3話 論理の鉄槌、証拠の雨
『――あはは! エリオット様、アイリス様ってば、自分が毒を盛った犯人にされるなんて夢にも思ってないでしょうね?』
『ああ、あの女は頭が固いからな。偽造した筆跡の手紙一通で、簡単に国外追放に追い込める。リリア、君が次の王妃だ』
魔導投影機から流れるリリアの甲高い笑い声と、エリオットの傲慢な宣言。
あまりにも鮮明な音声が会場の隅々にまで響き渡り、つい数秒前までアイリスを蔑んでいた生徒たちの顔から血の気が引いていく。
「な……っ、なんだこれは! 止めろ! 誰だ、こんな悪質な細工をしたのは!」
エリオットが顔を真っ赤にして叫ぶが、操作権はすでにアイリスの手中にある。
アイリスは、扇で口元を隠しながら、冷ややかな瞳で王子を見据えた。
「細工? 心外ですわ、殿下。これは最新の録音・録画魔導具による『真実の記録』です。殿下の側近の方が、私の用意した『本物の証拠』とすり替えておいてくださったのですよ。……ああ、正確には、私がそう誘導したのですが」
「き、貴様……っ!」
「さらに、こちらをご覧ください」
アイリスが指を動かすと、画面が切り替わる。
そこに映し出されたのは、複雑な数字が並ぶ帳簿の束だった。
「これは、過去三年間で殿下が私的に流用された王室予算のリストです。リリア様に贈られたその首飾り、時価三千万ゴル。そしてそのドレス、一着で平民の家庭が十年遊んで暮らせる額ですわね。……すべて『震災復興支援金』の名目で引き出されていますが?」
会場にいた文官の息子たちが息を呑む。
この国、アステリア王国は二年前の大地震からの復興の最中にある。その予算を王子が愛人のために使い込んでいたとなれば、これは単なる痴話喧嘩ではない。国家反逆にも等しい背信行為だ。
「でたらめだ! そんなもの、公爵家が捏造したに決まっている!」
「捏造、ですか? では、その帳簿の右下にある『王家の捺印』も偽物だと仰るのですか? 殿下の執務室から、ご丁寧に私が直接お借りしてきたものですが」
「な……ッ!?」
アイリスの言葉に、エリオットは言葉を失った。
彼は気づいていなかった。アイリスが「王子の尻拭い」と称して彼の執務室に出入りしていた間に、どれほど精密に彼の弱点を握っていたかを。
「殿下は私を『可愛げのない女』と仰いましたわね。ええ、認めますわ。私は殿下が遊興に耽っている間、一人で国の予算を組み直し、各領主との調整を行い、王家の体面を保つために泥を被ってまいりました。……ですが、それも今日で終わりです」
アイリスは一歩、また一歩と壇上の王子へ歩み寄る。
その威圧感に、剣を帯びたはずの側近たちが思わず後退りした。
「婚約破棄、喜んでお受けいたします。……ただし。私を冤罪で貶めようとした罪、国家予算の横領、そして公爵家の名誉を傷つけた代償。……それ相応の覚悟はできていらっしゃいますわね?」
「ひ、ひぃっ……!」
リリアが腰を抜かして床にへたり込む。
エリオットは震える指でアイリスを指差したが、その指は止まらない。
「衛兵! 何をしている、この反逆者を捕らえろ! 私は王子だぞ! 私が正義だ!」
「――残念ながら、その権利はもう君にはないよ、エリオット」
重厚な声が会場に響き渡った。
入り口から入ってきたのは、黄金の冠を戴く初老の男性。この国の最高権力者――国王陛下その人だった。
その背後には、アイリスの父であるベルシュタイン公爵と、苦虫を噛み潰したような顔をした現宰相が控えている。
「父上!? な、なぜここに……っ」
「アイリス嬢から、すべて報告は受けていた。エリオット、お前の愚行にはもはや弁明の余地はない。……この場をもって、お前の王位継承権を剥奪し、正式な裁きが下るまで地下牢への幽閉を命ずる」
「そ、そんな! 私は、私はただ、リリアと幸せに……!」
「連れて行け!」
国王の冷徹な一喝。
数秒前まで「次期国王」として振る舞っていた青年は、無様に床を引きずられながら会場から連れ去られていった。
泣き叫ぶリリアも、同じように衛兵に抱えられて消えていく。
静まり返った会場で、アイリスは深く、優雅なカーテシーを捧げた。
「陛下。……婚約解消の手続き、お進めいただけますわね?」
その声は、勝利を確信した者の、あまりにも美しい響きだった。




