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(十二)

   (十二)


 その機会を窺う為に、あたしは数日を無為に過ごした。

 今はと言うと、ゲストルームに備え付けのデスクでコーネリアスが書き物をしている。どうやら、婚約者への手紙らしい。

「熱心ねえ」

 言いながら、灰色の髪が掛かる肩越しに覗き見る。と、彼にしては珍しく慌てふためいて手紙を隠した。

「姫君!」

「けち。ちょっとくらい見せてくれもいいじゃない」

 唇を尖らせ、拗ねたふうに言ってみる。だがあたしは致命的に演技が下手らしく、コーネリアスの翡翠の瞳をわずかに細めさせただけだった。

 盗み見るのは諦めて、他の紙束と一緒に手紙が大切にしまわれるのを眺める。

「婚約者の女性はお幸せね。そんなに手紙を下さる男性なんて、珍しいもの」

 思った事を正直に言ったが、彼は戸惑うように眼を伏せて言葉を選んだ。

「そう……でしょうか。そんなふうに思っていてくれるなら、良いのですが……」

「ああ、そうね。あなた、随分お相手を待たせてるんですって? 逃げられるわよ」

「……誰ですか、余計な事を姫君のお耳に入れたのは」

 勿論、ワイルダーだ。

 それをばらして叱られるのを見ても面白いかと思っていたら、開け放した入り口に二人分の人影が差す。

「やめてください!」

「ちょーどいいんだって、この高さが」

 嫌がるコーディーの頭に肘を載せ、一緒に入って来たのはワイルダーだ。逆の手を上げ、「よォ」と軽薄な挨拶をよこした。

「やれやれ、口の軽い男のお出ましだ」

「あら、やっぱり解るのねえ」

 あたしとコーネリアスが頷き合うと、二人は話が見えないと言うふうに怪訝そうな表情を見せた。その後ろから、更に声が追って来る。

「ワイルダー! あんた、自分の立場を解ってるのか?」

 それは声を荒げたヴィンセントだった。

 普段この人が大きな声を出すのは珍しいので、少し驚いて見詰めてしまう。あたしの視線に気が付くと、一瞬だけ表情を改めて「失礼」と短く断った。だがワイルダーに移した眼は、すでに厳しい。

「師団長なら、それらしくしてくれ。旅団長達はあんたを探し回るのに忙しくて、全く仕事にならないそうだ」

「ちゃんとしてるぞ、オレは。なァ、コーディ」

「知りませんっ」

「いいから早く行け!」

 肘の下の侍従にそっぽを向かれ、ヴィンセントに小突かれながらワイルダーは渋々部屋を出て行った。

「あ、閣下!」

 見張ろうとでも言うふうにワイルダーに次いで退室するヴィンセントの背中を、コーネリアスが呼び止めた。

「申し訳ありません。兵の宿舎の件でご相談したい事が」

「あぁ、任せる」

 言葉が終るか終らないかの内にあっさりと言われて、コーネリアスは少し面食らったような顔をした。

 内容に関わりなく、返答はそれと最初から決っていたかのようだ。

「問題ないだろう?」

「……承知致しました」

 ヴィンセントが去っても、彼は誰の姿もない戸口に向いたまま思考に沈んでいるようだった。

「信頼されておいでなのね」

「だと、良いのですが」

 呟きの意味を、確かめる猶予はなかった。テラスの側から、硝子をコツコツと叩く音が響いたからだ。

 慌てて駆け寄るコーディーを制し、掃き出し窓を開けながらコーネリアスが窓外の人影に問う。

「何をしている、ワイルダー」

「逃げてきた」

「呆れたな。子供の習い事ではないのだぞ」

 全くだ。

 コーネリアスは言葉通りの呆れ顔で、短く息を吐いてデスクから紙の束を取り上げた。あたしに目礼し、部屋を出て行く。

 師団長を探していると言う部下達に居場所を知らせるか、それともワイルダーの代りに仕事をしに行ったか、と言うところだろう。どちらかと言うと、後者だと思う。

 ヴィンセントは、師団を二つ伴ってアイディームに入った。二人の牙がそれぞれ師団長を務めていると言われていたが、ワイルダーがこの調子では実際師団を纏めているのはコーネリアスひとりではないだろうか。

 彼には気の毒だが、一方で仕方ないとも思えてしまう。恐らくワイルダーは究極に実戦向きで、こうした状況での細々とした諸事の処理には不向きだろうから。

 ヴィンセントも優れた将軍ではあるだろうが、何しろ若い。気の回らない事も多いに違いないのだ。

 だからコーネリアスは、あらゆる場面において頼られているはずだった。

 なのに、不思議だ。あたしにはあの人が、心細さに震えているように思えて仕方ない。

「いい仲間を持ったわね、ワイルダー。ちゃんとお礼くらいしなさいよ」

「おォ、考えてあるぞ。アイツの結婚式ではオレが全裸で踊る予定だ」

 それはお礼なのだろうか。

「コーディー、茶ァ入れてくれー」

 言われて、あたしの世話係は顔をしかめる。余程ワイルダーが苦手らしい。その様子が面白くて、あたしは笑いながらコーディーに頼む。

「お願い。あたしもお茶にしたいわ」

「はぁ、では……」

 不承不承丸出しの顔で支度に向かう。その姿が可愛くて、あたしとワイルダーは必死に声を殺して笑い合った。

「で? 何かご用だったかしら」

「それだ。ちょっといいか?」

 お茶を用意するのは中々に手間だ。まず、湯を取りに城内に一か所しかない炊事場まで降りなくてはならない。コーディーはしばらく戻って来ないだろう。

 それを承知の上だったのだと、示された先を見て思った。

「姫さんの荷物だ。これだけありゃ、当分は大丈夫だろ」

 先程、ワイルダーはテラスから入って来た。マナーの悪い男だとは思ったが、あたしは二回目だったからそれ程は驚かない。

 でも、一体いつ用意したのだろう。テラスの端の柱の陰に、大きな袋がゴロリと隠れて転がっていた。

 どうやら、城内から逃れた後で必要になりそうな着替えや日用品を揃えてくれたらしい。

「アンタの裏道にでも隠しとけよ。今夜、コーディーに薬飲ませとく。眠ったら、すぐに行け」

「なるほどね。了解、師団長」

 勿論からかうつもりで言ったけど、ワイルダーもそれを承知で遠慮なくあたしの頭を小突いて笑った。

 言われた通りに秘密の通路に荷物を隠し、部屋に戻ると感心したように迎えられる。

「ほんとに消えるな!」

「そうみたいね、あたしは解らないけど」

 通路は常人の眼に映らない為、出入りする瞬間は消えたり突然現れたりして見えるらしい。

 ワイルダーは、うずうずと呟く。

「やっぱ入ってみてェ」

「駄目」

「いいじゃねェか! どうなってんのか見たいんだよ! 手さえ離さなきゃ平気なんだろ?」

「え、ちょっと……馬鹿っ!」

 ワイルダーが強引にあたしの手を取ったので、残った腕で慌てて天蓋ベッドに縋り付く。ベッドの縁の四方から突き出た柱は、本来薄布を吊るす為のものだ。大男との引っ張り合いに耐える強度はないだろう。

 ギシギシと、今にも壊れそうな音を立ててベッドが揺れる。

「やだったら! やめてよ!」

「ちょっとだけだっつってんだろ」

「駄目だってば、無理よ!」

「一緒なら、ムリじゃねェ」

「こんな事……。どうなるか解っているの? 命を懸けるとでも言うつもり?」

「アンタを離したら、だろ? 離さねェから安心しろ」

「あのねえ!」

「……何をしているんですか!」

 ガシャンッと陶器の割れる音。次いで、銀のトレーが床に落ちて高い音を立てた。

 戸口に立ったコーディーが、ダッと駆け寄って繋がった手と手を引き剥がす。震える腕であたしを抱き締め、両目一杯に涙をためながらワイルダーに言い放った。

「最低です! 見損ないました……っ!」

「……待て」

 誤解だとでも言いたげに伸ばされたワイルダーの腕は、コーディーに払われる。

 いい子だ。こんないい子に薬を盛って、騙すような真似をするのかと考えただけで胸が痛む。

 そんな事を思っていたら、訂正するのがすっかり遅れた。

 ワイルダーはコーディーから思い付く限りの罵倒を浴び、その様は不憫と言うより笑いを誘う。

 ここで過ごす最後の一日は、こうして至極なごやかに暮れた。

 そしてこの夜、あたしは何者かの襲撃を受けた。

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