を見合わせる。
東屋にレオン王子が何かお宝を隠している、という噂だった。が、とんでもない化け物を封印していたのかもしれない。そういえば、ただの宝物を隠すにしては、えらく厳重な結界が張ってあった。そして、その化け物が封印を破って、逃げ出した?
「まずいぞ。何か化け物が逃げ出したのかもしれない」
さらに警備兵の詰所は騒然となった。
「その女はどこにいる?」
庭師は慌てて自分の小屋に警備兵を案内したが、そこはもぬけの空だった。
「恐怖に震えて少しおかしくなっていたから、勝手に飛び出してしまったのかもしれん。化け物に会わなければよいが・・・」
庭師と警備兵は頷きあうのだった。