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断罪?どうぞご自由に。――婚約破棄を完璧に受理して国庫を整理したら、国王陛下に泣きつかれて次期宰相に指名されました。  作者: 折若ちい
第4章 偽りの聖女と、鉄の断罪

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30話 自由貿易の終焉

ディードリッヒ帝国の事実上の吸収合併から三ヶ月。アステリア王国を中心とした「大陸統一経済圏」は、かつてない活況に沸いていた。

 だが、アイリス・フォン・ベルシュタインの執務室に持ち込まれたのは、祝杯の報告ではなく、海の向こうから届いた一通の「絶縁状」だった。


「……『アステリア産魔導製品に対し、一律四〇〇パーセントの関税を賦課する』。……さらに、『帝国製鉱物のルヴェン連合への輸出を全面禁止』。……ふふ、古典的ですが、実に効果的な宣戦布告ですわね」


アイリスは、書類をデスクに放り投げ、眼鏡のブリッジを押し上げた。

 ルヴェン連合。それは海を隔てた西の大陸を支配する、商人の寄り合い所帯から発展した「金権国家」だ。彼らは帝国の崩壊によってアステリアが大陸の覇権を握ることを極端に恐れ、物流のかなめである海路を封鎖し、経済的な「兵糧攻め」を開始したのだ。


「アイリス、また新しい敵か。……今度は海の上かよ。俺の剣じゃ、波は斬れねぇぞ」


ソファで地図を広げていたゼノスが、呆れたように肩をすくめる。


「……剣を振るう必要はありませんわ。……ゼノス。彼らが海を閉ざすなら、私たちは『海そのものの価値』を暴落させて差し上げるだけです」


「……海を暴落させる? また貴様、わけのわからねぇことを……」


「……現在、ルヴェン連合が誇る最大の武器は、外洋航行を可能にする『巨大魔導帆船』の独占ですわ。……ですが、ゼノス。……海を渡るのに、船が(・・)必要だなんて、誰が決めたのかしら?」


アイリスの瞳に、新たな「破壊的イノベーション」の火が灯る。


第32話:海底ケーブルと情報の速度


アイリスが打ち出した次なる一手は、軍事でも船舶でもなかった。

 彼女は、帝国から接収したばかりの「深海作業用魔導機」と、王国の最新技術である「魔導光ファイバー」を組み合わせた、前代未聞のプロジェクトを始動させた。


――『大陸間海底魔導通信網アンダーシー・リンク』。


「……ルヴェン連合の強みは、情報伝達の速さにあります。帆船による書簡の往来が、彼らの商取引の生命線。……ですが、私が海の下に『光の道』を引けば、情報の速度は一万倍に跳ね上がりますわ」


アイリスは、ルキウスと協力し、ルヴェン連合内部の反主流派商人と秘密裏に接触。


「……ルヴェン連合の皆様。……帆船が到着するのを一週間待って取引を決めますか? それとも、私の『通信網』を使い、一秒後に契約を完了させますか? ……先んじて私のシステムを導入した商人には、大陸全土の相場をリアルタイムで提供いたしましょう」


商人の本質は「利益」だ。

 ルヴェン連合の指導者たちが関税でアステリアを締め出そうとする中、個々の商人たちはアイリスが提示する「情報の速度差アービトラージ」という蜜に、抗いがたく引き寄せられていった。


第33話:資本の逆流、連合の焦燥


一ヶ月後。ルヴェン連合の最高評議会は、恐慌状態に陥っていた。

 

「馬鹿な! 関税を上げたはずなのに、我が国の商人が次々とアステリアの銀行に口座を開設しているだと!?」

「アステリア産の魔導石が、関税を迂回して『通信販売』という名目で、我が国の貴族たちに直接届けられているそうです!」


アイリスが構築したのは、物理的な物流を最小限に抑え、価値データの移動を優先させる「電子決済キャッシュレス」のプロトタイプだった。

 ルヴェン連合が船を止めようとしても、海の下を通る「光の道」によって、資本は滝のようにアステリアへと流れ込み、ルヴェン連合の通貨価値はみるみるうちに目減りしていく。


「……ゼノス。……ルヴェンの指導者たちが、ついに『実力行使』に出ますわ。……自国の経済を守るためではなく、逃げ出す資本マネーを繋ぎ止めるための、必死の略奪です」


「……けっ。結局、最後は力技かよ。……腕が鳴るぜ」


ゼノスは、黄金の魔力をたぎらせ、大剣を握りしめる。

 

 ルヴェン連合の誇る「無敵艦隊」が、アステリアの港を砲撃すべく水平線に現れたその時。

 アイリスは、港の桟橋に立ち、優雅に懐中時計を確認した。


「……九時三分。……予定通りですわ。……ゼノス、海面を凍らせる必要はありません。……艦隊の『保険(保証)』を、すべて解約キャンセルしなさい」


「……はぁ!? 保険?」


「……ルヴェン連合の軍艦は、万が一の沈没に備え、連合内の大手保険組合に守られています。……ですが、その保険組合の筆頭株主は、今朝の三時に、私のダミー会社へと書き換わりましたの。……つまり」


アイリスが指を鳴らす。

 その瞬間、進軍していた無敵艦隊の足並みが、不自然に乱れた。

 各艦の艦長たちに、本国の保険組合から一斉に通信が入ったのだ。

 

 ――『貴艦の保険契約は無効となった。今この瞬間、戦闘によって破損しても、一銭の補償も出ない。……直ちに帰港せよ』


命よりも金を惜しむ商人の国の兵士たちにとって、それは死刑宣告よりも重い命令だった。

 砲門を開く直前で、無敵艦隊は互いに顔を見合わせ、逃げるように反転していった。


第34話:海を支配する「数字の女王」


水平線に消えていく敵艦隊を眺めながら、アイリスは静かに手帳を閉じた。


「……一発の弾丸も使わず、敵の戦意を奪う。……これこそが、最も『効率的』な防衛戦ですわ」


「……貴様、本当に可愛くねぇな。……いくさが始まる前に、相手の財布を空っぽにするなんて」


ゼノスは呆れながらも、アイリスの細い肩を引き寄せ、強引に自分の隣に座らせた。


「……おい、アイリス。……海の向こうまで飲み込んだんだ。……少しは休め。……次の『計算』が始まる前に、俺の分のコーヒーくらい淹れてくれてもいいだろ?」


「……私の淹れるコーヒーは、一杯金貨十枚の価値がありますけれど。……いいでしょう、ゼノス。……あなたの『守護の報酬』として、特別にサービスさせていただきますわ」


海風に吹かれながら、アイリスは初めて、眼鏡を外して目を閉じた。

 彼女の脳内にある計算機は、今この瞬間も、次の三〇〇年を見据えた「世界統一通貨」の設計図を弾き出している。

 

 全300話の物語、第6章。

 アイリス・フォン・ベルシュタインは、ついに「海」をも数字で支配し、世界を一つの「帳簿」へとまとめ上げようとしていた。


「……さあ、次は……世界の『真の支配者』を自称する、あの教団を買い叩きに行きましょうか」


「……まだ続くのかよ! 勘弁してくれ!!」


氷の女宰相の進撃は、神の領域すらも「資産」として計上し、突き進んでいく。

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