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断罪?どうぞご自由に。――婚約破棄を完璧に受理して国庫を整理したら、国王陛下に泣きつかれて次期宰相に指名されました。  作者: 折若ちい
第4章 偽りの聖女と、鉄の断罪

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33話 海を支配する「数字の女王」(リクイデーション・シー)

アステリア王国の王都ポート・アステル。水平線は今、ルヴェン連合が誇る「無敵艦隊」の巨躯によって埋め尽くされていた。八〇門の魔導砲を備えた一級戦列艦が、波を蹴立てて進軍してくる様は、まさに海に浮かぶ鉄の要塞群。

 王都の防衛部隊は、その圧倒的な威容を前に、逃げ惑うこともできずに凍り付いていた。


「……アイリス。……さすがに今回は、俺の出番だよな? あんなデカブツ、船底から一隻ずつ叩き割ってやらないと、王都が火の海になるぜ」


桟橋の先端、ゼノスが黄金の魔力を滾らせ、大剣『断罪の銀牙』を引き抜く。彼の背後の空気が、その闘気に呼応して陽炎かげろうのように揺れていた。


「……待ちなさい、ゼノス。……剣を振るうのは、私の『計算』が不渡りを出した時だけで結構ですわ」


アイリスは、荒ぶる潮風にドレスを翻しながら、手元の魔導通信端末の画面を冷徹に見つめていた。画面には、ルヴェン連合の主要な保険組合と、それを束ねる「ロイズ型再保険市場」のリアルタイム取引データが、滝のような速度で流れている。


「……彼らが海を渡るために、どれほどの『安心コスト』を積み上げたか……。ゼノス、あなたは想像できますか?」


「……知るかよ。……大枚叩いて、丈夫な船と大砲を揃えたんだろ?」


「いいえ。……本当のコストは、万が一の沈没や損傷に備えた『保険インシュアランス』ですわ。……ルヴェンのような商人の国では、軍艦一隻の建造費よりも、その運用に伴う『賠償責任』のリスクを恐れます。……もし一発でも砲弾を撃てば、環境破壊や私産毀損の賠償責任が発生し、それは艦長個人の私産を一生縛り付ける借金となる……。彼らの軍隊は、そういう規約ルールで縛られているのです」


アイリスは、通信端末に最後の一行を打ち込んだ。


「――全艦隊の『再保険契約』、一括買収(M&A)完了ですわ。……さあ、彼らの命綱を、私の指先一つで断ち切って差し上げましょう」


その瞬間、接近していたルヴェン無敵艦隊の旗艦『ポセイドンの怒り』の艦橋。

 全艦一斉射撃の号令を下そうとしていた提督の目の前で、魔導通信機が悲鳴のような警告音を上げた。


「……何事だ!? 攻撃準備を急げ!」


「て、提督! 本国の連合保険組合から緊急電です! ……『貴艦隊の全船舶に対する、損害補償および第三者賠償責任保険が、今この瞬間を以て停止された。……契約主体がアステリア王国の「アイリス・ファンド」に譲渡されたためである』と!!」


「……何だと!? 誰がそんな譲渡を許可した!」


「提督、それだけではありません! 同時に、全艦の艦長たちに『個人資産の仮差し押さえ』の通知が届いています! ……もし今、この戦闘で一発でも砲弾を撃てば、それは『保険外の違法行為』と見なされ、艦長とその親族の全財産が即座に没収されるという特約条項が……発動しました!!」


艦橋に、凍り付くような沈黙が流れた。

 

 商人の国の軍人。彼らにとって、戦場での死よりも恐ろしいもの。それは、自分たちが積み上げてきた「富」と「名誉」が、一瞬にして天文学的な「借金」へと変わることだ。


「……撃てるかよ。……もしここで砲撃して、一軒でも民家を壊してみろ。……俺の娘の代まで、アステリアに借金を払い続けることになるんだぞ……!」


砲術長の手が、発射レバーから力なく離れた。

 一隻、また一隻と、無敵艦隊の主砲が力を失い、垂れ下がっていく。


桟橋に立つアイリス。彼女の周囲には、今やルヴェン連合の全艦隊の「生命線(契約書)」が、ホログラムとなって漂っていた。


「……ゼノス。……これが、私の支配する海ですわ」


「……は、はは……。……無敵艦隊が、一発も撃たずに回れ右し始めてやがる。……アイリス、貴様、本当に……何なんだよ」


ゼノスは、抜いたばかりの大剣を、呆れ果てて鞘に収めた。

 黄金の魔力よりも、アイリスが叩きつけた「一枚の規約変更通知」の方が、数万の軍勢を容易く屈服させたのだ。


「……私はただの、有能な帳簿係ですわ。……さあ、ルヴェン連合の皆さん。……港に辿り着けないのであれば、そのまま海の上で『倒産デフォルト』していただきましょうか。……燃料も、食糧も、その船体の維持費も、すべて私の口座へと引き落とさせていただきますわ」


アイリスは、通信機に向かって冷酷な最後通牒を突きつけた。


「――ルヴェン艦隊へ告ぐ。……貴公らの保有する軍艦三〇〇隻は、今この瞬間を以て、我がアステリア中央銀行の『担保物件』として差し押さえられた。……直ちに旗艦の全権を放棄し、我が国の誘導に従え。……さもなくば、全乗組員の銀行口座を永久に凍結フリーズする」


水平線の向こうで、無敵艦隊から一斉に「白旗」が掲げられた。

 それは武力による敗北ではなく、資本の論理による「完敗」だった。


夕闇が迫る港町。

 拿捕されたルヴェンの巨艦たちが、アステリアの港へ大人しく曳航えいこうされてくる。

 アイリスは、疲れを見せることなく、次なる「事後処理」の書類をまとめ始めていた。


「……これで、大陸と海の両方を手に入れましたわ。……ですが、まだ『非効率』な場所が残っています」


「……まだやるのかよ、アイリス。……さすがに少しは休めって。……ほら、座れ。肩を貸してやるから」


ゼノスが強引にアイリスの身体を引き寄せ、桟橋のベンチに座らせた。

 アイリスは一瞬、眉をひそめて計算上の損失タイムロスを弾き出したが、ゼノスの温かい手の感触に、不思議と計算機が止まるのを感じた。


「……ゼノス。……あなたの筋肉は、私の計算を物理的に妨害しますわね」


「……いいだろ。……貴様が世界を数字で埋め尽くそうとしても、俺がこうやって、貴様を一人の人間に引き戻してやるよ」


アイリスは、眼鏡を外し、ゼノスの肩にそっと頭を預けた。

 

「……非効率な、安らぎですわ。……でも、悪くはありません」


彼女の脳内では、すでに次のターゲット――神の奇跡を「商品」として売買する『大教典教団』の時価総額と、その解体プランが完成しつつあった。

 

 全300話の物語、第6章、完結。

 アイリス・フォン・ベルシュタインは、今や「数字の神」として、世界を一つの巨大な資産リストへと作り替えようとしていた。


「……次は、神様に『納税』の義務を教えて差し上げますわ」


「……はは、神様も泣いて逃げ出すだろうぜ、アイリス」


二人の伝説は、聖域という名の「巨大なブラックボックス」へと、冷徹なメスを入れに向かっていく。

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