27話 王都防衛戦、氷の罠と黄金の一閃
アステリア王国の王都。かつて平和な鐘の音が響いていた街並みは今、地平線を埋め尽くすディードリッヒ帝国の魔導騎士団によって、物理的な「圧殺」の危機に瀕していた。
カイル皇太子が直接率いる第一陣。それは、通信を絶ち、アイリスの精神ハッキングを物理的に遮断した「沈黙の軍勢」だった。彼らは一切の魔導通信を使わず、ただカイルの放つ「絶対的なカリスマ」という名の指揮の下、一つの巨大な刃となって王都の正門へと肉薄していた。
「……計算通り、原始的な『突撃』を選びましたわね。カイル殿下」
王宮のバルコニー。アイリスは、風に翻る藍色のドレスを抑え、眼下に広がる敵軍を見下ろした。
彼女の脳内には、今もカイルの「残滓」が、脈打つ毒のように居座っている。だが、アイリスはその痛みを冷徹に「クロック周波数の向上」へと転嫁していた。カイルの執着心が強まれば強まるほど、彼女は彼の次の動きを、自分自身の反射神経のように察知できる。
「ゼノス。……王都の『基盤』、全開放の準備はよろしくて?」
アイリスの背後で、大剣を抜き放ったゼノスが、黄金の魔力を陽炎のように立ち昇らせていた。
「ああ、いつでもいけるぜ。……だがアイリス、本当にいいのか? この街の『石畳』一枚一枚にまで、貴様の魔力を流し込むなんて。……そんなことすりゃ、貴様の身体がもたねぇぞ」
「……非効率な心配ですわ。……王都の整備予算を、私がどれだけ無駄なく執行してきたと思っているのですか? ……この街は、ただの居住空間ではありません。……私が一から設計し直した、巨大な『防衛演算回路』なのですから」
アイリスが指先で空中に円を描いた。
その瞬間、王都の地下に張り巡らされた新設の排水溝、ガス管、そして魔導光ファイバーが一斉に共振を始めた。
「――起動。……王都防衛プロトコル:『総資産凍結』!!」
王都の正門を突破しようとしていた帝国の重装魔導騎士団。
その最前列が石畳の一段を踏み抜いた瞬間――異変が起きた。
逃げ遅れた民衆は一人もいない。アイリスが事前に「効率的な避難訓練」を徹底していたからだ。空っぽになった街路。そこへ足を踏み入れた帝国兵たちは、自分たちの足元の石畳が、まるで「磁石」のように自分たちの魔力を吸い取り始めたことに気づく。
「な……っ!? 身体が動かん! 馬(魔導バイク)の出力がゼロになっただと!?」
アイリスが王都の地下に埋め込んだのは、最新の「魔力吸収触媒」。
帝国兵が歩けば歩くほど、彼らの魔力は奪われ、逆に街を覆う「物理障壁」へと変換されていく。
「……私の街で暴れるには、相応の『入場料』を払っていただきますわ。……蓄積された魔力を、一気に放出しなさい、ゼノス!」
「……待ってましたぁ!!」
ゼノスがバルコニーから、彗星のような速度で戦場の真っただ中へと飛び降りた。
黄金の光。
覚醒したゼノスの放つ一閃は、アイリスのシステムによって「増幅」され、もはや一振りの剣の域を超えていた。
「――『聖騎士の断罪・一〇〇%還元』!!」
ドォォォォォォォォン!!
一撃で、帝国の魔導騎士団、第一大隊が文字通り「蒸発」した。
それは武力というより、アイリスが計算し尽くした「エネルギーの再分配」の結果だった。
爆炎と砂塵の中。
その中心に、傷一つ負わずに立つ一人の男がいた。
白銀の軍服を靡かせ、手にした指揮剣を優雅に鞘に収めるカイル皇太子である。
「……素晴らしい。素晴らしいよ、アイリス! 君は街そのものを一つの武器に変えたのか! 経済学を軍事教本に書き換える君のその才能……やはり、私の隣に置く以外に選択肢はない!」
カイルは、眼前に立つゼノスを一瞥した。
「……番犬。……君のその黄金の光、少しばかり鬱陶しいな。……アイリスの頭脳を汚すノイズ(暴力)は、私が直々に排除してあげよう」
カイルが手をかざすと、彼の影からドロドロとした黒い魔力が溢れ出した。
それは『堕天の核』の真の姿。人の理性を喰らい、欲望を純粋な破壊力へと変換する「悪魔の魔力」だ。
「……貴様、さっきからグダグダと。……アイリスを『物』みたいに言うんじゃねぇよ」
ゼノスの声は、かつてないほどに低く、静かだった。
彼の周囲の黄金の光が、その怒りに呼応して、白銀に近い輝きへと純化していく。
「あいつが何桁の数字を数えてようが、あいつがどれだけ冷徹なツラしてようが。……俺にとっては、ただ一人の、守るべき不器用な女なんだよ。……貴様みたいな、所有欲の塊に触らせるわけねぇだろ!」
ゼノスとカイル。
守護者と征服者。
二つの圧倒的な個が、王都の中央広場で激突した。
バルコニーでその光景を見守るアイリス。
彼女の視界には、二人の激突による膨大なエネルギーの数値が流れていた。
だが、その数値の中に、彼女は一つの「エラー」を発見する。
「……カイル殿下。……あなたの『堕天の核』。……それは、自国の国民の『生命力』を担保にした、非人道的な債務の上に成り立っていますわね?」
アイリスは、通信機を介さず、脳内に響くカイルの残滓に向かって直接語りかけた。
「……あなたが私を『愛』で侵食したように。……私も、あなたの内部にある『経済構造』を、すでに掌握しております。……今、帝国の本国では、あなたの独断専行に怒った元老院が、あなたの『廃嫡』の手続きを開始しましたわ。……ルキウス様が、向こうでいい仕事をしてくださっていますの」
カイルの動きが、一瞬だけ止まった。
「……な……っ!? ルキウスだと……!?」
「ええ。……暴力で盤面を壊すなら、私は『法』と『人事』で、あなたの立っている地面そのものを消し去りますわ。……カイル殿下。……あなたはもう、皇太子でもなければ、軍の司令官でもありません。……ただの、一文無しの『指名手配犯』ですわ」
アイリスは、冷徹な死刑宣告を下した。
「ゼノス! 彼はもう『国家資産』ではありません! ……遠慮なく、ただの不法侵入者として処理しなさい!」
「……了解だ、アイリス!! 最高の命令だぜぇ!!」
ゼノスの大剣が、カイルの黒い魔力を真っ二つに裂いた。
知略が暴力を凌駕し、法が血統を打ち砕いた瞬間。
だが、カイル皇太子の執着は、地位や名誉を失ったことで、より純粋で、より危険な「狂気」へと昇華していこうとしていた。




