牛に舐められ、ネズミに齧られろ!
「伯母様、私、慌てん坊のおまぬけさんで、お人よしでどんくさいかなあ」
ミラと伯母のレイシアは家でのんびりお茶を飲んでいた。
ミラはレイシアからことあるごとに『慌てん坊のおまぬけさんで、お人よしでどんくさい娘』といわれてきた。
「何だい、急に。お前は変わらないよ。ずうっと子供の頃から。レオン王子はえらく男前になっちまったねぇ。仕事もバリバリやるし。せっかくの王子のプロポーズを断っちまうなんて、呆れたよ」
ミラはうつむく。
「だって・・・。レオン王子は子供の頃の約束だから、プロポーズしてくれただけだもの」
「理由なんて、どうでもいいじゃないか。王子は本当にお前の事、好きだったんだよ。もう遅いよ。女共なんかハイエナと同じだよ。イイ男なんか、隙があればもっていかれるさ。だからお前は間抜けでお人よしなんだよ。」
レイシアはそういうと焼き菓子を3つ、同時に口に放り込んだ。
歌をせがむ王子。膝枕をねだる王子。生意気そうに得意そうに「ミラ」とよびすでにする王子。
・・・そっか。昔は私だけの王子様だったのかな。
誰かしらない人と結婚しちゃうのかな。
なんだか、寂しいなあ。
ボンヤリとレオン王子を想っていたミラはハッと我に返る。
伯母の言葉「隙があればもっていかれるさ」を実感した。
自分の前に置かれていたはずの焼き菓子が一つも無い。
ミラが空の皿を悲しそうにみていると、突然、部屋が淡い光に包まれ、声が聞こえてきた。
「ちょっと、離してください、レオン!! 人の恋路の邪魔をしないでください!」
「そうはいくか。イオ、お前、ミラの家に転移魔術で忍び込むつもりだろう、変態が!」
「うわぁ」
「いててて」
魔法陣がぐにゃりと歪んで空中に現れ、ドサドサと音がしてつかみ合う男が2人、ミラとレイシアの前にふってきた。
イオ魔術師とレオン王子がつかみ合ったまま、罵り合っている。
「あんたに変態と言われたくありません。6年間ミラを閉じ込めて眠らせて、毎日覗きに行っていたくせに」
「何だと。お前こそ、ミラにでたらめなリハビリ体操を教えて、喜んでいたじゃないか」
「他の貴族達から聞きましたよ。6年前、レオン王子に脅されて、ミラに会いに行けなかったって。ミラにデートの申し込みをしたウィル伯爵は、牛のエサ箱に突っ込まれて時間を止められて、牛に舐められたっていってましたよ!」
「うるさい うるさい うるさい! 俺はミラが好きなんだ。ミラに手ぇ出すヤツはみんな、牛に舐められて、ネズミに齧られればいいんだ!」
ミラは茫然と、罵り合う2人の男を見ていた。
レオン王子はやっぱり、あまり変わっていないのかもしれない。
我儘で、生意気で、でも、可愛い? レオン。
・・・とんでもなく困った男だけれど、今も私だけの王子様なのかな。
レオンはミラとレイシアの視線に気が付くとイオから手を離し、直立不動の姿勢をとった。
「ミ、ミラ。俺は、その」
「そう。私がデートをすっぽかされていたとき、ウィルさんは牛に舐められていたのね」
腕組みをして、仁王立ちになるミラ。
「う・・・。ごめんミラ」
「で、その後ちゃっかり現れて、デートすっぽかされて可愛そうにって慰めてくれていたのね?」
「・・・ごめんなさい」
デカくなった体を小さく縮め、謝るレオン。
「で、これからも、私がデートの約束をした相手は、牛に舐められてネズミに齧られるのかしら」
レオンは縮めていた体をぐんと伸ばした。
「大丈夫だ! もう絶対にミラにはデートの約束もさせない。その前に阻止する! 誓う!」
堂々とした体躯。
王子然とした偉そうな態度。
ミラを見つめるその瞳は、愛しさと下心と自信に満ち溢れている。
「・・・はぁ」
やっぱり、レオン王子はそれなりに、すくすくと育っているようだ。
「ミラ、俺とデートしてくれ。婚約してくれ。結婚してくれ。こいつ(イオ)のことは、忘れていいから!」
イオをアゴで指し、ミラの手を握りしめるレオン。
「ちょ、ちょっと」
イオが抗議の声をあげる。
「イオ、俺の邪魔をするなら、牛に舐められて、ネズミに齧られることになるからな」
ギロリ、とイオを睨むレオンには、昔にはない恐ろしい迫力があった。
「ネズミ、ですか・・・」
イオはしばらくううむ、とうなっていたが、顔をあげた。
「私は、ネズミに齧られるのだけは、耐えられません。私が敬愛する異世界の魔術の巨匠がネズミに齧られ、その御耳を失っておられるのです。私は嫌です。撤退します。ミラ、短い間だったけれど、君の間抜けなリハビリ体操は最高だったよ。楽しい時をありがとう」
そういうと、イオは空間に魔法陣を描き、あっという間に消えてしまった。
「思いのほか軟弱で、引き際のいいヤツだったな」
レオンは満足げに微笑むと、ミラを振り返った。
「ミラ! 邪魔者もいなくなったし、デートしよう!」
「・・・・・・」
レオンはミラへ一歩近づいた。
レオンの気迫に反射的に一歩下がるミラ。
「ミラ?」
レオンはミラへ二歩近づいた。
二歩下がろうとして、厚い肉の壁にぶつかった。
「お、伯母様?」
ミラのすぐ後ろにはレイシアがニッカリと笑って立っていた。
「まぁ、まぁ、ミラ。6年も寝ていたんだから、ちょっとは体を動かさないと。ホラ、デートでもなんでも外へいっておいで」
リハビリ体操はもう十二分にやったんですけどね!
レオンはミラの心の声を聞いたような気がしたが、ミラの二の腕をがっしりとつかんだ。
「そうだよ。ミラ。レイシア伯母さんのいうとおりだ。行こう」
行こう!
6年間ずっとミラの寝顔だけを見つめていた。
もし、ミラが目覚めたら。
あんなところやこんなところへお出かけしたい。
いつも考えていた。
海や庭園や王宮の告白の間や、膝枕してくれたあのお勉強の部屋や、見張りのいない北の塔や、湖のほとりや、そうだ、一緒にボートに乗ってもいい。