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(十一)

   (十一)


 王の血族にのみ許された秘密の通路は、初代の王が築城の折に遠いハルディンマゴから魔術師を招いて造らせた。

 魔術の仕掛けは数百年経った今も生きて、王の血を継がぬ者にはそもそも入り口さえも見付けられない。ただ壁の片隅に、廊下の奥に、クローゼットの陰に薄く影が凝っているようにしか見えないそうだ。

 その影の内に、細い通路が口を開いている。あたしにはそれが見えるのだけれど。

 生来にして通路に入れる者が手を取れば、誰でも中に入る事はできた。だがうっかり手を離してしまうと、途端に迷う。そしてもう二度と見付からないか、出て来れたとしてもその人間は気がふれていた。

「だから、中に入るのはお勧めしないわよ」

「面白そうなのに。つまらんな」

 腕組みをして話を聞いていたワイルダーが、落胆した様子で言った。

 王の執務室だ。

 大きなテーブルの上に、二本の鉄剣が置かれている。あたしが通路から持ち出して来たものだ。

 それを囲んで、椅子に腰掛けたヴィンセント。その後ろにクライヴが控え、獅子の牙は珍しく二人共に同席していた。コーディーが皆に温かな飲み物を配って回ったが、グレンはカップを受け取れなかった。部屋の隅で椅子に固定されていたが、腹を切られているくせに手当てを受けたら中々元気だ。

 この状態で一同の注目を浴び、あたしは問い質される事になった。

 当然と言うべきだろう。あたしが通路に入った時、彼等には突然消えたように見えたはずだ。それがまたふいと戻って、しかも手には剣を持っていた。不審がらないほうが、どうかしている。

 一通りの説明を聞いて、面白がるだけのワイルダーと対照的にコーネリアスが問う。

「通路を使えばどこにでも行けると言うのなら、城外へ出る事も可能なのでしょうか」

「勿論、通じてるわ。通路は元々、緊急事態に備えた設備だもの」

 最悪、城が敵に落された時には退路としての役割も兼ねる。城内が戦場になった場合を想定した上で、あらゆる位置に武器を用意してあるのだ。

 コーネリアスが困惑した顔を向けると、ワイルダーは喉を鳴らしてクツクツと笑う。

「王サマの裏道は、そっちのイトコ殿も使えるんだろ?」

「ええ……」

 何が言いたいのだろう。

 現にグレンは、あたしがドアを塞いで作った密室から脱出している。通路を使わず、廊下にいたあたしの背後に忍び寄る事はできないはずだ。

 眉を下げて、ワイルダーが笑い声を立てた。

「だったら、仕立て屋になりすます事なんかなかったろうよ。裏道使って忍び込んで、ヴィンスに夜襲を仕掛ければよかったんだ」

 言われて初めて、あたしはぞっと背筋が冷えた。

 灰色の牙がため息をつく。

「狙いが閣下の首だったならば、できたでしょうね。困った事に」

 彼はヴィンセントとグレンの戦いを見ていたから、身に迫るような憂いだったに違いない。

 グレンの腕は悪くなかった。もしも寝込みを襲われて、青銅の剣だけで応戦していたらヴィンセントはどうなっていただろう。

 恐れと不安と、憐れむような視線がグレンに集まる。

 初めて思う。しみじみと、馬鹿でよかった。

「そのような事、承知の上だ痴れ者め! だが闇討ちなどと、玉座につかんとする者の所業ではないわ。正々堂々討ち取ってこそ正当なるー……正当なるー!」

「グレン。無理しなくていいから」

 失策の巧い言い訳が思い付かず、険しい表情で唸り出した従兄弟に首を振る。

「おいおい姫さん。他人事みたいな顔するなよ」

 声を噛み殺してあたしを笑う。ワイルダーの言いたい事が解らずに、首を傾げた。

「他人事だもの」

「バカ言うな。姫さんだって裏道使やァ、いつだって逃げ出せたって事じゃねェか。ずっとそれ黙っといて、いいタマだよなァ」

「あら」

 言われてみればそうだ。

 城内のどこにでも通じる通路は勿論、ゲストルームにも口を開いていた。

 つまりワイルダーの手を借りるまでもなく、あたしはこの城から逃げ出せたのだ。そのつもりはなかったが、素知らぬ顔で騙していたと受け取られても当然だ。

「ほんとねえ。あたし、怒られるのかしら」

「どうする? ヴィンス」

「どうと言っても……」

 急に水を向けられて、ヴィンセントは口籠もった。戸惑うふうにさ迷う視線が、テーブルで留まる。そこに載った二本の剣に。

 ふと、思い付いたように言う。

「……とにかく、この剣はお返しするのがいいでしょうね」

「何故? それは、あなたとクライヴにあげたのよ。使えばいいじゃない」

「申し訳ないが、鉄剣は好みません」

 ヴィンセントは席を立ち、背を向けてしまう。その直前、チラリと見えた彼の横顔は固く凍り付いてはいなかったろうか。

 ふむ、と。

 部屋の端で、グレンが小さく息を零した。それはまるで訝るふうだと、あたしは思う。

「でも、北限の獅子を守るのに青銅の剣では不足だわ」

 何を考えているか、まるで見えない。あたしは後ろを向いた金色の頭に、真意を試すつもりで言った。

 けれども、背中は笑う。

「私は、真の貴族ではありませんからね。鋼はどうも身の丈に合わない」

「愚かな事だ」

 断じた声はグレンだった。

 リシェイドの人間は一様に気色ばんだが、あたしが驚いたのはその指摘が外れていないと思ったからだ。

 椅子に縛り付けられたまま、グレンはふんと鼻を鳴らす。

「獅子と讃えられておると言うに、ただ無分別な子供ではないか。仮にも一軍を率いし者が、身の丈だと? 頭は潰されてはならん。何事があろうと、兵が一人でも残る内は生きねばならん。それが国を預る、民の長たる王の宿命ではないか。道具に怯えて命を軽んじるとは、愚かしい!」

「うん、うん。そうね、グレン。ヴィンセントは王じゃないけどね」

 彼に言われるのは気の毒で、そして不本意だが、あたしも同じ事を考えていた。

「駄々をこねないで、ヴィンセント。何をこだわっているのか知らないけれど、あなたの命はあなたの部下全ての命に等しいの。彼等の生死はあなたの采配に掛かっているから。生まれも育ちも関係ないわ。自らを鋼に不相応と言うのなら、相応に生き方を改めなさい」

 あたしとグレン。明らかに筋違いの大人二人から説教されて、年若い将軍は反論を飲み込んだ。黙り込んで頭を掻く姿は、本当に子供みたいだと思う。

 ふと、視線があたしの肌を刺した。それはやわらかな棘のようで、先を辿ると藍色の眼にぶつかった。ワイルダーは困り顔で、でも薄く笑って一見するとそうとは知れない。

 けれども、先日の事があるからだろうか。これはお前の役目ではないと、責められているようにあたしには感じられた。

 その間にも議論は進み、どちらにしろ虜囚に武器の管理をさせる訳にも行かないだろうと言う事になった。素人が重い鉄剣を振り回したところで、厳しく鍛錬した軍人には敵うはずがない。だが、自刃はできる。

 二本の剣はとりあえず、ヴィンセントの預りとなった。

 そして話は、あたしをどうするかと言う議題に移る。

 簡単に抜け出せると解った以上、今のままでは拙いだろう。だがこの城の中で秘密の通路が通じてないのは、あたしが閉じ込められていた地下牢だけなのだ。

 そこは、グレンの場所になった。

 結局あたしは変らずゲストルームに落ち着いて、この扱いの差を知った従兄弟からは「魔女め!」と悪態をつかれてしまう。

 ただし、監視の眼は増やされた。これからは誰かが必ず監視の為に室内に残り、ひとりきりになれる状況がなくなってしまったのだ。それは世話係と言う立場上、自然とコーディーの役目になるだろう。

 しかし、大丈夫だろうか。彼はまだ十代の男の子と言う感じで、背丈もあたしと同じくらいだ。ちゃんとあたしを止められるかと、つい心配になってしまう。

 この心配を感じていたのはあたしだけではなかったらしく、この部屋には何かのついでを装った来客が増えた。

「ねえ、監視を増やすより、あたしを鎖にでも繋いだほうが早いんじゃないの?」

 コーディーの用意した午後のお茶を口に運び、小さなテーブルを挟んでワイルダーに尋ねた。彼は香ばしいコーヒーをふうふうと啜り、ちょっと考えてから真面目そうな顔を作る。

「あァ、そう言う趣味だったか」

「趣味じゃないわよ。こんなんじゃ、すぐに逃げられるって言ってるの」

「その気があるなら、止めないぞ」

 にやりと笑ってあたしを見るが、どうも本気にしてないように思える。

 牙が雑談に来たと言うので、コーディーは席を外していた。あたし達が声も潜めずこんな話をできるのはその為だ。

「この間、あの人に……余り愛しい事を言うなと叱られたわ」

 言って、窓の外に眼を遣った。

 ヴィンセントと、母の庭にいた時の事だ。あの言葉にまさかと思い、そしてやっぱりそうだろうかと揺れてしまった。

「そりゃ重症だ。何を言ったんだ? ヴィンスにそんなセリフ吐かせるなんざァ、よっぽどだぞ」

「知らないわよ。いきなり言われたもの」

 そう言ったヴィンセントが嘘のように優しい顔付きをしていたので、あたしは却って酷い不安を覚えたのだ。

「ねえ、やわらかになったと思わない?」

「……ヴィンスが?」

「そうよ。最初、あたしはあの人が恐ろしかったの。特に、あの姿がね。見詰められるだけで、不安になったわ」

「変ったと」

「思うわ」

 ワイルダーはカップを置いて、首を支えるように頭の後ろで両手を組む。天井の辺りに視線を上げて、何でもない事のように言った。

「まァ、アイツは姫さんに惚れてるからな。アンタの前じゃ、そうなるんだろう」

「気安く口にしてくれるわね」

「正直なもんでな」

「……破滅ね」

「あァ」

 ワイルダーが危惧するのはこれだろう。

 攻め滅ぼした国の女に心を寄せるなんて、あってはならない。国事の根幹を固める為に、貴族は婚姻での結び付きを貴ぶからだ。

 それでも政治的な力があれば、どんな批判も表立ってなされはしない。だがヴィンセントは軍人で、下級貴族のそれも庶子だ。もしもこれが醜聞にでもなれば、今の地位も危ういのかも知れなかった。

「ねえ、ワイルダー。何だか面倒な事になったから、あたしは逃げ出す事にするわ」

 あたしはテーブルに頬杖を突き、窓の外を見ながら言った。

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