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断罪?どうぞご自由に。――婚約破棄を完璧に受理して国庫を整理したら、国王陛下に泣きつかれて次期宰相に指名されました。  作者: 折若ちい
第4章 偽りの聖女と、鉄の断罪

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31話 海底ケーブルと情報の速度

アステリア王国の港町、ポート・アステル。かつては帝国との交易で栄えたこの地も、ルヴェン連合による「海上封鎖」と「超高関税」の導入以来、不気味な静寂に包まれていた。水平線の向こうには、ルヴェン連合の魔導巡洋艦が威圧的に居座り、アステリアの商船が一歩でも外洋へ出れば、容赦ない警告射撃が飛んでくる。


「……物理的な壁を作れば、相手が屈服すると信じている。……商人の寄り合い所帯にしては、随分と古風な思考回路ですわね」


海風に藍色の髪を揺らしながら、アイリス・フォン・ベルシュタインは桟橋の先端に立っていた。彼女の足元には、帝国から接収した重機を改造した「深海作業用魔導潜水機」が、重低音を響かせて待機している。


「おい、アイリス。あいつら、俺たちが船を出さないのをいいことに、やりたい放題だぜ。……このままじゃ、せっかく手に入れた帝国の物資も、宝の持ち腐れだ」


ゼノスが、水平線の敵艦を睨みつけながら大剣の柄を叩く。彼の黄金の魔力は、戦いを求めて奔流のように渦巻いていた。


「……ゼノス。物流とは、単に『物』を運ぶことではありません。……本質は『価値の移動』です。……彼らが海面サーフェスを塞ぐなら、私はその下――深海を通る『光の神経』を全大陸に張り巡らせますわ」


アイリスが指し示したのは、潜水機の背後に積み上げられた、巨大なドラムに巻かれた漆黒の索条ケーブルだった。それは、王立魔導研究所がアイリスの理論に基づき開発した「極細魔導光ファイバー」である。


「……ルヴェン連合の強みは、帆船による『情報の独占』にあります。……彼らは二週間かけて海を渡り、届けられた書簡の情報を元に相場を操る。……ですが、私がこのケーブルを海の底に沈め、大陸中の主要都市を直結すれば……情報の伝達速度は『二週間』から『コンマ一秒』へと短縮されますわ」


「……コンマ一秒? 瞬きするより早ぇじゃねぇか。……そんなことして、何の意味があるんだ?」


「……意味、ですか? ……ゼノス。……一秒後にパンの値段が二倍になると知っている者と、二週間後にそれを知る者。……どちらが富を手にするかは、計算するまでもありませんわ」


アイリスの瞳に、残酷なまでの知性が宿る。

 彼女が狙っているのは、単なる通信の開通ではない。情報の速度差レイテンシを武器にした、ルヴェン連合への「経済的奇襲」であった。


プロジェクトは、隠密裏に、しかし猛烈な速度で進行した。

 アイリスは、かつてカイル皇太子に仕えていた天才相場師ルキウスを、海底通信網の「ソフト面」の責任者に抜擢した。


「……アイリス。君は本気で、この大陸に『同時性シンクロニシティ』をもたらすつもりか? ……それは、商人の聖域である『情報の非対称性』を破壊する行為だ。……ルヴェン連合の老いぼれたちが知れば、泡を吹いて倒れるよ」


ルキウスは、地下の秘匿電信室で、並べられた魔導クリスタルのキーボードを叩きながら不敵に笑った。


「……老いぼれたちには、そのまま泡を吹いて退場していただきますわ。……ルキウス様。……連合内部の『急進派商人』たちへの根回しは?」


「完璧だ。彼らは、アステリアから届く『一秒前の相場情報』という麻薬に、すでに毒されている。……連合の評議会が『アステリアとの取引禁止』を叫べば叫ぶほど、末端の商人たちは、自分たちだけが儲けるために、我々の隠密回線ダークファイバを求めて裏口から金を積んでくるよ」


アイリスが構築した海底ケーブル。それは、物理的な関税障壁を無効化する「情報のワープ航路」だった。

 ルヴェン連合が港を封鎖しても、海底を通る魔導信号までは止められない。アステリアの銀行と、ルヴェン連合の地下取引所が直結され、一瞬で莫大な資本が動く。


アイリスは、現代地球の「高頻度取引(HFT)」の概念を、このファンタジー世界に持ち込んだのだ。


一週間後。海底ケーブルの敷設が、帝国の主要港まで完了した夜。

 アイリスは、ゼノスを連れて、王宮の最上階に設置された「中央情報管制室」にいた。

 壁一面に埋め込まれた魔導モニターには、大陸全土の物価、為替、そして軍隊の移動状況が、光の点としてリアルタイムで流れている。


「……見ていなさい、ゼノス。……これが、私の放つ『無血の弾丸』ですわ」


アイリスが、中央のレバーを静かに引いた。

 

 その瞬間、ルヴェン連合の市場で大パニックが発生した。

 アステリア側のエージェントが、海底ケーブルを通じて「一秒間・・・に数千回」という異常な頻度で、ルヴェン連合の通貨を売り浴びせたのだ。


二週間後の帆船の到着を待たなければ状況を把握できない連合の指導者たちは、自分たちの通貨価値がなぜこれほどまでに暴落しているのか、理由すら分からずに資産を失っていく。


「……何が起きている!? なぜ国庫の金貨が紙屑同然の価値になっているんだ!」

「報告します! 海の向こうのアステリアで、我が国の通貨に対する『超高速の信用売り』が仕掛けられています! ……ですが、どうやってアステリアが我々の市場の動きを、これほど正確に……!」


混乱するルヴェン連合。

 アイリスは、モニターに映し出される「絶望の数字」を、冷めた紅茶を飲みながら眺めていた。


「……情報の速度は、そのまま権力の速度ですわ。……カイル殿下が『力』で支配しようとした世界を、私は『速さ』で服従させます。……さあ、ルヴェン連合の評議会議長。……あなたの手元の書類が『ゴミ』に変わる前に、降伏のサインを書きなさい」


「……アイリス。貴様、本当に……」


ゼノスは、彼女の隣で、その圧倒的な光景に言葉を失っていた。

 

 一発の砲弾も飛ばず。

 一人の兵士も血を流さず。

 ただ、海の底を通る細い光の束が、大陸最強の海上勢力を死体へと変えていく。

 

 アイリス・フォン・ベルシュタイン。

 彼女は今、物理的な「海」という境界線を消滅させ、世界を一冊の「リアルタイムの帳簿」へと書き換えてしまったのだ。


「……ゼノス。……次のステップへ進みますわよ。……ルヴェンの艦隊が、自暴自棄になって突撃してくる前に。……彼らの軍艦を『差し押さえ(・・・・・)』の対象にしてしまいましょう」


「……はは、了解だ。……もう驚かねぇよ。……貴様が『海を買い取る』って言ってもな」


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