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ヒーロー社会で悪役やってます  作者: アラサム


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第12話 通常業務そのニ チームクラッシュ編

 果たして本当に必要だったのか、いささか疑問の残るホープレンジャーとの面談を終えた善斗は、しばらく溜まっていた報告書の処理に追われていた。


 しかし、そんな作業も束の間。

 再び面談の時間がやってきたため、善斗は面談室へと向かった。


「お待たせしてしまいましたか?」


「いえ、大丈夫です。今日はよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げたのは、二十代半ばほどに見える男性だった。


 鍛え上げられた筋骨隆々の体つきからは、彼が紛れもなくヒーローの一人であることがうかがえる。


「こちらこそ、よろしくお願いします。アイアンさん」


 三人組のヒーローチーム『トリニティ』の一人、アイアンとの挨拶を終えた善斗は早速面談を始めた。


「それで、今日はお一人のようですが、どのようなご相談でしょうか?」


「はい、実は…………」


 善斗の質問に口を開いたものの、アイアンはどこかためらうように言葉を濁した。


 その様子を見た善斗は、ひとまず話題を変えることにした。


「……よければ、コーヒーでもどうですか? お好きなんですよね?」


「あ、すみません。ありがとうございます」


 あらかじめ自動販売機で買っておいたブラックの缶コーヒーを、善斗はアイアンに手渡した。


 アイアンがゆっくりと缶を開ける一方、善斗は自分の分を勢いよく喉に流し込んだ。


「それにしても、どうして俺の好みを? 風見さんとは一応、初対面ですよね?」


「以前、トリニティが出演したバラエティ番組で、アイアンさんが缶コーヒー好きだと話していたのを覚えていたので。『しゃべりまくり』の好きな物コーナーで話していましたよね?」


「ああ、あの番組ですね。確かに話しましたね」


 ――まぁ、実際は調べたんだが。


 アーク・ライト社に所属するヒーローについては、社内の資料を少し調べるだけでも、ある程度の情報を得ることができる。


 とはいえ、面談を円滑に進めるためには、それだけでなく、もう少し踏み込んだ情報を把握しておいた方がいい場合も多い。


 そのため、善斗は面談の前に、できるだけ相手の情報を集めるようにしていた。


「……懐かしいなぁ。まだ半年くらい前のことなのに、随分と昔のことのように感じますよ」


「そう思うのも無理はありませんよ。あの頃からランキングが二十位も上がるほど、頑張っているんですから」


 善斗は資料に目を落としながら答えた。


 バラエティ番組に出演した当時、トリニティのヒーローランキングは90位前後だった。しかし、その後も実績を積み重ね、現在では70位台にまで順位を上げている。


 半年でここまで順位を上げるのは、並大抵の努力ではなかったはずだ。


 資料で確認できる実績を見る限り、アイアンを含めたトリニティのメンバーは、日々のヒーロー活動に真摯に取り組んできたのだろう。


「そうでしょうか……」


「ええ、立派だと思います」


 善斗が迷いなくそう答えた、次の瞬間だった。


「う……ぅぅッ!」


「えっ、ど、どうしました?」


 突然、感極まったように泣き出したアイアンに、善斗は困惑しながら声を掛けた。


 ――俺、なんか嫌なこと言ったか?


「か、風見さん……」


「は、はい」


 しかし、善斗の困惑など気にも留めず、アイアンは意を決した様子で口を開いた。


「俺、ヒーローをやめてレネゲイドになりますッ!」


「いや、なんでッ!?」


 あまりにも突拍子もない宣言に、善斗は思わず叫んだ。


 いきなり泣き出したかと思えば、今度はヒーローをやめてレネゲイドになると言い出す。情緒があまりにも不安定だ。


「お、落ち着いてください、アイアンさん。百歩譲ってヒーローを辞めるのはいいとしても、レネゲイドはマズいですって」


 A級レネゲイドとして活動している善斗は、自分のことを棚に上げながら、アイアンを必死に説得する。


「そもそも、どうしていきなりヒーローを辞めるなんて話になるんですか? せっかく実績も上がってきているのに、辞めるなんてもったいないと思いますが……」


「違うんです。そういう話じゃないんです」


「そういう話じゃない?」


 じゃあ、どういう話なんだ。


 善斗が首をかしげていると、アイアンはスマートフォンを取り出し、一枚の写真を見せてきた。


「これは……彼女さんですか?」


 写真には、アイアンと仲睦まじげに抱き合う一人の女性が写っていた。


「…………ルミナです」


「ルミナって、もしかしてトリニティのメンバーの?」


「はい」


 ルミナといえば、トリニティの紅一点であり、三人の中でも特に人気の高いヒーローだ。


 確か、これまで交際経験がないと公言していたはずだが……。


「そうだったんですね。まさか、チーム内で付き合っていたとは……」


「違います」


「えっ?」


 何が違うのかと尋ねる間もなく、アイアンは両手を机に思い切り叩きつけて叫んだ。


「付き合って《《いた》》んですッ!」


「あ~……」


 アイアンの怪力によってへこんだ机を眺めながら、善斗はようやく、彼がヒーローを辞めたがっている理由を察した。


「……つまり、ルミナさんと別れたんですか?」


「…………はい」


「それは、その……ご愁傷様です」


 力なくうなずくアイアンを見て、善斗は何とも言えない表情でそう呟いた。


 ――まさか、そんな事情があったとは。


 確かに、交際相手との別れは辛いものだろう。


 ましてや、相手が同じチームの仲間ともなれば、顔を合わせるたびに気まずい思いをすることになる。


 しかし、それならばヒーローを辞める必要まではないのではないだろうか。


 善斗がそんなことを考えていると、アイアンは震える手でスマートフォンを操作し、再び画面をこちらに向けてきた。


「……これは?」


「ルミナとエッジです」


「…………は?」


 画面に映っていたのは、先ほどとは別の写真だった。


 隠し撮りなのか、少しブレた写真には、トリニティのもう一人のメンバーであるエッジとルミナが、親しげに肩を寄せ合っている姿が写っていた。


 いや、親しげというより、どう見ても恋人同士の距離感である。


「……まさか、ルミナさんは貴方と別れた後に、エッジさんと付き合い始めたんですか?」


「いえ」


「……え?」


 否定されるとは思っていなかった善斗が戸惑う中、アイアンは衝撃的な言葉を口にした。


「俺と付き合っていた頃からです」


「…………」


 善斗は無言でスマートフォンの画面を見つめた。


 ――なるほど。


 ようやく状況を理解した。


 アイアンはルミナと交際していた。


 しかし、彼女はその裏で、同じチームの仲間であるエッジとも関係を持っていたらしい。


 ――つまり、浮気か。


「……えーっと」


「俺、エッジとはずっと一緒に戦ってきたんです。苦しい訓練も、命懸けの現場も、アイツとルミナと三人で乗り越えてきたんです……!」


「は、はい……」


「それなのに、アイツは……! アイツらは俺を裏切ったんですよッ!?」


 ――なんも言えねぇ……。


 面談室に響き渡るアイアンの慟哭を前に、善斗は何を言えばいいのか分からず、黙り込んでしまった。


 ――っていうか、本当にこれが人気ヒーローチームの姿なのか?


 チーム名こそ『トリニティ』だが、その実態はドロドロとした三角関係である。善斗は内心でそんなツッコミを入れた。


「だから俺、決めたんですッ! アイツらに復讐するために、レネゲイドになるってッ!!」


「い、いやぁ……気持ちは分かりますが、堂々とレネゲイドになるなんて宣言するのはやめた方が……」


 ヒーローがレネゲイドに転向するなど、笑い話にもならない。


 しかも、その理由がチーム内の痴情のもつれだと知られでもしたら、目も当てられない。


 おそらく、オフィクスの「変態マゾレネゲイド」という評判に並んで、アイアンも世間から妙な目で見られることになるだろう。


 いや、下手をすれば、それ以上に悲惨な扱いを受けるかもしれない。


 何しろ、アイアンはヒーローとしての実績も知名度もある男だ。そんな人物が突然レネゲイドに転向したとなれば、世間が黙っているはずもない。


「……アイアンさん。一度、冷静になりましょう」


「俺は冷静ですよ」


「いや、どこが?」


 即答するアイアンに、善斗も即座に言い返した。


 冷静な人間は、ヒーロー事務所でレネゲイドになるなんて宣言はしない。


「そもそも、復讐するためにレネゲイドになるというのが間違っています。ヒーローを辞めるにしても、別のチームに移籍するなり、ソロで活動するなり、いくらでも方法はあるでしょう?」


「それじゃあ、意味がないんです」


「意味がない?」


 ――どういう意味だ?


「俺がいなくなったら、あいつらは何事もなかったみたいに活動を続けるじゃないですか……!」


 アイアンは悔しそうに拳を握り締めた。


「俺だけが傷ついて、俺だけがチームを去る。それじゃあ、納得できないんです!」


「…………」


 その言葉に、善斗は思わず口を閉ざした。


 確かに、アイアンの気持ちは分からなくもない。


 信頼していた仲間と恋人に裏切られたのだ。簡単に割り切れるはずもないだろう。


 だが、それはそれとして、レネゲイドになるというのは話が飛躍しすぎている。


「……それで、具体的には何をするつもりなんですか?」


「決まっています」


 善斗の質問に、アイアンは顔を上げ、据わった目で答えた。


「あいつらの前にレネゲイドとして現れて、俺を裏切ったことを後悔させてやります!」


「…………」


「俺を裏切っておいて、アイツらが何事もなかったように笑っているのが許せないんです! だから、俺がどれほど強いヒーローだったのか、思い知らせてやるんですよ! 俺を裏切ったことを、全世界の前で後悔させてやりますッ!!」


 アイアンの話を聞きながら、善斗は額に手を当てた。


 駄目だ。


 暗黒面に落ちている。

 もう思考が完全に復讐一色になってしまっている。


 とはいえ、このまま面談を終わらせてアイアンがレネゲイドになったら、おそらく自分のサラリーマン人生が終わりかねない。


 何とか説得しなければ。


「……アイアンさん」


「何でしょうか?」


「話を聞く限り、ルミナさんはそのヒーローネームに似合わない、なかなかひどい女性のようですが……」


「はい、善斗さんのおっしゃる通り、『自主規制』で『自主規制』な――」


「そこまでは言ってませんが」


 ヒーローにあるまじき凄まじい暴言を吐き始めたアイアンを制し、善斗は続けた。


「そんな人のために、貴方のヒーロー人生を棒に振っていいんですか?」


「それは……」


 僅かに言い淀むアイアンを見て、善斗はまだ引き戻せると判断した。


 ここが好機だ。一気に畳み掛ける。


「貴方が今まで助けてきた人たちのことも考えてください。貴方が突然レネゲイドになったら、事情を知らない人たちはどう思うでしょうか?」


「……ッ!」


「裏切られることがどれほど辛いか、貴方自身が身をもって知っているはずです。そんな貴方が、今まで応援してくれた人たちを裏切っていいんですか?」


 ちなみに善斗自身、現在進行形でスカイライトを欺いているのだが。


「そ……そ、れは…………」


 しかし、そんな善斗の事情など知る由もないアイアンは、その指摘に言葉を詰まらせ、最後には黙り込んだ。


「…………」


 静かに涙をこぼすアイアンの様子を見るに、どうやら少しは響いたらしい。


 善斗は内心で安堵しながら、さらに言葉を続けた。


「それに、復讐をしたところで、裏切られた事実がなくなるわけでもありません。今は辛いでしょうが、少し時間を置いてから、改めて考えてみてはどうですか?」


「…………風見さん」


「はい」


「俺、どうすればいいんでしょうか……」


 先ほどまでの勢いはどこへやら。

 涙を拭い、肩を落としたアイアンは、すっかり意気消沈していた。


「……まずは、少し休んだ方がいいと思います。チームのことも、今後の活動も、落ち着いてから考えましょう」


「分かりました……」


 ようやく納得してくれたらしい。


 善斗は心の底から安堵した。


 これで、面談も無事に終わりそうだ。


 ――っていうか、何の面談なんだ、これ?


 もはやヒーローの悩みというより、個人の恋愛相談である。


「あの、風見さん」


「……はい、何でしょう?」


 声を掛けられ、善斗が返事をするとアイアンは少し改まった様子で口を開いた。


「お話を聞いてくださり、ありがとうございました。おかげで、踏みとどまることができました」


「いえ、仕事ですから」


 もし面談に来ていなかったら、本当にそのままレネゲイドになっていたのだろうか。


 そんな若干の恐怖を覚えながら、善斗はそう答えた。


「つきましては、一つお願いがあるのですが」


「お願い?」


 何だろうかと首をかしげる善斗に、アイアンは真剣な表情で告げた。


「風見さんは、俺の話を最後まで聞いてくれました。おかげで、取り返しのつかないことをせずに済んだんです。だから、これからも相談に乗っていただきたいと思いまして……」


 そこで一度言葉を切ると、アイアンははっきりとした声で続けた。


「俺、いや、トリニティの専属サポート担当になっていただけないでしょうか!?」


「無理ですね」


 即答だった。

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